第4話 洗剤の有効活用

                 ルイ


 ボクはステッサとアイコンタクトをとる。ステッサもボクと同じことを考えていたのか、まっすぐにボクの瞳を見つめ返してきた。まだ出会って間もないというのにずっと一緒に戦ってきたような安心感だ。この人はきっと立派な騎士になる。ボクはそう思った。



「ステッサ、行くよ」


「ああ」



 ボクとステッサは同時にうなずき、同時に走り出した。


 ――そう、別々の方角へと。



「えっ!?」「えっ!?」



 ボクは思わず足を止めそうになるほど驚いた。ここはどう考えても正面から一気に突撃する場面だ。それがまさかステッサはゴブリンたちの後方へとまわるために移動しているではないか。これはどういうことだろう。いや、待てよ。そういうことか。ステッサは直接姫さまの救出に向かったのか。そこにはきっとゴブリンたちのボスがいる。ステッサはそのボスと戦うために後方へとまわったんだ。それならこの行動にも納得がいく。


 そうとわかればボクがやることは一つだ。一匹でも多くのゴブリンをひきつける。ステッサの邪魔はさせないぞ!




             ステッサ・ザースター


 私は思わず足を止めそうになるほど驚いた。ここはどう考えても後方から奇襲を仕掛ける場面だ。それがまさかルイはゴブリンたちに正面から挑んでいったのである。これはどういうことか。いや、待てよ。そういうことか。ルイは私の奇襲を援護するために自ら囮になってくれたのだ。奇襲の成功率をあげるためにはゴブリンたちの気を引かせることが重要。その役目を自ら買って出てくれた。それならこの行動にも納得がいく。


 ありがたい。そうとわかれば私のやることは一つだ。今すぐゴブリンたちの後方へとまわり、姫さまを救い出す。ルイの頑張りは無駄にはしない!





                 ルイ


 ボクが姿を現すとゴブリンたちはいっせいに騒ぎ出した。急な侵入者に驚いてるんだろう。それはそうだ。臆病なゴブリンたちの前に突然人間が飛び出して来たらそうなる。当たり前の反応だった。


 ここでボクがゴブリンたちをやっつけてもいいんだけど、それだとステッサの訓練にならないからなぁ。ここはやっぱり牽制するだけにとどめておこうかな。そう考えてボクは『勇者の剣』を抜き放った。まばゆい光が洞窟の中を照らしつくす。『ホタルゴケ』よりも強烈な光を浴びて、ゴブリンたちも驚いているようだった。



「ギャギャギャギャギャ!?」



 ゴブリンたちが動揺している。動きが完全に止まったぞ。視線もボクのほうにくぎ付けだ。今がチャンスだよ、ステッサ。





              ステッサ・ザースター


 ゴブリンたちの動きが止まった。さすがルイだ。私が見込んだ男なだけある。私は即座に剣を抜き放ち、ゴブリンたちの後方から斬りかかった。不意を衝かれたゴブリンたちは一瞬にして肉隗となる。



「ギャギャギャギャギャ!」



 ゴブリンたちは恐慌を起こしたように逃げ散っていった。残されたのは姫さまと灰色の肌を持つゴブリンだけ。こいつだけはゴブリンの中でも格が違うか。



「ステッサ!」



 姫さまが私の名を呼ぶ。もうすぐです。もうすぐあなたさまを助け出すことができます。


 私が姫さまのもとに駆け寄ろうとすると、その動きを阻止するように灰色の肌をしたゴブリンが立ちはだかった。やはり邪魔をするか。



「グギャギャギャギャ。こいつは渡せねえぞ、『赤き鬼神』さまよぉ」


「お前、しゃべれるのか!?」



 何と灰色のゴブリンは人間の言葉を話したではないか。これが魔王の恩恵の賜物なのだろう。普通のゴブリンではない。魔王、侮りがたし。



「おう、俺さまはゴブリンゾンビ。お前たちに殺されたゴブリンが地獄の底からよみがえったのが俺さまさぁ。俺さまをただのゴブリンだと思わないほうが身のためだぜ」


「ふんっ。ゴブリンはゴブリンだ。多少強くなっているようだが、所詮は私の敵ではない」


「そういうのは俺さまの実力を見てから言うんだな!」



 灰色の肌を持つゴブリン――ゴブリンゾンビはゾンビとは思えない素早さで私にとびかかってきた。しかし、この程度の動きで私を倒そうなどとは片腹痛い。すぐさま私はとびかかってきたゴブリンゾンビの動きに合わせて剣を振るった。ゴブリンゾンビは真っ二つになる――はずだった。



「な、何!?」



 私の剣はゴブリンゾンビの肌を少し傷つけただけで真っ二つには程遠いダメージしか与えられなかった。まるで鉄を叩いたかのような感触だ。これは、どういうことなのだ。



「グギャギャギャギャ。残念だったなぁ。俺さまはゴブリンゾンビになった瞬間からザコモンスターを卒業したんだよ。俺さまに斬撃は効かねえ。それどころか打撃も魔法も効かねえぞ。俺さまに弱点なんかねえ!」


「くっ、そんなバカな!」



 弱点のないモンスターなどいるものか。確か、こいつは死んだゴブリンが復活したゾンビのはず。それならば炎属性か神聖属性の攻撃が有効だと思うのだが――。くっ、今の私にはどちらも使うことはできない。想像以上のピンチではないか、これは。どうする。どうすればいい。


 はっ! もしかしたらルイは何か持ってるのではないだろうか。炎の魔法が使えるとか、神聖属性の武器を持っているとか。ルイ。ルイは今何をしている。


 私はゴブリンゾンビを牽制しながらルイが今何をしているか確認してみると、彼は今まさに――洞窟に生えた草を摘んでいた。



「本当に何をやってるんだ、お前はぁぁぁぁぁっ!」



 私の叫びは、草を摘んでいるルイの耳には届かなかった。





                ルイ


「ふう、こんなもんでいいかな」



 ボクは革の袋いっぱいに詰め込んだ『クリーンハーブ』を見てうなずいた。まさかこんなところに『クリーンハーブ』が生えてたなんてなぁ。今まで森の奥でしか採ってなかったけど、もしかしたらこの洞窟のほうが『クリーンハーブ』が群生しているのかもしれない。今度からここに採りに来ようかな。


 ボクはステッサの様子を確認する。どうやら灰色のゴブリンに手こずってるようだった。う~ん、ゴブリンは子供でも倒せるくらい弱いモンスターなんだけどなぁ。やっぱり騎士になりたてのステッサじゃ厳しいのかもしれない。でも、騎士になるくらいだし、実力はあるはずなんだ。がんばれ、ステッサ。


 ボクは邪魔にならないように洞窟の隅にいたんだけど、偶然この洞窟に『クリーンハーブ』が生えていることに気づいた。ステッサのことも気になったけど、まさかゴブリン相手に負けるわけもない。ボクは本来の目的である『クリーンハーブ』を摘むことにしたんだ。


 でも、さすがに手こずりすぎかな。ボクも手伝ったほうがいいのかもしれない。いや、それだとステッサの訓練にならないか。やっぱりボクは下手に手を出さずに傍観していよう。


 そうだ。ついでだからここでもう『クリーンハーブ』の調合もしちゃおうかな。道具と材料は持ってきてるし、帰ったらすぐに掃除できるほうがいいもんね。よし、そうしよう。


 ボクは腰を下ろして革袋の中からいくつかの材料を取り出した。今摘んだ『クリーンハーブ』に『ポーション』、それに我が家に昔から伝わるよくわからない粉を混ぜ合わせると、ボクの家で使っている洗剤の完成だ。簡単だし、すぐにできる。それまでにステッサのほうも終わってるといいな。




              ステッサ・ザースター


 何をやっているのだ、ルイ! 私のピンチに草を摘んでいたと思うと、次はその草と何かを混ぜ始めたではないか。私にはその行動の意味がまったく理解できない。



「グギャギャギャギャ。お前はもうおしまいだよ」



 ゴブリンゾンビは鋭い爪で私を斬り裂こうとしてくる。何とかその攻撃を剣で防いでいるのだが、これではジリ貧だ。攻撃に転じようとしても私の剣ではまともに傷つけることができないのだから意味がない。逆に隙を作ってゴブリンゾンビのチャンスを増やすだけだろう。どうする。どうすればいい。私は後退するばかりだ。もはやどうすることもできない。



「これで終わりだ、死ねぇぇぇぇぇっ!」



 ゴブリンゾンビは私に向かってとびかかってきた。動きが速い。これは躱しきれないぞ。



「くっ!」



 私は死を覚悟した。こんなところで私は死ぬのか。姫さま、申し訳ございません――。


 だが、そのとき奇跡は起こった。



「あっ」「あ?」



 ゴブリンゾンビが大きく跳びあがり、着地したところにいたのは草を混ぜ合わせていたルイだった。ルイにぶつかることはなかったが、ゴブリンゾンビは混ぜ合わせていた草を踏みつけ、その汁が飛び散ったのだ。キラキラと光る液体がゴブリンゾンビに降り注ぐ。



「グオオオオオオオオオッ! な、なんだこれは!? 俺さまの体から魔王さまの力が抜けていくぅぅぅっ! な、なぜこんなものがここに!?」



 なぜだか知らないが、ゴブリンゾンビは急に苦しみだした。私はわけもわからずに口を開ける。いや、待てよ。そうか! ルイが混ぜ合わせて作っていたものはきっと神聖属性の道具だったのだ。おそらく邪悪な気を払う聖水のようなものだろう。それをゴブリンゾンビは浴びたのだ。つまり、今のこいつはただのゴブリンに成り下がっている。



「今がチャンスだ。これでも食らえっ!」



 私はもがき苦しんでいるゴブリンゾンビに向かって剣を振り下ろした。ゴブリンゾンビはなすすべもなく、縦に真っ二つに斬り裂かれる。



「グガァァァァァァ!」



 ゴブリンゾンビはこの世のものとは思えない叫び声をあげて露と消えた。あとに残ったのはどす黒い血と灰となったゴブリンゾンビだったものだけだ。


 勝った。勝ったのだ。しかしこの勝利は私だけのものではない。ルイが私の窮状を察して聖水を作ってくれたおかげだ。少しでもルイの行動を疑ってしまった自分が恥ずかしい。



「ルイ。キミのおかげだ。ありがとう」



 ルイは一瞬呆然としたが、すぐにあの可愛らしい笑顔になる。やはりルイにはその笑顔が一番だ。



「いえ、どういたしまして」



 その笑顔は、私の心にクリティカルヒットだった。




                 ルイ


 なんだかよくわからないけど、どうやらゴブリンがボクの作ってた洗剤を踏んで慌てた隙をついてステッサが勝ったみたいだ。完全に偶然だったんだけど、ステッサが喜んでくれているみたいだからここは素直にお礼を受け取っておこうかな。


 でも洗剤はまた一から作り直しかぁ。でもまあ、『クリーンハーブ』はいっぱいあるし、問題ないよね。それよりもステッサが一人でゴブリンに勝てたことを喜ぼう。モンスターと戦うのは怖いけど、それを乗り越えて勝てたときの喜びはすごいからね。きっと今のステッサもその感覚を味わってるんだろうな。ボクは子供の成長を見守る親の気持ちでステッサにほほ笑んだのだった。

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