第73話 じゃあ、またね

 その後、塔の中で食べたクッキーについて、やはりリリアの手作りだったことが判明した。

 どうやら小さい包みのせいで、リュックの中身を確認した時に秋斗と律が見落としたらしい。


「あれ、すごい焦げてたんだけど」


 千紘が真顔でリリアにそう告げると、


「そ、それは気のせいよ! 私が初めて作ってちょっと失敗したとか、全然そんなのじゃないんだから!」


 途端に慌て出したリリアは、耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。しっかりと自白しているのだが、本人は無意識のようだった。


 だから、千紘はこれ以上何も言わずに、そっとしておくことにする。その方がお互いにとって、色々な意味で一番いいと考えたからだ。


 きっと自分たちのために頑張って作ってくれたのだろう。その気持ちはありがたいと思った。

 けれど、千紘もなかなか素直になれない性格なので、


「……まあ、食えないことはなかったけどな」


 ただそれだけを付け加えるのが精一杯だったのである。



  ※※※



 タフリ村のすぐ近くにある『サナンの森』。それがいつも千紘たちの召喚されている場所の名前だった。


 だが、千紘にとって森の名前などはどうでもいい。

 とにかく早く地球に帰りたい。その一心である。この森に来るまでも、気がいて仕方がなかった。


「千紘はせっかちだなぁ」


 両手を後頭部で組んだ秋斗が、大きな木の幹にもたれ、のんびりした口調で言う。


「俺は一刻も早く地球に帰りたいんだよ」


 千紘はそんな秋斗をきつく睨みつけるが、当の秋斗には睨みつけたところで何の効果もない。すぐに千紘が歯噛はがみして終わるだけだ。


 律は二人の様子をおとなしく眺めていた。律にとってはいつものことなので、わざわざ二人の間に入ったりなどはしない。


「ちゃんと帰してあげるから、ちょっとくらい待ちなさいよ」


 腰に両手を当てたリリアが、「仕方ないわね」と首に下げていたミロワールを外す。


「もうこれっきりにしてくれ……」

「何でよ」


 心底疲れたとでも言いたげに千紘がうなだれると、リリアが仁王立ちしたまま、不思議そうな表情を浮かべた。


「何でもなにも、こっちに呼ばれるとろくなことにならないんだよ。めんどくさいことばっかでさ」


 千紘はリリアに向けて、思わず愚痴ぐちる。


 前回は洞窟までのお使いで、今回は魔物退治と塩の買い付け。毎回何かしらの面倒ごとが待っていたので、千紘は「もう二度とここには来たくない」と、辟易へきえきしていたのである。


 そこに秋斗の明るい声が響いた。


「おれは楽しかったけどな!」

「アンタはそうだろうけど……」


 今回も遊園地気分だったんだろう、と千紘ががっくりと肩を落とし、嘆息する。


 実際に、秋斗はヒーローショーの会場近くのホテルに前日入りして、一人で遊園地を満喫していたのだ。きっとその延長のようなものだったのだろう。


「確かに大変でしたけど、僕も結構楽しかったですよ」


 魔法も使えましたし、と律も笑みを浮かべながら、秋斗に同意する。


「ほら、りっちゃんだって言ってるんだから、みんな楽しかったんだよ!」

「何でそうなるんだよ。ホントめんどくせー……」


 なぜか多数決にしようとする秋斗に、千紘が頭を抱えながらしゃがみ込む。心の中で、とうとう律までが秋斗に毒されてしまった、と嘆いた。


「もういいからさっさと帰してくれ……」


 しゃがんだままの千紘が、さらに大きな溜息をつく。そろそろ地面に突っ伏してしまいそうだった。


「まったく、チヒロはいつもこうなんだから。わかったわよ」


 リリアが呆れたように言いながら、手に持っていたミロワールをそっと草の上に置く。

 それを見た秋斗が、すぐさまミロワールの近くに立ち、律の手を引いた。


「りっちゃん、こっち!」

「あ、はい!」


 引き寄せられた律は素直に頷き、少し慌てた様子で秋斗の隣に並ぶ。


「ほら、千紘も!」


 笑顔の秋斗が、今度は反対の手で千紘の腕を引っぱり、無理やり立ち上がらせようとする。


「わかってるって」


 別にいちいち立ち上がらなくてもいいだろ、と気だるそうに、千紘はゆるゆると立ち上がった。秋斗にされるがまま、引き寄せられ、隣に並ばせられる。


「じゃあ、またね」


 リリアが小さく微笑み、次には口元で何かを呟いた。きっと呪文か何かだろう。


 言い終えたらしいリリアが一つ息を吐くと、それに呼応こおうしたかのようにミロワールから淡い光が溢れ出す。


「だから『また』はやめろって――」


 千紘はたまらず口を開くが、その言葉は最後まで紡がせてもらえなかった。


 淡かった光がだんだんと強い輝きになって全身を包んでいき、眩しさに目を開けていられなくなる。

 次の瞬間、ふっと全身から力が抜け、千紘は眠るように意識を手放したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る