ピンチとスランプ

「迷ってるうちに他の子に取られても知らないよ? 沙羅が知らないだけで佐野君の告られ祭りは続いてるってことなんだからね?」



「なにそれ! うそうそ、うそだよね? 祭りって何? フェスってことだよね?」



「食いつくのはそっちじゃなくて、佐野君がモテすぎって現実があるってほうね」



京ちゃんはクールだ。クールなあまり、予期せぬ現実をいつも私に突きつける。



「今朝の告白であたしの知る限り4人目だね、二学期に入って。通算だと何人目かなぁ、うーんとちょっと待ってね」



そういって京ちゃんは両手の指を折りはじめた。



「もっ、もういい! 数えなくていい!」



人数なんか聞かされたら、妄想力豊かな私はあることないこと考えてしまう。それでたぶん容赦なく傷つく。



「現実から目を背けるのは自由だけど、佐野君に彼女ができたときになぐさめてあげられる自信、あたしにはないからね? だから素直に早いとこカレカノになったら?」



「カレカノって、どうやったらなれるの?

腐れ縁の私達がっ、ど、ど、どーやったら?」



京ちゃんに涙目ですがったら「素直になること」とあっさり言われてしまった。

それができたら苦労しないよぉ。





8月の頃よりは日がだいぶ短くなった。

夏練のときは、7時でも明るかったのに、西の空はもうグレーに煙ってる。



でも解散したあとも、居残って少しだけ練習をすることにした。




「京ちゃん、先帰っててー。ちょっと先生に呼ばれてて。帰りはたぶん送ってもらえるはずなんだ」


「えー、そうなの? キャプテンやっぱ大変じゃんね」



ほんと言うと、それは大嘘。

実はあの後もサーブがほんとにやばくって焦っていた。

サーブが入らなきゃ、ゲームは始まらないんだもん。



サービスミスの連続で失点が重なってなんの力も発揮できずに、つらい練習が無意味になる試合だけはごめんだ。

相方の京ちゃんの活躍まで奪うことになるし、どうにか勘を取り戻さないと。

みんなには知られたくなかったけど、ほんとはすごく不安だった。



悠君への気持ちを自分でうまく扱えないことと、ボールひとつ相手コートに入れられないことは、どこかでリンクしているようにも思えた。



こっちのライトはじきに消えてしまうから、グラウンドと体育館の明かりがこぼれるうちに。サーブだけ、10本連続入ったら帰る!



でも、そんな気負いがアダとなってしまった。力みすぎて、ボールは高いフェンスを越えるほどのフライ球となって、裏の山手へポーン!



「うわぁ、どーしよ!」



備品はすべてにナンバーが振ってあって、ボールの数ももちろん毎回チェックして管理してる。キャプテンが山に打ち込むなんて恥ずかしすぎて誰にも言えないよ。野球部に行けって笑われちゃう。



でも薄暗くうっそうとした山に入るのは怖い。どーしよう。


でもでも。やっぱり取りにいかなくちゃ。

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