信じてよ


「知ってるよ……あの子と一緒だったんだよね?」



胸が、ちくりと痛い。

ほんとはこんなこと、聞きたくないのに。



「あの子って、あー、咲田さきださんか」


咲田さんていうんだ、彼女。


「断ってないんだもんね、この前のこと」


「断るよ。でも今はまだちょっと無理なだけ」


「なにそれ、意味わかんない」


嫌みのひとつも言いたくなるよ。


「信じてよ。俺が好きなのは沙羅だけ」


「……よくあっさりそんなこと言えるね」


「だってほんとなんだもん。俺は素直で沙羅がへそ曲がりなだけじゃん」



その通りかもしれない。ほんとは嬉しいもん。私だって好きだよって言いたい。でも素直になれないよ。



顔も知らないフィアンセとのことだって、咲田さんていう美少女のことだって、悠君がこれからどうするつもりなのか全然わからない。勘繰ったりもしたくない。

だって、傷つくのが怖い。



それなのに悠君はご機嫌な足取りで毛布を1枚持ってきて、複雑な気持ちを抱えたままの私をいともたやすく、すっぽり包んでしまうんだ。



「なんか秘密基地思いださない?」

「小さい頃あったね。懐かしい」



あのときの記憶がふわっとよみがえって、さっきまでの不安をさらっていった。



隣にいる悠君の体温が疲れた身体にしみてきて、すぐに眠気がやってきた。



「特別に手、握ってもいいよ?」

「いっ、いいよ! もう怖くないし、子供じゃないんだから」



戸惑っていると、悠君が手を差し出してきた。



「強がんな。ほら」



返事を待たないで、悠君は私の手を取った。毛布のなかで私達今、手をつないでる。

そう思ったら、胸がぎゅっとなった。



「あれ? 拒否らないんだ? 俺の恋、一歩前進したっぽい」


「もう、大袈裟だってば」



手をつないだのはいつぶりだろう。

当たり前だけど、悠君の手は私の知らない手だった。



それは、よく覚えているちっちゃくてふわふわの男の子の手じゃなくて……すべてを包み込んでくれるような、頼もしい手だった。



すらりとキレイな指。あったかくて大きな手のひらがぎゅっと私の手を握りしめた。



ドキドキする。

安心する。

……やっぱり、ドキドキする。



毛布の中のふたりの体温と雨音が、心地いい睡魔を連れてきた。悠君のキャラメル色の髪から、私と同じシャンプーの匂いがした。



やっぱりあの子に取られたくない。

誰にも、取られたくない。

情けないことに、これってやきもち以外の何物でもないや。身体がぽかぽかして、あったかい。気持ちいい。



「ほら、ここ」



もうひとつの手が、私の頭を優しく傾けてくれた。だからこてん、と逆らえずにそのまま肩にもたれた。



悠君の胸を枕にしちゃうなんて、もうすでに夢のなかなのかな?



「ちゃんと俺の夢見てね、おやすみ」



眠りに落ちる間際、優しく頭を撫でられて

悠君の優しい声が聞こえた気がした。

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