第58話 見つけた核

「ちっ、太すぎて斬り落とせないな……!」


 迫ってくるダイオウイカの触腕しょくわんを大きく斬りつけた千紘が、舌打ちしながら顔をしかめる。


 どうにか触腕の半分くらいまでは斬ることができた。しかし、太すぎて斬り落とすところまではいかなかったのである。


 斬った場所からは薄青色うすあおいろの血液が流れているが、どうやら傷口が塞がることはないようだった。


 千紘はそのことに少しだけ安堵する。

 これで傷まで治ってしまったら、ますます手の打ちようがなくなってしまうからだ。


 だが、ダイオウイカの様子に変わりがないところを見ると、おそらくかすり傷程度のダメージなのだろう。


「さすがにもっと力を入れないと斬り落とせねーか」


 まったくめんどくせーな、とさらに舌打ちをする千紘をよそに、ダイオウイカは少しずつ砂浜に上がってこようとしていた。


 そこに秋斗の声が響く。


「陸に上がらせるのだけは避けないと! じゃないと村に被害が出る!」


 リリアからもらった護身用のダガー一本ではまともに攻撃もできないらしく、秋斗はひたすらダイオウイカの攻撃から逃げているだけだ。

 この様子では、きっと今の秋斗は魔法を使えない。戦力として数えてはいけないだろう。


 突破口がないことに、千紘はわずかばかり苛立ちを覚える。


「そんなのわかってる!」


 秋斗に負けないくらいの大声で、千紘が叫んだ。


 ふと律の方へと目をやれば、律も苦戦しているようである。

 秋斗とは違って、ダガーを二本使いながら攻撃を試みているようだが、すべてが太い腕で弾かれていた。


(とにかく、こいつの注意を引きつけて、何とか陸に上がらせないようにしないと……!)


 海岸線とほぼ平行に走っていた千紘が、ダイオウイカを誘導するように、海側へと方向転換する。


 できるだけ村から離れた場所で戦わないと、そう考えたのだ。


 同じように方向転換して追ってきた攻撃をギリギリでかわしながら、千紘は海に向かって駆けていく。

 その途中、ダイオウイカの触腕にあるものを見つけた。


(これってもしかして……!)


 二本ある半透明の触腕、その付け根辺りに丸い核のようなものが一つずつ、透き通って見えたのである。


 ぎょろりとした大きな両目よりも少し下の位置にある二つの球体は、どちらも小さく、青い。

 身体全体が半透明なせいで、今は濁った青色に見えるが、明らかにそれは周りから見れば異質なものだった。


 また、小さいとはいっても、あくまでもダイオウイカの大きさと比べた場合の話で、千紘たちから見れば人間の頭よりも大きいものだ。


「もしかして、あれが核じゃないのか!? 目の下、腕の付け根にあるやつ! 両腕に一つずつあるぞ!」


 すぐさま千紘が叫ぶくらいの大声を上げて、秋斗と律に場所を教える。


 秋斗は走りながらダイオウイカを振り返り、その場所を確認しているようだった。


「目があそこだから……確かにそうかもしれない! 千紘、りっちゃん! ちょっと攻撃してみてくれ!」

「わかった! だったら俺はこっちの核を攻撃するから、律はそっち任せた!」

「わかりました! やってみます!」


 律も秋斗と同じように核のある場所を確認して、大きな声ではっきり答えた。

 それを合図にして、千紘と律は足を止める。


 そのまま方向転換して、ダイオウイカの方へと向かって全力で駆ける。それぞれが近くにある触腕の裏、死角に入り込んだ。


 千紘と律を見失ったダイオウイカの動きが、途端に鈍くなる。

 そのタイミングで、二人は付け根までの距離を一気に詰めた。


(よし、これだな)


 目の前には、これまで自分を追ってきていた先端部分よりもずっと太い付け根がある。

 半透明の付け根には、青い球体が中に埋め込まれるような形で存在していた。近くで見ると、やはりこの部分だけが異質に思える。


(この深さなら攻撃が届くはずだ!)


 千紘が長剣を上段に構え、一息にそれを振り下ろす。

 付け根に届いた刃はその身を切り裂き、核へと到達した。


 核に当たった時の硬い感触が、長剣を伝って千紘の腕へと届く。

 千紘は勢いを止めることなく、そのまま核を真っ二つにした。


 さすがに触腕を斬り落とすことまでは叶わなかったが、自分のやるべきことはやった。


(こっちは終わったけど、律の方は……?)


 大きく息を吐きながら、千紘は律がいるもう一本の触腕の方へ顔を向ける。

 様子を見るに、どうやら律も核を壊すことに成功したようだった。


「秋斗! 二つとも壊したぞ!」


 安堵した千紘が、秋斗に報告した時である。


 これまでに出くわした魔物と同じく、このまま消えるだろうと思っていたダイオウイカの動きが急に激しくなった。


 それは核を破壊された怒りからなのか、さらにダイオウイカの動きは激しさを増していく。

 またも地震のように大きく地面が揺れて、立っているのがやっとなくらいだ。


「くそっ、どうなってるんだよ! 二つもある時点でこれまでの魔物とは違うのに……!」


 苦虫をつぶしたような表情で千紘が唸り、よろけながらもすぐにダイオウイカから離れようとする。


(このままじゃやられる!)


 急がなければ、そう考えて駆け出した時にはもう遅く、ダイオウイカの太い腕は、千紘目がけてまっすぐに振り下ろされていた。


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