京ちゃんてば大人


「……またまたあっさり思い出しました」


たぶん顔まっかっかだな、今。


「なんだかんだで沙羅は鬼だよね。いや、案外小悪魔だね」


「なんで、どーして?」


「両想いの男女がほとんど一緒に暮らしてるんだよ?佐野君すごく、耐えてると思うなぁ」


「いやいや、悠君はあの日以来お泊まりしてないし、両想いなんてあり得ないもん!」



ほんとの愛情表現って、もっとひそやかなものだと思ってたし、あんなあけすけだと、嬉しいっていうよりも、戸惑ってしまうほうが強くって。



「確かにフィアンセとか1年の美少女とか、そのまんまにしてるのはひっかかるけどさぁ」


「でしょ? 京ちゃんだって私の立場なら揺れるし戸惑うはず」


「うーん、そう言われるとそだねー」



ほらね、京ちゃんの眉間にも深いシワが寄って当然なんだよ。



「もしかして沙羅のことは家族に近いのかな?」


「……複雑だけど、それがいちばん近いような気がしてる」


「確かに好きな子を目の前にしてお預けなんてタカヤには絶対ムリだもんな」



そう呟いて京ちゃんは人差し指でくいくいと手招きした。



「なになに?」



顔を寄せると、至近距離なのにやけに小声で男の子というものの生態について京ちゃんは持論を熱く語り始めた。



「あのね、これはあくまでもあたしの経験上の意見なんだけどね」



その言葉の続きを聞いて私はただひたすら赤面!



「てかさ、好きな人に好きだと言われたら迷わず付き合うのが普通じゃない? 深く考えないでさ」



京ちゃんは平然とした顔でマスカットティーをごくごく飲んだ。



「だって、私も好きだよなんて言っちゃったら三角関係が始まるんでしょ? いや四角?う、うわぁぁぁ」



相関図も描けないほどにパニック!



「大丈夫だって! 今週水瓶座の恋愛運めちゃめちゃいいって書いてあったもん。ほら」



京ちゃんは傍らに追いやられていた雑誌を開いて私に見せてくれた。



「今週ってもう終わるんですけど!」


「あーそっか! ごめんごめん」



京ちゃんの励ましは嬉しい。だけど、何をもってもこの不安は拭い去れない。



これを機会に胸のうちの不安を京ちゃんに話してみた。悠君みたいな男の子ってきっと追うことが喜びで、手に入れたら安心して、放っておかれるような気がするんだって。



「釣った魚に餌をやらない、みたいなこと?」


「そう、それ。うちのクラスにはもういい、ってくらいやって来るけど、半同居みたいになってから連絡がほぼなくなったんだよね」



悠君がここ最近、あまりにもうちのクラスに通い詰めるもんだから、会いに来てくれるのが当然だと思ってしまってた。

いつも他愛のない用件だったけど、連絡だってマメだったのにな。



そのうちのひとつが欠けただけで不安になるなんて何様だろう。恥ずかしくなる。



「それってさ、近くにいると必要ないからでしょ? そんなこと気にしてたら何にも前に進まないよ? 幸せになる気ある? ライバルと戦う気、ある?」



……言い返す言葉も見当たらなかった。



「沙羅と佐野君のわちゃわちゃ見てるのあたし好きだよ」



京ちゃんは頬杖をついて、大人っぽく微笑んだ。



「口喧嘩みたいなのもなんだかんだ仔犬がじゃれあってるみたいに見えちゃうんだよね」


「仔犬って……」



大人びた京ちゃんには子供のじゃれあいにみえてるってことかぁ。



「そういえばさ、映画の感想が食い違って言い合ったこともあったよね?」

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