第71話 帰り道

「やっぱダイオウイカを倒しても、すでに上陸してた魔物が消えるわけないか」


 キメラの額にある核を一撃で真っ二つにした千紘が、大きな溜息をつきながらぼやく。


 今三人がいるのは、バルエルの塔の手前辺りである。


 ここまでの道中に出くわした魔物はすべて倒してきていた。上陸してしまった魔物はできるだけ倒しておこう、との考えからだ。

 そうしておかないと、またナロイカ村や他の村などに被害が出る可能性が高くなってしまう。それを少しでも減らしておきたかったのである。


 ただ、これからナロイカ村以外の場所から上陸してくる魔物もいるかもしれないし、三人が今出会わず、倒せなかった魔物もいるだろう。

 ナロイカ村だって、一旦は平和になったが、またいつ魔物が現れるかわからない。


 それらは、もう地球に帰らなくてはならない自分たちの手には負えないのだ。

 だから、ナロイカ村の村長に「これ以上はどうにもできないから、後は村で対処してくれ」と告げてきた。

 ナロイカ村では、きっと魔物退治を引き受けてくれる冒険者を雇うなり、何らかの対策をとるだろう。


 ちなみに、千紘たち三人が地球から来たことは伏せてあった。事実を言ったところで、きっと信じてはもらえないだろうし、わざわざ話す必要もないと判断したのである。


「あ、ほら。塔が見えたぞ!」


 キメラが落とした鉱物を拾ってしっかりポケットに入れた秋斗が、森の先を指差した。



  ※※※



 バルエルの塔の内部には、魔物の姿は見当たらなかった。

 どうやら、一昨日すべて倒してからは入り込んだものがいないようである。


 そのことに安心しながら、三人は塔の中を進んでいった。


「魔物がいないから、来た時よりも楽ですね」


 律が軽やかな足取りで階段を上る。


「最初の時もこれくらい楽だったらよかったのにな」

「まあまあ、それは今さら言ってもどうにもならないからさ」


 律の後ろを歩きながら、千紘が「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめると、秋斗はそれを懸命になだめる。


 確かに、今回は来た道をただ戻るだけなので、来た時よりも道のりはずっと楽に思えた。

 あっという間に五階まで上り切った三人は、そのまま手早く塔を抜け、まっすぐタフリ村に向かう。


 塔を出てからの秋斗と律は、相変わらず遠足気分のようにとても楽しそうに歩いていた。


(どこからそんな元気が出てくるんだ……)


 バルエルの塔に着くまでの魔物との連戦ですでに疲れていた千紘は、その様子を眺めながら心の中で溜息をつく。

 けれど、わざわざ「遠足じゃないんだぞ」と小言を言うのも面倒だったので、もう何も言わずに傍観ぼうかんすることにした。


 その後、幸いなことにこちら側に出てきた魔物がいなかったのか、塔を出てからも特に問題はなく、無事にタフリ村まで帰り着いたのである。



  ※※※



 昼頃になって、ようやくタフリ村まで帰ってきた千紘たちは、入り口のところにたたずんでいる少女の姿を目にした。

 後ろ姿しか見えていないが、腰まで伸ばした綺麗な金髪ですぐに誰だかわかる。


「あ、リリアだ! おーい!」


 迷うことなく秋斗が片手を上げて声を掛けると、それに気づいたのか、少女はすぐさま振り返った。やはりリリアだ。


 リリアはわずかに目を見開いた後、ロングスカートをひるがえしながら、駆け寄ってくる。


「リリア、こんなとこでどうしたんだ?」

「あんたたちがなかなか帰ってこないから、時々様子を見に来てたのよ。随分遅かったじゃない」


 秋斗に訊かれたリリアは素直にそう答え、「ずっと待ってたんだから」と唇をとがらせた。そして三人と一緒に歩き出す。


「色々あって遅くなったんだよ」


 千紘がこれまでのことを振り返って、大げさに溜息をつくが、


「てっきり、どこかで野垂のたれ死んでるんじゃないかと思ったわ」


 リリアはそんな千紘を気にすることなく、両手を腰に当てた。


「お前なぁ……。自分が頼んだくせに」


 今度は呆れたように千紘が零すと、リリアがその顔を見上げ、しれっと答える。


「何言ってるの? 頼んだのは私じゃないわよ。正確には村長からの依頼じゃない」

「俺らを勝手に呼んで、脅したのはお前しかいないだろーが」

「知らないわよ、そんなこと」


 リリアがぷいとそっぽを向くのを見て、千紘は思わずうめいた。


「お前……っ!」

「二人ともそれくらいにしとこう、な? とにかく色んなことがあったんだよ!」


 とうとう見かねたらしい秋斗が仲裁に入ってくるが、その表情はなぜか嬉しそうである。


(これ絶対、『おれたちすごい大冒険したんだぞ!』とか言い出すやつだ……)


 千紘は一瞬リリアのことを忘れ、秋斗の行動が簡単に予測できるようになってしまったことに辟易へきえきした。

 そのまま、秋斗の隣を歩く律をちらりと見やる。律はニコニコと楽しそうにしているが、秋斗のことには気づいていないようだった。



  ※※※



 とりあえず、詳しくは村長のところで説明することにして、今は簡単にかいつまんで話す。


 タフリ村での予想通り、ナロイカ村側の隣の大陸から魔物が来ていたらしいこと。バルエルの塔でのこと。そしてボスだったダイオウイカのこと。


 千紘がそれらを話し終えると、


「思った以上に大変だったのね」


 リリアは目を丸くしながら、珍しく同情する様子を見せた。


「だから『色々あった』って言っただろ」


 まったく、と千紘が今日何度目かもわからない溜息をつくと、秋斗はリリアの横に回り込んで、さらに話を続けようとする。


「そうなんだよ! 千紘は大怪我するし、りっちゃんは……」

「これ以上話を広げんな!」

「えーっ! おれたちの冒険譚ぼうけんたんだぞ!?」


 千紘が反射的に秋斗を叱りつけた。すると、まだまだ話し足りなそうな秋斗は、不満そうに頬を膨らませる。

 そこにリリアののんびりした声が聞こえてきた。


「ほら、着いたわよ」


 千紘たちが揃って顔を前に戻す。その目の前には、とても見覚えのある建物があった。


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