振り回されたくないのに

「ただいまー! お邪魔しまーす!

手洗いうがい、お手つだい~っ♪」



感傷に浸っていたら、玄関先で聞きなれた声がした。


「悠君……なんで?」



鍵かけたよね?

まっすぐ私の前を通過して、彼は洗面所へと向かった。



「ガラガラガラぶくぶくぶく……ベーっ」



我が家のように普通に手洗いうがいしてるのは、なぜ?



「あの、悠君?」

「何突っ立ってんの? 材料買ってきたよ?」



材料って、なんの話だろう。

その前に、君はなんでここにいるの?



「あの、なんで? どうやってうちに入ったの?」

「合鍵もらった」

「えっ、ママから?」

「そうだよ。いけないの?」



そうか。きっとママ、悠君にフィアンセがいること知らないんだ。ちゃんと伝えておけばよかった。



「泊まらないとは言ったけど、来ないとは一言も言ってないよ。火の元、戸締まり……あといちばん大事な寝顔チェックもしないとだな」



キレイな顔で、真剣な表情で。なんてふざけた台詞なんだ。



「悠君それ、本気じゃないよね?」

「逆に冗談を言ったことがないけど?」



本気だ。これからうかうか寝てもいられない!


「ねぇ沙羅」

「はっ、はい!」



不意にまっすぐに見つめられて身体が跳ね上がってしまった。



「手洗いうがいしたんだよ」

「なに? それがなに?」

「今日1日頑張ったんだよ俺」

「だからそれが、なに?」

「もう、鈍感! スカスカなんだって、充電スカスカ」



迷わずにぎゅううって。

こ、殺す気ですか?まさか、前から堂々とやってくるとは思わなかった。



「只今充電中~」



優しく抱きしめられて、悠君の胸にすっぽり包み込まれちゃって、お地蔵さんみたいに固まってしまった。



「満タンになるのに何分かかるかな?」



甘い声が耳の上で聞こえてる。

フィアンセがいるから、たくさんの女の子からの真剣な告白も今までずっと断ってきたんだよね? 私のためなんかじゃないはずだよね。



それなら私って、こんなふうにからかうのに都合がいいってこと? 勘違いして、無駄にドキドキしてる自分がバカみたい。



「エプロン姿可愛いすぎるから俺以外、誰にも見せたらダメだからね、わかった?」



優しい声でそう言われたとき、洗濯機の終了ブザーが響いた。



「あの、もう家のことしなきゃ」

「もう充電終わり? ちぇー」



意外とあっさり引き下がって悠君は洗濯機のほうへ向き直った。



「ちょっと、なんでそっち?」

「だってやることいっぱいあるんでしょ。洗濯物くらい干すよ。沙羅ママからお手伝いいっぱいしてねって言われたし」


「いやいや、なんでよ。洗濯物は触るの禁止! 蓋開けるのも禁止だからね」


「はぁ? こないだも俺のこと頼れって言ったばっかだろ? 沙羅もうんって言ったのにさぁ」



ブーブー言ってて子供丸出し。

お願いだから女の子の洗濯物にはちょっかい出さないでよぉ。

小さい頃とは身に付けてるものが全然違うって、わかってるはずだよね?



「なるほど。そういう事情……」

「想像しないのっ!」



私まで赤くなるから、ぼそっとつぶやいて耳までまっ赤にするの、ほんとやめてほしい!!

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