第3話 ある意味息はあっている

              ステッサ・ザースター


 私たちはゴブリンたちが向かったと思われる森の奥へと足を進めていた。姫さまを早く助けたいという思いが私の足を速くする。しかし、慣れない森の中ではいくら私が速く進もうとしてもルイのように慣れているものの足には遠く及ばなかった。



「早く、早くしなければ姫さまはきっとひどい目に……。くっ、思い通りに動かないこの足がもどかしい!」


「いや、姫さまは大丈夫だと思うよ?」


「ルイはなぜそんなにも楽観視していられるのだ! これは一大事なのだぞ!」


「大丈夫。自分を信じて!」



 そう言ってルイは私に微笑みかける。くそっ、それは反則ではないか。その笑顔が網膜に焼き付いて離れない。


 私は今まで『赤き鬼神』と言われながら人に頼られてきた。まさかこんな少年が『自分』を頼ってくれと言ってくるとは。これで惚れなければ嘘であろう。



「いや、だが、しかし――」


「ステッサ。自分を信じることができないの?」



 私ははっとさせられた。そうだ。まだ出会ったばかりだが、ルイのことは信用できる。なぜだかわからないがそう思えるのだ。きっとイスブルク王国近衛騎士団長として培った長年の勘がそう言っているのだろう。やはりルイは今までの男たちとは違う。あのプロポーズは本物だったのだ。



「わ、わかった。信じるぞ、ルイ」


「その意気です」




                 ルイ


 これでいいかな。ステッサ、なんだか焦ってたみたいだし、落ち着かせることができてよかったよ。やっぱりステッサは『自分』自身を信じることが一番大事だからね。きっとステッサの上司もそれを望んでるはずだ。これがステッサの成長にもつながるだろう。



「落ち着いたところでゴブリンたちの足取りを追おう。たぶん、ゴブリンたちは巣穴に帰ったんだと思う」


「ゴブリンたちの巣穴か。それはどこにあるんだ?」


「この森にはいくつかあるんだけど、あのゴブリンたちが去っていった方角からすると、あっちかな」



 ボクは森の奥――さらにその奥を指さした。鬱蒼と生い茂った草木が陽の光を拒絶するように行く手を阻んでいる。しかし、よく見るとその草木の壁にも穴が開いていることがわかった。



「なるほど。確かによく見るとゴブリンたちが通った跡があるな」



 生い茂った草木の下部。子供の背丈ほどの場所が不自然に開いていた。ここを何度も誰かが通った証拠である。この森でこの背丈の生き物など、ゴブリン以外には考えられない。



「草木を切り払いながら進むしかないか。少々面倒だな」



 ステッサは剣を抜いて前を進もうとした。しかし、それをボクが制止する。



「待って」



 ステッサは怪訝そうな顔をしながら足を止めた。一刻も早く姫さまのもとに行きたいのだろう。その焦りの色が顔に出ている。そんなに焦る必要なんてないのに。でもまあ、それがステッサのいいところなんだよね。ボクも微力ながらに協力しなくちゃ。



「ボクが前を進むから、ステッサは後についてきて」


「何? いや、それではルイが大変ではないか」


「大丈夫。慣れてるから。それに、それがボクの目的でもあるしね」



 そう。ここまで森の奥に進めばきっと『クリーンハーブ』もどこかに生えてるはず。ステッサが先に進むとその『クリーンハーブ』まで踏みつぶしてしまうかもしれない。やっぱりこことはボクが先頭に立って進むのが一番いいはずだ。



「お前、そこまでして――」



 ステッサもボクの心情を察してくれたのか、慈愛に満ちた微笑みを向けてくれる。詳しいことを言わなくても伝わるこの気持ち。ステッサはきっといい人なんだろうな。



「わかった。先頭はルイに任せよう」


「ありがとう。じゃあ、さっそく出発するね」



 こうして、ボクたちはゴブリンの巣穴へと向かっていった。目的はただ一つ。『クリーンハーブ』を探すために!





             ステッサ・ザースター


 ルイが私の前を進んでくれている。それがルイの目的だというのだ。つまり、私を守るために私の前を進んでくれているというわけだな。今まで姫さまを守護するという守る側の人間だったが、やはり私も女だ。強い男に守られたいという欲望はあった。それが今現実として叶ったのだ。これほどうれしいことはない。ああ、やはりルイは他の男とは違う。素晴らしい男だ。


 そうこうしているうちに私たちはゴブリンの巣穴と思われる洞窟にたどり着いた。洞窟といっても『ホタルゴケ』という暗い中でも光る植物がそこら中に生えてるため、中は昼間のように明るい。これならば迷うことなく奥に進むことができるだろう。



「しかし、本当にここに姫さまが連れて来られたのだろうか」


「それは間違いないと思うよ」


「なぜそんなことがわかる」


「これを見て」



 ルイが指さしたのは地面に生えた『ホタルゴケ』だった。誰かが踏んだのか、足跡がくっきりと残っている。この足の大きさだと、やはりゴブリンか。



「これがどうした。……いや、待てよ」


「気づいた?」



 ルイが得意気に口元を緩めている。その笑みは実に可愛らしく胸がキュンキュンしてしまいそうだ。いや、実際にしている。


 いやいや、そうではなく、今は『ホタルゴケ』の足跡だ。この足跡はゴブリンがつけたにしてはかなり深くへこんでいる。つまり、ゴブリンは何か重いものをもってこの『ホタルゴケ』を踏んだのだ。では、その重いものとは何か。決まっている。きっと姫さまだ。姫さまを担ぎながらこの『ホタルゴケ』を踏んだために『ホタルゴケ』は深く沈み込んだんだろう。それこそがここに姫さまがいるという証拠である。ルイはそう言いたかったに違いない。



「なるほど。確かにここに姫さまは連れて来られたようだな」


「うん。この奥に、ステッサの探してる姫さまがいるはず」


「うむ。ここからは気合を入れて進まねばな。ルイ、頼りにしてるぞ」


「うん。任せて!」




                 ルイ


 ステッサもあの『ホタルゴケ』に気づいたみたいだね。この『ホタルゴケ』は踏まれてからまだ新しい。ゴブリンは臆病なモンスターだし、餌を探すときくらいにしか巣穴の外には出てこない。しかもこの足跡の向きから察するに、このゴブリンは外から帰ってきたゴブリンだ。おそらく、ステッサの姫さまをさらったっていうあのゴブリンたちだろう。そうに違いない。このことを一瞬で気づくなんて、さすがステッサだな。ちょっと頼りないところもあるけど、一応は騎士ってことか。このまま無事に訓練を終わらせて手柄を立てさせてあげたいな。


 そんなことを考えながらボクたちがゴブリンの巣穴の奥へと進んでいくと、思ったより奥行きはなかったようですぐに最深部へとたどり着いた。奥はドーム状に開けた場所で、岩盤がむき出しになっている。その岩盤の一面には光り輝く『ホタルゴケ』だ。


 ゴブリンたちは一か所にまとまって何か話しているようだった。中心には灰色の肌をしたゴブリンがいる。あれがこのゴブリンたちのボスだろうか。その隣には宝石のように美しい肌の女性が縛られて座っていた。青空のような長い髪に青い瞳。身に着けている雪のように真っ白なドレスは多少汚れていたが、それでもその高貴さを表すには十分だった。あの人こそステッサの言う姫さまなのだろう。偽物なのに随分とオーラがある人なんだな。



「ステッサ」


「ああ」



 ボクはステッサを呼んで確かめてみる。ステッサはボクの意をくみ取ってくれたのか、真剣な表情でうなずいた。顔が強張っているようにも見える。無理もない。今からあのゴブリンたちの群れの中に飛び込むのだから。子供でも倒せるモンスターとは言え、駆け出しの騎士には荷が重いかもしれない。あまり時間をかけるわけにもいかないか。それならやっぱり――





              ステッサ・ザースター


 ルイもあのお方が姫さまだと気づいたようだ。今はまだ無事のようだが、それもいつまでもつかわからない。すぐにでも助けたいところだが、あのゴブリンの数だ。下手な行動はできないだろう。



「ステッサ」


「ああ」



 ルイが真剣な表情で私のほうを見てきた。ルイも同じことを考えているようだ。慎重に行こうと目で訴えかけてきている。当然だ。私は深々とうなずいた。


 姫さまを助け出すためにはゴブリンたちの虚をつかなければならない。このゴブリンたちは普通のゴブリンではないのだ。魔王の恩恵を受けたゴブリン。普通のモンスターと一緒にしては痛い目にあう。ルイもそれをわかっているのだろう。ルイは思慮深くもあるのか。ますます惚れそうだ。慎重に姫さまを助け出す。そのためにはやはり――




                ルイ


 ――正面から一気に突撃しよう!





             ステッサ・ザースター


 ――後方に回って奇襲を仕掛けよう!

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