乙女心、ふくざつ
結局は朝から放課後の今に至るまで京ちゃんに愚痴を聞いてもらってるっていうのに、まったくソワソワが消えない。部活中もやけにラケットを握る手に力が入った。
なんでって、最近休み時間ごとにうちのクラスに必ず来ていた悠君が、一度も来なかったんだもん!
「京ちゃん、悠君事故とかにあってないよね?」
「んなわけないでしょ」
「だって、こんなの初めてなんだもん。もしかしたら朝のあの子の告白にOKしたのかも……」
悠君は前からよくうちのクラスに遊びに来ていたけれど、最近はストーカーなの? ってくらいやって来るようになっていた。
『沙羅が困ってないか、泣いてないか、ちゃんと笑えてるか息してるか気になって』って、どんなに時間がなくても私のところに来てた。そりゃもう、うんざりするくらいに。
「やっぱりあのすきすき攻撃は幻だったんだね。人の心を弄んでたんだよね。悠君のバカやろーっ!」
苛立ちまかせにサーブを打ち込む。
「沙羅、落ち着きなよ! さっきからダブルフォルトばっかじゃん」
「あっ、バレてた?」
ほんとその通りだった。
コートの白い枠内に、まったくといっていいほどサーブが決まらない。
「サーブ入んなきゃ、前衛のあたしの仕事なんもないじゃん」
「ごめんね。なんでかな、おかしいなぁ、いつも通りのはずなんだけどな」
こんなんじゃ今度の団体戦でみんなの足を引っ張ってしまいかねない。
「佐野君の生存確認したいなら、ほらあそこ」
テニスコートのすぐ隣には体育館があって、開け放たれた入口からは、男バスの練習風景が見えた。
テニスコート特有の背の高いフェンスにへばりついて、中を見る。
バスケットシューズがフロアを踏みしめる摩擦音と、ボールのバウンドする音のなかに、男子たちの声が響く。
「悠君……普通に部活やってんじゃん!」
「気になるなら自分から会いに行けばいいのに」
「それは無理だよ」
だってそんなことしたことないし、もしかしたら悠君が調子に乗ってさらにスキンシップに拍車がかかるかもしれない。
そこまで気にしてる私のほうが意識しすぎだったりして。
「素直じゃないね、ほんと」
「それは……自覚してる」
返す言葉もありません。
「でもよかったね、普通に部活してるのわかって。しかし相変わらずかっこいいねー佐野君は」
京ちゃんの何気ない一言に深く共感して、少し涙目になってしまった目で悠君の姿を追いかけた。
ボールを追う姿も、強引に攻め込むときの強気な顔もくしゃくしゃの笑顔も、高く飛んで散る汗も、立ってるだけの後ろ姿もチームメイトに指示を出す声も。悠君のなにもかもが、間違いなくまぶしかった。
「部活辞めようかなって言ってたのにさ、やっぱふざけてるだけだよね」
私のために部活を辞めるなんて馬鹿げているし、辞めてほしいわけでもない。
そんなの重いし嬉しくないし、バスケに夢中な悠君をずっと応援したいって思ってきたし。でも、からかわれてると思ったら心は痛い。
もういっそのこと、私太っちょが好きなのって言って、悠君のこと遠ざけてしまおうかなって思うくらいに。
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