殺す気か!?
「悠君……」
ドアの隙間から顔を出した。
「やっぱ2分は無理だったか。でもまだ二曲目だよ、ほら」
悠君のスマホを見ると当麻君はもう前列に移動してた。どうにかして彼が歌うのを大きな画面で見たかった。
「で、なんで出てこないの」
「それが……」
あぁ、持って生まれたズボラが災いした。
普段から恥じらいをもって女の子らしくしておけばよかった。ママにも注意されてたもんね。
ママと二人の生活が長かったから、平気でバスタオル1枚を体に巻いて浴室と自分の部屋を行き来していたわけで。
「うぅ……着替え持ち込むの忘れちゃった……」
「……マジ?」
「マジなの」
「じゃ、俺リビング行っとくからさ」
「やだよ、二階真っ暗だもん! 行けないよ! ひとりにしないでお願い悠君!!」
「もう……沙羅ってこんなに世話の焼ける子だったっけ?」
悠君は立ち上がってわざと大きなため息をつくと、着ていたTシャツを脱ぎ始めた。
「はい。おちびさんの沙羅なら膝丈くらいはあるでしょ?」
こっちも見ずに、ドアの隙間にそれを差し出した。
「これ……着ていいの?」
「そのために脱いだんじゃん」
視線をそらして武骨にそう言い放つ悠君の横顔が少し赤くなっているような気がして……ドキドキしすぎて……死んじゃうかと思った。
びっくりして、戸惑って、でも嬉しくて切なくて、いきなり苦しくなって。最後にはなぜか悲しくなった。
悠君が私に何を隠してても、それを一生教えてくれなくても、フィアンセがあっちで待っているとしても、いろんなとこで愛嬌ふりまいてる男の子だとしても。
悠君が好きだという気持ちにもう抗えそうにないって、はっきりわかってしまった。
バスタオルを巻いた身体に渡されたTシャツを着たら、それは大きくて、すごくあったかくて。
どこか懐かしいような、初めてのような、心が疼くような優しい香りがした。
丈は膝上でふわふわと揺れている。
ちょっと不安だったから、前屈みになって裾を引っ張ってみた。ずっとずっと、ドキドキしたままで。
「先に上行って電気つけとくねー」
悠君の足音が階段を上っていったから、浴室を出て私もゆっくり階段を上った。面倒くさ! って思ってるのかぶつぶつ言ってるのが聞こえてくる。
「沙羅はしっかりしてそうでほんとは抜けてんだよな。俺がそばにいなきゃだめだっていい加減自覚してくれたらいいのに素直じゃないし。でも怖がりなくせに強がるとこも可愛いかよ! ってなってる俺の完敗なんだよなぁ。 てか俺が裸になっておもろいことなんかいっこもないじゃん。逆を期待してんだぞこっちは。こんなのまったくの想定……外」
上っていったら部屋の前で必然的に悠君と向き合う形になってしまった。
「あのっ……ほんとに、ごめんね」
裾を引っ張って、そわそわ。
後ろも気を付けなきゃと、とにかくへっぴり腰で部屋のドアノブを掴んだ。
「やば。どうしよう……」
「は?」
「こういうときはあれだ……煩悩消すためにはんにゃしんぎょってのを唱えるんだったような……」
「はぁ?」
「だからそんな屈んだら見えるんだって!
殺す気か!」
「あっ! ごめんっっ!」
裾に気をとられすぎて、無防備になっていた胸元を慌てて隠した。
部屋に入ってすごいスピードで着替えると、悠君をほったらかしにして階段を駆け降りた。
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