第83話 教祖の正体・2
声を掛けられたノアは、突然のことに一瞬両肩を跳ねさせるが、すぐに千紘たちの方へと顔を向けた。
「……お前たちは何者だ」
先ほどまでの穏やかな様子はどこに消えたのか、ノアは四人を色素の薄い瞳で
千紘だけでなく、ここにいる誰もが、このような冷たいノアの表情は一度も見たことがなかった。
それに表情だけではない。瞳の色も心なしか、今は暗く濁っているように見えた。
いつも見ていたのはどんな時でも笑みを絶やさない、優しいノアである。目の前のノアはまるで別人のようだった。
あまりの違いに驚いた千紘たちが、思わず立ち止まる。
「ノア、俺たちがわからないのか?」
「だから誰かと聞いている」
千紘は呆然と立ち尽くしつつも、懸命に唇を動かした。秋斗たちは黙ってその様子を見守っている。
しかし、ノアは千紘の言葉を
理由はわからないが、今のノアはどうやら千紘たちのことを知らないらしい。
たった一言で千紘たちの存在を否定したノアの眼光が、さらに鋭くなる。
「先にこちらが聞いているが、まあいい。どうせすぐに消えるのだから」
そう言って鼻で笑うと、右手をわずかに動かした。
「まずい! 魔法を使う気だ!」
秋斗はノアの
突然の声に驚いた千紘がノアを見やれば、その右手の上にはすでに大きな炎の塊があった。
「ちょ、ノア待て!」
急いでノアを止めようとするがすでに遅い。
「さっさと消えろ」
千紘の制止など一切聞いていないノアは、炎の塊を問答無用で四人に投げつけた。
魔法でできた大きな炎の塊が、まっすぐこちらに向かって飛んでくる。
「ホントに魔法まで使えんのかよ!?」
千紘は声を荒げながら、必死に横に飛びのいて攻撃をかわす。
他の三人もどうにか一撃を避けることに成功するが、炎の塊が当たった壁は一瞬で黒焦げになって煙を上げていた。
「おい、
攻撃を避けた際に床に膝をついていた千紘が、すぐ
「あたしだって知らなかったわよ」
だが、香介はそんな千紘に構うことなく平然と軽く返すと、ノアの方へ視線を向けた。
その様にさらに文句を言い募ろうとする千紘だが、また飛んできた炎の塊にそれどころではなくなる。
「しかも詠唱なしかよ!」
千紘が攻撃を避けようと、慌てて立ち上がろうとした時だった。その頭上に影が落ちる。
反射的に顔を上げた千紘の前にあったのは、秋斗の背中だった。
千紘たちの前に立った秋斗は、
「炎には水だろ?」
自信満々に笑みを込めた声で言うと、肩の高さまで両腕を上げ、そのまま早口で続けた。
「聖なる水よ今ここに水流となりて
言い切った瞬間、大きな水の塊が天井付近に現れる。そして、千紘たちの方に向かってきていた炎の塊をあっという間に消火した。
「さて、元も
次にそう言った秋斗は、また早口で詠唱した後、ノアの頭上に水の塊を出現させた。ついでと言わんばかりに、ノアの頭から一気に大量の水をかぶせる。
「くそっ!」
予期せぬところから水をかけられたノアが思わず目を閉じ、腕で顔を覆った。
ノアの動きが止まったことに、千紘の頬が緩む。
「秋斗、よくやった!」
わずかにできた隙を逃すことなく千紘は床を蹴ると、そのまま素早くノアの背後に回った。
「悪い、ノア!」
言いながら、鋭い手刀をノアの首に打ち付ける。
後ろから千紘の一撃をくらったノアは、すぐさまその場に崩れ落ちた。
「どうにか上手くいったわね!」
それを確認した香介が、ほっとした表情の律と一緒になって駆けてくる。
千紘はしゃがみ込んで気絶したノアの状態を確認するが、今のところは目を覚ます気配はなさそうだった。
「上手くいったのはいいけど、この姿のまま連れ出すのはちょっとまずいんじゃないか?」
教祖の姿はきっと悪目立ちするだろう。
千紘が「どうする?」とでも言いたげに全員を見回すと、
「確かに、マントが目立つからすぐばれそうだよな」
秋斗もそう答えながら顎に手を当て、宙を睨む。
「じゃあ脱がしていきましょう」
「でも、脱がしたマントだけここに置いておくのも、後から都合が悪くなるかもしれませんね」
香介と律もそれぞれそんなことを言いながら、千紘の傍に寄ってきた。
そこで秋斗が思いついたように、ぽんと手を打つ。
「だったらマントも一緒に持っていけばいいんじゃないか?」
「それもそうだな」
「言われてみれば、それが一番よね」
「そうですね」
秋斗の意見に納得した千紘たちは、揃って大きく頷いた。
放っておくのがまずいのなら一緒に持ち去ればいい。その通りである。
結果、割と早く話がまとまった四人は、ノアのマントだけを脱がして一緒に持っていくことにした。
「ノア本人は俺と秋斗で運べばいいよな」
「よし、任せてくれ!」
ノアは千紘たちよりも少し身長が高い。さすがに千紘一人で運ぶのは無理があるので、秋斗にも協力してもらうことにする。
しばらくして、ようやくノアを運び出す準備が整った。
「どうやって外に出ますか?」
ノアのマントを大事そうに抱えていた律がふと口にする。
「そこまでは考えてなかったなぁ」
「大丈夫、そこに階段があるわ」
秋斗が苦笑を漏らすと、香介がすぐさま近くにあった階段を指差した。
いつの間に見つけていたのかは知らないが、香介の示した場所には上の階へと続く階段がある。
「なら、そこから一階に上がれば何とかなるだろ」
教団側に見つからないうちにさっさと逃げようと、千紘たちは急いで階段まで向かう。そこから階段を一気に駆け上がり、一階へと戻った。
「さて、窓でもあればいいんだけど……」
千紘がぐるりと辺りを見回す。すると、近くに勝手口と思われる質素な扉を発見した。
香介もすぐにその扉を見つけたようである。
「ここから出ましょう」
「あまりこの辺をうろつくわけにもいかないし、そうするか!」
香介の言葉に、秋斗が大きく首を縦に振る。千紘と律もそれに続いた。
こうして四人は一切の迷いなく、ノアを教団の本拠地であるヴェール城から連れ去ったのである。
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