第82話 教祖の正体・1

 大きな拍手と歓声を浴びながら壇を下りた教祖が、時折信者たちに向けて手を振り、ゆっくり退場していく。


 それを見送り終えた信者たちも、少ししてから、来た時と同じくまたぞろぞろと階段を上り帰っていった。


 千紘たちは黙って柱の陰に隠れ、その様子を眺める。


 帰っていく信者の集団は、千紘たちが隠れていることを気にも留めない。

 そのことに四人は安堵する。


 柱の陰に隠れたのは、一般の信者ではなく、あくまでも教団側に気づかれないようにするためである。

 しかし、信者たちに気づかれて下手に騒がれても困るので、誰にも気づかれないのであればそれに越したことはない。


 しばらくして信者が全員帰ったのを見届けてから、四人は柱の陰から姿を現した。そのまま、足音を立てないように注意しながら、素早く教祖が消えた扉へと向かう。


「ここだな」


 扉の前に立った千紘が取っ手に手を掛けると、幸いなことにそれは鍵もかかっておらず、すんなり開いた。

 千紘はしゃがみ込んで少しだけ扉を開き、隙間からそっと中をのぞく。


 石畳の大きな廊下の先、十メートルほど離れたところに教祖の姿を認めた。こちらに背を向けている形だが、やはりというべきか、これまで警備をしていた四人の幹部らしき信者がすぐそばにいる。


「まだ人がいるなぁ」


 千紘の上から同じように中を覗いていた秋斗が、唸るように小さく零した。


 今回はノアが一人になった時を狙ってさらう作戦である。そのため、周囲に人がいる状況では実行が難しい。

 今は作戦を実行するには早すぎる、と四人は視線だけで教祖の姿を追う。


 それからすぐのことだ。

 教祖がある部屋の前で立ち止まった。


「ここまでで結構です」


 穏やかな口調で教祖は幹部たちにそう告げ、これまでずっと被ったままだったフードを外す。


 ようやく一息ついたように首を左右に振るその姿を見て、千紘たちは一斉に息を呑んだ。


 全員の双眸そうぼうに映ったのは、よく見慣れた白磁はくじのような肌と、光に透かすと綺麗な金色に見える淡い色の茶髪である。


 ノアは祖母をイギリス人に持つクォーターで、日本人の血の方が濃いが容姿はイギリス人にやや近く、瞳や髪の色など全体的に色素が薄い。

 香介がいつも「可愛い響きだから」と羨ましがっている『ノア』という名前も、祖父母がつけたものらしい。


「やっぱりノアちゃんだわ」

「間違いないですね」


 千紘と秋斗の後ろから覗いていた香介と律が揃って、小声で頷き合う。

 二人が言うように、千紘の目にもあの姿はノア以外の人間には見えなかった。


「これからどうする?」


 ノアから視線を外した千紘が後ろを振り返り、全員を見回す。

 とりあえず一人にはなりそうだが、本当に作戦を実行するか、念のための確認である。


「よし、このまま作戦続行だな。まずはノアに接触しないと話にならないし」


 しかし、秋斗はそれほど考えることなく、はっきりとそう言い切った。

 確かに、一人になるはずのこれからが作戦を実行するチャンスだろう。


 さらに秋斗が続ける。


「接触するタイミングは千紘に任せるから、適当なところでよろしくな。かおりちゃんとりっちゃんはその後に続いてくれ」

「わかった」


 千紘が素直に頷くと、香介と律も無言でそれにならう。

 秋斗の指示を受けて、千紘たちはノアを攫うタイミングを見計らうことになった。


 改めてノアの方へと視線をやると、四人の幹部がノアに向けて深々と一礼し、奥へ去っていくところだった。

 ノアはその背中を静かに見送っている。


 幹部たちの姿がさらに奥へと消えると、それを確認したらしいノアが部屋の扉に向き直った。どうやら中に入るらしい。


「一人になったわ!」

「そろそろですね」


 香介と律が小さな声を弾ませる。


 そして、ノアの指先が扉の取っ手に触れようとした時だ。

 ずっとタイミングを探っていた千紘がすぐさま立ち上がる。


「ちょっと待った」


 これまでほんの少しだけ開けていた扉を大きく開け放った千紘は、ゆっくり歩を進めながら、低い声でノアの横顔に声を掛けた。


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