第72話 秋斗を黙らせる方法

 村長宅の客間に通された千紘、秋斗、律の三人が、並んで椅子に座っていた。


 テーブルを挟んだ向こう側には、出発前の時と同じようにリリアと村長がいる。二人には数日前に会ったばかりではあるが、千紘はとても久しぶりのように感じた。


「三人ともお疲れ様じゃったのう。無事で何よりじゃ」


 白い顎ひげをゆっくり撫でながら、ねぎらいの言葉を掛けてくれる村長に、千紘がほっとして肩の力を抜く。

 千紘だけでなく、秋斗や律も安心しているようだった。


「はい、ありがとうございます。えっと、これでいいんですよね?」


 秋斗がリュックからナロイカ村で買った塩と革袋を出して、テーブルの上に置く。革袋には塩を買うためにと預かった金貨の残りだけでなく、おつりの銀貨や銅貨なども入っていた。


 それから秋斗は表情を少し曇らせ、申し訳なさそうに続ける。


「ナロイカの人たちのことを考えると、あまりたくさんは買えなかったんですけど」

「さすがに買い占めるわけにもいかなかったしな」

「そうですよね」


 千紘と律も、神妙な面持ちで頷いた。

 そんな三人の姿に、村長はほがらかに笑う。


「いやいや。向こうの状況もわかったし、近いうちに行商人が来てくれるなら問題ないじゃろう。それにしても、今回はかなり大変だったようじゃな」

「いや、色々あったけど楽しかったですよ!」


 村長の返事に、秋斗が一転して明るい表情を浮かべた。瞳を輝かせ、今にもテーブルの上に身を乗り出しそうである。どうやらまた詳しい話を聞かせたいようだ。


(これは話し始めたら止まらないやつだぞ……)


 それに気づいた千紘は、まためんどくさいことになる前に何とかしないと、と瞬時に考えを巡らせる。


 秋斗を黙らせる方法はすぐに思いついた。


(よし、これで行くか)


 とりあえず、余計なことを言うなとばかりに、千紘が無言で肘鉄ひじてつを食らわせると、その攻撃は見事に秋斗の脇腹にヒットする。


ってー!」


 秋斗は大声を上げた後、脇腹を両手で押さえながら、今にも泣き出しそうな顔を千紘に向けた。しかし千紘は知らんぷりを決め込み、さっさと話を切り替えてしまおうと、村長に向けて口を開く。


「で、塔なんですけど」

「塔がどうしたんじゃ?」


 秋斗に気を取られる前に声を掛けられた村長が、千紘の方へと視線を向け、首を傾げた。

 どうにか秋斗の話を阻止することに成功した千紘は、心の中でガッツポーズをしながら、さらに続ける。


「ナロイカ村でも対処するように言ってきましたし、俺たちもできるだけ退治してきたんですけど、また塔に魔物が住み着く危険はあるんで、塔の出入り口に扉でもつけた方がいいと思うんです」

「なるほどのう」


 ふむふむ、と納得しながら村長が頷いた。秋斗はすっかり蚊帳かやの外である。


「もちろん壊される可能性もありますが、何もないよりはマシだと思います」

「確かにそうじゃな。では早いうちに対処しよう」


 千紘の提案を村長が素直に受け入れると、リリアも真面目な表情で首を縦に振った。

 ほっとした千紘と律は、揃って大きく息を吐く。秋斗も少し遅れて、安心した様子を見せた。


「今回も子供のお使いみたいな感じだったな。魔物さえ出なければ、だけど」


 ようやく言葉を崩した千紘が椅子の背にもたれ、大げさに肩をすくめると、


「そうですね」


 律も千紘に同意しながら、苦笑を浮かべる。


 そこに、組んでいた腕を解いたリリアが割って入ってきた。千紘たち三人の顔をぐるりと見回す。


「じゃあ、今回のお使いはこれで無事終わったけど、これからどうするの? 疲れてるだろうし、また一晩泊まってから帰る?」

「はぁ!?」


 リリアの口から珍しく優しい言葉が出てきて、千紘は思わず頓狂とんきょうな声を上げ、瞠目どうもくした。どうやら、多少は気を遣ってくれているらしいが、あまりにも珍しすぎて自分の耳を疑ったのである。


「千紘、りっちゃん、どうする?」


 先ほど肘鉄を食らった脇腹をまだ痛そうにさすりながら、秋斗が問う。

 律はわずかに考える素振りをみせた後、


「千紘さん、どうしますか?」


 と千紘の方へ顔を向けるが、千紘は微塵みじんも考えることなく即答した。


「いや、今すぐにでも帰してくれ」


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