この気持ち、どうしたら?


「だって疲れない? いつもあいつに振り回されてるっぽいし。俺だったら好きな子の観たい映画につきあいたいけど」



イケメン過ぎるセリフに、返す言葉を見失ってしまった。南君にはなんていうか、モテる男子のクールさと余裕があるんだ。



「佐野は自分を押し付けすぎだよな。よそのクラスに飯食いにくるのだって意味不明だし」


「そ、そっかな」


「粘着すぎて困らない? あれ」


「あれ、って……」


「あぁ、でも女子に人気あるんだっけ。まぁ見た目がいいから? それだけだろうね」



南君はめんどくさそうに、ひとつ背伸びをした。私はそんな彼に、モーレツにはらわたが煮えくり返ったんだった。



「そうだ、今度一緒に……」


バンっっ!


「な、なに?」


気づいたら、彼の言葉を遮って机を叩いていた。両手の平がビリビリしてる。


「外の空気吸ってくる……」


とてもじゃないけど穏やかでなんていられなかった。すべてを見守っていたはずの京ちゃんの声すら振り切って、廊下へ飛び出した。



でも、怒りまかせにフロアの角を勢いよく曲がったせいで、誰かとおもいきりぶつかってしまった。


「いってー、大丈夫? って……!」


お互いしりもちをついた状態で、相手を見た。


「悠君、なんで?」



さっき帰ったはずの悠君とぶつかるのはおかしい。



「なんでって、戻ろうと思って」

「ケンカしてたのに?」


「そうだよ。だって朝の約束思い出したから」

「え、なんだっけ?」


「お昼食べたらお菓子交換しよってさ」



悠君は、ポケットのなかからあめ玉を一個取り出した。それは私も悠君も特に思い入れのないさくらんぼ味の、のど飴で。



「……なんでのど飴なの?」


心の声が言葉に出ちゃった。


「昨日からノドが痛いって言ってたじゃん」


それは自分も忘れていたくらいの、なんでもない発言だったのに。


「あとさ、沙羅ママのお使いちゃんと覚えてる?」


「え、なんか言われたっけ?」


「帰りにマヨネーズ買ってきてって言ってた」


「あ、そうだった!」


「もう、しょーがないな。はい」



私の膝の上にあめ玉を置くと、悠君は再度眉間にシワを寄せた。


「どうしたの? 何その顔」

「何って、ケンカの続き。じゃあね、ふーんだ!」



確かに悠君の言動は意味がわからない。

南君の言うことは、すべて当たっている気もする。だけど、それがなんなの?って思ってしまった。



私はたぶんずっと、わけのわかんない悠君が好きなんだ。あれは、そのことを思い知った瞬間だった。



「……お菓子交換でしょ? 私もちゃんとあげる」


そんなふうに精一杯折れてみたっけ。


「……じゃ、俺ジュースおごる」

「うん」

「だからさ、今度俺のオススメ映画、一緒に観よ?」

「……いいよ」


急に顔が熱くなって。


「俺、さっきの主人公どうやっても好きになれないよ?」

「うん、それでいいと思う」

「俺の好きな人と真逆なんだもん」

「ん?」

「ううん。聞き流して」

「ん? ん?」



もう悠君は、いつも通り笑っていて。



「たまには帰り、俺のこと迎えに来てもいいからね」

「出たー、上からだ?」


可笑しくて吹き出してしまった。


「気が向いたらね」


可愛げのないことを言ったけど、ほんとうは悠君のことをもっと知りたいなって思った。もらったのど飴は食べられなくて、大切に取ってある。



悠君は子供っぽい。 でも、ほんとは繊細で優しい。



いつからなんだろう。

私のなかがこんなふうに、悠君でいっぱいになったのは。

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