優しい時間
「ここで寝たら風邪ひくよ?」
気づいたらテレビは消えていて、雨が窓を叩く音がしてた。わぁ、うっかり寝ちゃってた。あの後録画してたお笑い番組を一緒に見て(怖いテレビに出くわさないため)、いっぱい笑ってホッとしたせいだ。
悠君は洗い物を片付けてくれたらしく、濡れた手を拭きながらこっちにやってきた。
歯磨きをすませたけど、なんとなく足は悠君のいるリビングへ。
「疲れたでしょ、上がっていいよ。俺ここで寝るし」
笑顔でそう言われて立ち尽くしてしまう。
「もしかして、二階に行くのまだ怖い?」
ふるふると首を横に振った。
「……いや。怖く、ない」
「嘘つくの下手すぎ」
何も言い返せなくて、口を結んでしまった。
「こっちおいで」
胸が、ドキドキした。
悠君は無邪気に自分が座ってるソファの隣をポフポフ叩いてる。このちょっと強引な優しさに、いつも助けられてきたな、私。
「クッキーどうだった? いい感じにできたのに上げてなかったじゃん」
隣に座ると悠君は不満そうに膝を抱えた。
まさかの映えを狙ってたのか。だとしたら、だいぶ履き違えてるような気もするけど。
「インスタ映えどころか、インスタ越えしちゃってたよ?」
「……なんかそれ、バカにしてない?」
「してないしてない!」
「ほんとに? よしゃ、じゃあまた作ろ。今度は3Dで」
「それじゃ陶芸だよ」
悠君の小さなガッツポーズが可愛い。
「美味しくてびっくりしちゃった。あの作り方見てたしさ。しかもどこにも型抜き使ってないのがすごいよね。アルファベットも手びねりだもん。悠君センスあるよ」
「え~、なんか照れるじゃん」
「ありがと」
それは本音だった。
ほんとに大事なものは誰にも見せたくない。自分の心のなかだけに大事にしまって、いつまでだって温めておきたいものなんだって、あの時初めて知った。
自分だけが投げる、世界でたったひとつの「いいね」が宝物。
「それにしてもなんか嬉しいね」
「なにが?」
「だって俺達おんなじなんだもん。髪の匂い」
悠君ははしゃいで私の方にほっぺたを寄せてきた。ほんとに子供みたい。
「悠君やめて、くすぐったいよ」
「そぉ? じゃあ特別にぐっすり眠れるおまじないかけてあげるからこのまま隣にいてもいい?」
「会話噛み合ってないじゃん。いつものことだけど」
二人でいるのがこんなに楽しいんじゃ、もうひとりで生活できそうにないや。
「沙羅のお目々はだんだん重たくなるー」
「それおまじないじゃなくて催眠術だよね」
ダメだ、お腹痛い。
モデル系イケメンがこんな天然だってバレたらファンがもっと増えちゃう。
「眠くて眠くてどーしましょー。えーと、こんくらいかな?」
悠君は一本調子でそう言いながら、部屋の照明を少し落とした。
「明るすぎても真っ暗でも落ち着かないだろ、これでいい?」
優しい穏やかな声がすぐそばにあって、怖かったことなんてすっかり忘れてしまってた。
「悠君がいるから平気」
そう答えたら、少し寂しそうに笑ったのが気になった。
「昨日、寝てないんだろ? 戻ってこれなくてごめん」
「なんで、それ……」
何もかも、悠君には、全部お見通しだった。
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