悠君

「沙羅? おはよ。まだ起きないでねー」



静かに開いたドアの隙間から、悠君のキレイな顔が覗いてるのが鏡に映ってた。



「起こしにきたんでしょ、なんで小声なの?」



すでに制服に着替えていた私を見て、悠君は心底がっかりした顔をした。



「うそだ! なんで起きてんの?」


「そりゃ起きるよー。ママの怒鳴り声に君達のわちゃわちゃがすっごいうるさいもん」


「沙羅はよく寝る子だったじゃん? てか、俺のドキドキとワクワクとそわそわ返せ!」


「ママに許可もらったのならどうぞ~、って胸差し出す女子がいるわけないでしょ!」



うんざりして鏡越しにちらりと悠君を一瞥した。ガッカリした顔。ちょっと可愛い。でもさ。小さいとき遊園地でソフトクリーム落っことした時と同じ顔じゃん、それ!

私の胸の価値ってその程度なわけ?



「なぁ、この手どーしてくれんだよ! 許可おりたのに!」


「宙をもみもみするんじゃない!」


「明日リベンジするからな? もみもみリベンジ!」


「だからその手やめてってば!」



これはここ最近の朝の定番で、ママも悠君もどこまで本気かわからない。



「それ以前にさ、女の子の部屋に勝手に上がり込むってどうなの?」


「ねー、今日ストレートがいいな」


「人の話を聞きなさいってば」


「ヘアジェルやめて? あれ嫌いなんだよね」


「ねぇ、ほんと話聞いてな……」



油断してたら後ろからぎゅうぅ。



「沙羅ちゃんつかまえた」



鏡のなかで悠君と目が合う。


「あれ? なんか顔赤くない?」


「きっ、気のせいでしょ」



いやいやどうみても真っ赤なんだけど、肯定するわけにはいかない!


「いい匂い」


イタズラな目で微笑んで、さらにくっついてくる。



悠君は小さい頃からこうだった。

スキンシップが過ぎるんだ。



感情が行動と直結してる。

大きくなった今でもそれは変わらなくて、内心私がうろたえてることなんかお構いなしで、いまだこんなふうに私をからかってくる。



遊ばれてるみたいでちょっとムカッとするんだけど、実は一度も振りほどけたことがない。そんな自分も嫌になる。



でも、頭のなかが真っ白になって、心拍数あがりすぎてそれどころじゃなくなってしまう。


「あのさ。もうそういうの、やめよ?」



でも今日はそう言えた。

悠君っておバカだから、そういうことは好きな人にしかやっちゃダメなんだよっていい加減教えてあげないと。



「なんでダメなの? 俺、沙羅の髪の匂い好きなんだもん」



なのに悠君は、私の髪に平気で顔を埋めるんだ。

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