悠君の男子力

悠君の話によるとO型はすべての血液型の人に輸血してあげられるけど、同じO型からしかもらえないらしい。知らなかった。O型ってめちゃくちゃ損してるじゃん。



「沙羅に俺の全部をあげる」


「あの……その言い方誤解を招くよ? 目閉じてんのはなんで?」


「わかんないの? キス待ってんの」


「しません」


「あっそ!」



ふて腐れて生地を丸めたりねじったりし始めた。



「でもさー、なんかあったらもってけよ?」

「んー、なにを?」



機嫌を損ねたのか目も合わせてくれないから、私もシンクの方を向いて晩御飯の支度を始めることにした。



「沙羅になんかあったら一滴残らず俺の血あげるから、持っていけって言ってんの」


「なにそれ。そういうの悠君死んじゃうみたいでなんかやだ」



いつもの冗談なのに、ママがいなくなって気が張っているせいか、急に弱気になってしまった。


「いや、もしもの話だから! 俺もまだ死にたくないし」


「血がなくなったら悠君が干からびちゃう!」


「真に受けてんじゃん! 大丈夫、俺ピチピチだからほら」



悠君は笑って私の手を取ると、それを自分のほっぺたにいざなった。



「ね?」

「う、うん」

「あったかーい、やわらかーい♪」



悠君はふざけて私の手にすりすりしてるけど、私は泣いちゃいそうだし目眩がしそうだし、頭のなかは軽くパニック。



「そんな可愛い反応されると困るじゃん。ここに引っ越してきたくなる。おっ! 第一弾焼けた」



何事もなかったように悠君はオーブンの中身を取り出して、たった今形成した生地と手際よく入れ換えた。



「これ焼けたら取り出してくれる? デコったら俺行くから。やべ、時間ない」

「え、どこ行くの?」



……予定、あるんだ?



「うん、晩御飯いらないからね。遅くなるけどこっちに戻ってくるから戸締まりしっかりして待ってて」


「えっ、あのちょっと……」



バタバタと身支度を整えて出ていっちゃったから、何も聞けなかった。なんか最近の悠君、絶対におかしい。

彼が何を考えてるのかわからなくて、急に不安になる。



テーブルのうえはぐっちゃぐちゃに散らかったまま。

ふぅ、とひとつため息をついた。これを私に片付けろと?



でも、そこにはカラフルなチョコペンやアラザンでデコられた男の子の顔のクッキーがあった。



右目が赤、左目が黄色のマーブルチョコなのなんでだろ。なんか適当すぎて笑っちゃった。もしかして、自分のつもりなのかな。



オーブンがピーっと鳴ってドアを開けたら



『T』『M』『E』『E』『A』



5つのアルファベットの形のクッキーが出てきた。パズルだな。こんなの簡単に解いちゃうもんね。



あれこれ並び替えてたどり着いた答に赤面してしまった。まさかとおもってオーブンのなかをもう一度覗いたら、奥にひとつ隠れてたのは『♡』



『E』『A』『T』 『M』『E』『♡』

(わたしをたべて♡)



クッキー食べてねって意味なんだろうけど、このフレーズって普通女の子が男の子に使うんじゃないの?



こんなの、とても食べられそうにない。キュンとしちゃって恥ずかしくって、SNSにだって上げられそうにないや。

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