第5話 最終的にみんなの気持ちは一つになった

             エル・イスブルク


「姫さま!」



 ああ、ステッサがあたしを助けに来てくれたわ。もう何度もダメかと思ったけど、やっぱりステッサを信じてよかった。幼いころから一緒に育ってきた姉妹みたいなものだものね。下手な親兄弟よりも信用できるってもんよ。


 でも、あの金色の髪をした少年は誰? ステッサと仲良くしてたけど、もしかしてステッサのカレシとか!? あの子もそういう年ごろだしね、恋くらいはするかも。


 ――って、それはさすがにないか。あたしがここに連れて来られてからそんなに時間も経ってないわけだし、その間に恋人を作るなんてどんな恋愛強者よ。その実力をあたしに分けてほしいくらいだわ。



「姫さま、お怪我はありませんでしたか」


「ええ、あたしは大丈夫よ。それよりもそちらの方は?」



 あたしは金色の髪を持つ少年に視線を向けた。彼は人懐っこい笑みをこちらに向けてくる。



「ボクはルイと言います。近くの村に住んでるんですが、いろいろあってステッサとともに行動することになりました」


「ルイね。あたしはエル。エル・イスブルクよ。助けてもらったお礼に『エル』って呼ぶことを許してあげるわ」


「ありがとうございます。エル」



 印象としては人のいい少年って感じね。ステッサもいい人を見つけたじゃない。このままルイをあたしの召使にするのもいいわね。イスブルク王国を復興するにも人手は何人いても足りないくらいだし。



「ところでステッサ。これからあたしたちはどうすればいいの?」



 生まれ故郷であったイスブルク王国は魔王が率いるモンスターの軍団によって滅ぼされてしまった。あたしはイスブルク王族唯一の生き残りだろう。王国を復興するにしても、何をどうすればいいのかまったくわからない。



「いくつか選択肢があります。一つは他国に行き、その国の保護を受けることです」


「う~ん、それはやめたほうがいいわね。今はどこも魔王と戦うために必死だし、政治的に利用されたら厄介だわ。第一、あたしたちを保護してくれそうな国なんてこの近くにないじゃない」


「では、どこか見知らぬ土地に行き、静かに暮らすことです」


「無理ね。モンスターたちがあたしの国を襲ったのは、おそらくあたしを狙ってのことだわ。あたしの血をね。知らない土地に行ってもモンスターたちは必ずあたしを襲ってくる。むしろ守るべき盾がない分危険だわ。隠れきれるものでもないわよ」


「では、やはり守るよりも攻めるということでこちらから魔王を倒すことです」


「ま、それしかないわよね。このまま待っていてもいつまたモンスターに襲われるかもわからないわけだし。その案を採用するわ」


「はっ、かしこまりました」


「よしっ。そうと決まればすぐにでも魔王をぶちのめしに行きわよ。待ってなさい、魔王!」



 あたしは自分の人生をめちゃくちゃにしてくれた魔王に復讐することを誓った。絶対に倒して見せるんだから! まあ、あたしは戦えないからぶちのめすのはステッサの役目なんだけどね。




                 ルイ


 なんかステッサとエルが相談しているみたいだけど、結局どういうことなんだろう? 魔王を倒しに行くとか、まさか本当にそんなことするわけないよね。ああ、もしかして次の訓練の内容かな。魔王役の人がいて、その人を倒すってことか。騎士の訓練って大変なんだなぁ。でも、これでボクの役目も終わりかな。さすがにこれ以上ステッサについていくのは失礼だよね。訓練の邪魔になっても悪いし。名残惜しいけど、ステッサたちともこれでお別れだ。



「ステッサ、ボクはそろそろ……」


「えっ? どうしたというんだ、ルイ」


「いや、そろそろ家に行きたいなと思ってさ」


「い、家だと!?」



 ステッサはこれまでにないほど狼狽しだした。何をそんなに驚いてるんだろう。ただボクが家に帰るというだけなんだけどな。何か問題あったかな?



「ルイの家ということは、ルイのご両親がいるということだな?」


「うん。今いるのは父さんだけだけどね」


「そうか。ルイがその気なら私も腹をくくらなければならない。わかった、少し姫さまと相談させてくれ」


「わかった」



 でも、何を相談するんだろう? ただ家に帰るだけなのに、変なステッサだなぁ。





             エル・イスブルク


「姫さま」


「どうしたの、そんな怖い顔しちゃって」


「はい。どうやら私はルイの家に招かれたようです」


「えっ、そうなの?」



 今の会話ってそんなんだったかしら? まあ、しっかり者のステッサが間違えるはずないし、きっとそうなのよね。



「じゃあ、好意に甘えようかしら。さすがに今まで逃げてばっかりだったからここらで一息つきたいもの」


「それはいいのですが、どうやら私はルイのお父さまに紹介されるようでして」


「……?」



 話が見えないわ。どうしてステッサがルイの父親と会う必要があるのかしら。確かに一泊くらいはする可能性があるから挨拶はしたほうがいいでしょうけど、ステッサのこの雰囲気、尋常じゃない。何か思いつめているような、ただならない空気だわ。


 はっ、まさか、そういうことなの!? あたしは戦慄した。なんて思い過ごしをしていたんだろう。『赤き鬼神』と呼ばれたステッサが誰かの手を借りるなんてめったにない。まずそこで気づくべきだったのよ。つまり、ステッサはあたしを助けるためにルイの手を借りた。でも、ルイはステッサの弱みに付け込んできっと何か条件を出したのね。おそらく、ステッサの身を使った奴隷契約のようなもの。父親に会わせるというのは、その人こそが奴隷商人の親玉だから。そう考えればつじつまが合うわ。かわいい顔してとんだ悪魔ね、ルイ!


 ここは何としてでもステッサを守らないと。今まで一緒に戦ってきたんだもの。あなたが犠牲になってまであたし、のうのうと生きていようとは思わないわ!



「ステッサ」


「はい」


「ダメよ」


「……はい?」


「ルイの家に行ったらダメ!」


「え、ええっ!? な、なぜですか!」


「あなたが真剣に考えて決めたってことはわかる。でもね、それで喜ぶ人なんてどこにもいないわ!」


「喜んでくれないのですか!?」


「むしろ喜ばれると思ってたの!?」



 ほんと、ステッサの自己犠牲精神には呆れてものも言えないわ。そんなことまでして喜ぶと思われてたら心外よ。あたしは臣下――いえ、親友を犠牲にしてまで生き延びたいなんて思わない。あたしはステッサと一緒に生きたいからこそこうして逃げてきたんだから。



「とにかく、ルイの家に行くことはあたしが許さないから!」





             ステッサ・ザースター


 な、なぜだ。どういうことだ!? なぜ姫さまは私がルイのお父さまに『結婚の挨拶』をすることを拒むのだ!? ルイが私を家に呼んだということはつまりそういうことだ。すでにプロポーズもされたのだから順序としてはおかしくない。むしろルイのお父さまに気に入られるためには必ず挨拶はしておかなければならないというのに!


 はっ、まさか。そういうことなのか!? 姫さまもルイに好意を抱いている! そうだ。そうとしか思えない!


 ここで私がルイのお父さまに挨拶をしてしまえばもうルイとの結婚は決まったようなもの。どうあがいても覆すことはできないだろう。姫さまがここから逆転する方法があるとすれば一つだけ。私がルイのお父さまに会う前にルイの気持ちを姫さまのものにしてしまうということだ。イスブルク王国では『蒼き宝石』とまで呼ばれた姫さまだ。その気になればルイを心変わりさせることもそう難しくないだろう。


 いや、だがしかし! 私とて人生で初めて得たこのチャンスを棒に振るつもりはない! たとえ姫さまが相手でもとことん戦う所存である!



「姫さま、私は誰が何と言おうとルイの家に行きます」


「あ、あなた、それがどういう意味かわかってるの!?」


「当然です」



 いわゆるこれは姫さまへの挑戦状。ルイを賭けた女の戦いだ。姫さまとは王族と騎士以上の仲だと思っているが、こればかりは譲るつもりはない。申し訳ございませんが、姫さま、このステッサ・ザースター、心を鬼にさせていただきます!




              エル・イスブルク


 そんな。ここまでステッサが義理堅かったなんて。奴隷契約なんてすっぽかしちゃえばいいじゃない。変なところで頑固なんだから。そういえばステッサは昔からこうだったっけ。自分で決めたことは絶対に曲げない。それがあたしに関わることだと特にそうだ。それだけあたしのことを大切に思ってくれてるってことなんだよね。


 でも、このままでいいわけない。とにかく今は何とかしてステッサをルイの家から遠ざけないと。となると、やることは一つよね。



「ルイ!」


「はい」


「あたしたちはこれから魔王討伐へ行くわ」


「はい。がんばってください」



 ルイは純粋な笑顔を向けて激励の言葉を紡ぐ。あたしはそんな可愛らしい顔に騙されないわよ。その天使のような笑顔に裏には悪魔が隠れてるんでしょう? その悪魔にステッサは渡さないんだから!


「だからルイ、あなたもあたしたちの魔王討伐の旅に同行しなさい」


「はい?」「ええっ!?」



 ルイとステッサが違った驚き方を見せる。無理もないわよね。今から主人と奴隷の関係になるはずだったのに、それが延期になってしまったんだもの。その場しのぎの処置だけど、何もないよりかはマシよ。


 騒ぎ立てるかと思ったルイだったけど、考え込んでしまって何も言ってこない。それはそれで不気味ね。むしろステッサのほうがすごい剣幕であたしに対して言い寄ってきた。



「な、何を考えてるんですか、姫さま! 確かにルイにはついてきてほしいですけど、それはルイのお父さまへの挨拶が終わってからでもいいではありませんか!」


「ダメよ。世界は今この瞬間にも魔王の手によって恐怖のどん底に陥れられようとしている。そんな悠長なことは言っていられないわ」


「た、確かにそうかもしれませんが……」


「もう決めたことよ。ルイ、ステッサ、すぐに魔王討伐の旅に出立するわ」


「わ、わかりました……」



 ステッサはかなり不満そうだったけど、それでも何とかうなずいてくれた。ごめんね。これもあなたのことを思ってのことなの。恨むならあたしを存分に恨んでくれていいから。


 それよりも問題はルイね。彼がどう出るか。もしここで拒否するようなら、別の手を考えないといけない。


 しばらく待ってみると、ルイも思案をまとめたのか、あの天使のような可愛らしい笑顔をあたしに向けてきた。くっ、わかっていてもほだされてしまいそうになるわね、これ。



「わかりました。ボクもお二人の旅に同行します」




                ルイ


「いいのか、ルイ!?」


「ええ、まあ、大丈夫だと思います」



 本当はすぐに帰って掃除したかったけど、どうやらエルもステッサも困ってるようだし――困ってる人を見たら必ず助けなさい。お礼をもらえるかもしれないから――っていつも父さんが言ってた。ここは父さんの言葉に従おう。


 旅に出ることは近くの町に着いたら手紙で知らせればいいか。今日中にどこかの町に着けば明日の昼には手紙も届くだろうし、それで問題ないと思う。ちょっと心配かけるかもしれないけど、ごめんなさい。


 でも、エルたちは何をそんなに困ってるんだろう? やっぱりあれかな、ステッサの訓練のことかな。もしかして、ステッサの訓練は極秘のものだったのかもしれない。確かにそれならボクみたいな部外者に見られるのはまずかっただろうなぁ。ボクの村は小さな村だし、ボクが少しでも口を滑らせてしまえば一瞬で村全体にそのことが知れ渡る。そういうことも考えてきっと訓練が終わるまでボクも同行するようにって言ってきたんだろう。うん、それなら確かにつじつまが合うよね。


 でも、魔王討伐なんて大げさだなぁ。きっと魔王役の人もそう思ってるに違いないよ。そう思うとちょっとおかしいかも。





              ステッサ・ザースター


 姫さまにも困ったものだ。いくらルイを自分のほうに振り向かせたいからといってここまでのことをするとは。しかし、これからもまたルイと一緒に旅ができるというのは悪くない。姫さまもルイを狙っているようだが、私はすでにプロポーズまでされているのだ。どんなことがあろうとも、最終的にルイは私を選んでくれるはず。



「さあ、そうと決まればすぐにでも出発しよう。日の出ているうちに近くの町で宿をとりたい。姫さま、ルイ、それでいいか?」


「問題ないわ」


「わかりました」



 二人は快くうなずいてくれた。これでよし! 私たちの旅はここから始まるのだ。


 ――私とルイの絆を確かめる、愛の旅が!




              エル・イスブルク


 ステッサがあたしたちを先導するように前に進む。ゴブリンたちが巣穴にしていたここも、ボスであるあの灰色の肌をしたあいつがいなくなればもうモンスターが集まってくることもないでしょう。


 ステッサの後姿には悲壮感はない。待ってて、何としてでもあなたを救ってあげるから。それがあたしにできる、あなたへの恩返しでもあるのよ。あたしたちの旅は始まったのだ。


  ――ルイという悪魔からステッサを守る、試練の旅が!




                ルイ


 ステッサとルイがボクの前を進む。二人とも疲れはあまり感じていないようで、とても元気な足取りだ。あれだけのことがあってもまだそれだけ動けるのはすごいと思う。さすが見習いといっても騎士だし、その騎士の訓練に付き合う姫さま役の人だ。考えればこんなことはあの村にいたら経験できないことだよね。せっかくだからこの旅を楽しもう。ボクにとって初めての旅になるんだから。ボクたちの旅は始まったんだ。


 ――世界の不思議を見て回る、観光の旅が!




              ルイ、ステッサ、エル


 ――まあ、魔王討伐はついででいいよね。

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