第57話 姿を現したもの

 翌日、千紘たちが一階の食堂でのんびり朝食をとっていた時のことである。


 丸い木製のテーブルを三人で囲みながら、朝食を終えたら海まで様子を見に行ってみよう、などと話をしていた。


 そこに雑貨屋の店主――ナロイカ村の村長が、血相を変えて飛び込んできたのだ。


「皆さん、魔物のボスが出ました!」


 村長の慌てた声に、場の雰囲気が一瞬で壊される。これまでのゆったりしていた食堂の空気は、途端に張り詰めたものになった。


 千紘たちだけでなく、そこにいた全員が一斉に緊張した面持ちになる。顔面蒼白になっている者もいた。


「本当ですか!?」


 すぐに食事の手を止めた三人が勢いよく立ち上がり、息を切らせている村長の顔を見る。すると、村長は胸に手を当てながら、「ああ」と大きく首を縦に振った。


「思ったより早く来たな」

「そうですね」


 千紘が厳しい目つきで、横に立てかけておいた長剣のつかに手を伸ばす。

 律も神妙な顔で同意しながら、腰に装備していた二本のダガーを改めて確認した。


 いつボスが出るかもわからない状況で武器を部屋に置いておく理由もないし、万が一の場合でもすぐに行けるようにと、それぞれが武器を持ち歩いていたのである。


 海まで探しに行く手間と、引きずり出す手間が省けたことはありがたいが、正直こんなに早く出てくるとは誰も思っていなかった。


「村人をすぐに避難させて、危険だから海には絶対に近づかせないようにしてください!」


 すぐさま千紘が村長に指示を出す。


「わかりました!」


 村長は再度頷いてきびすを返すと、息を整える間もなくバタバタと食堂から出て行った。


「じゃ、おれたちも行くか!」

「ああ!」

「はい!」


 秋斗の気合いを入れた声に、千紘と律が真剣な表情でしっかり頷く。

 そして食べかけの食事もそのままに、三人は揃って食堂を飛び出した。



  ※※※



 砂浜に駆けつけた千紘たちが目にしたのは、大型の魔物だった。


「これって、イカ……かなぁ?」


 秋斗がまぶたの上に手をかざしながら、少し離れた場所にいる魔物を見上げ、ぽつりと零す。


「ああ、大きなイカに見えるな」

「ダイオウイカってやつですかね?」


 同じように手をかざした千紘と律が一緒になって、秋斗の零した言葉にうなずいた。


 確かに、見た目は地球で見るイカのようだった。

 だが、大きさが普通のイカとはかなり違っていたのである。


「それにしたって、さすがにちょっと大きすぎないか……?」

「ですよね……」


 千紘が唸るように漏らせば、律もまたダイオウイカを見上げながら、どこかぼんやりとした口調で同意する。


「バルエルの塔の高さに比べれば小さいけど……」

「いやいや、塔と比べちゃダメだろ」


 秋斗のどこか間抜けな言葉に、千紘はすぐさまツッコミを入れた。


 しかし、さすがに塔の高さまでとはいかないが、それに近い大きさはある。

 はっきりと断言はできないが、おそらく二十メートルくらいはありそうに見えた。


 ダイオウイカはまだギリギリ浜辺には上がってきていないが、上がってくるのも時間の問題だろう。

 やはり小物の魔物はボスが怖いのか、幸いなことに、周りに他の魔物の姿は見当たらなかった。

 今なら三対一で戦える状況だ。


「秋斗、どうする?」


 千紘が秋斗の方に顔を向けると、


「これまでのことを考えると、こいつもどっかに核があるんじゃないかと思うんだけど……」


 秋斗は顎に手を当て、考え込む仕草をみせる。


 気づけば、律だけでなく千紘も秋斗に判断をゆだねることが多くなっていて、いつの間にか秋斗が参謀役のようになっていた。

 実際、秋斗の方がこういったことに向いている、と千紘も認めているので、そこに異論はない。


 その時である。


 ようやく三人の姿を認めたらしいダイオウイカが、叩き潰そうとするかのように、一番長い二本の腕――触腕しょくわんを高く持ち上げ、交互に叩きつけてきた。


「うわっ!」


 突然の攻撃ではあったが、三人はどうにか避けることはできた。しかし、今の攻撃で砂浜が地震のように大きく揺れ、思わずよろけてしまう。


 間髪入れず、次の攻撃が来た。


「とにかく、今はみんなバラバラになって逃げるぞ!」


 秋斗の声に従って、全員が散開しながら逃げる。

 どうやら、とりあえずはダイオウイカの注意をあちこちにらせようと、秋斗は考えたらしい。


 まだどう攻撃していいものか考えあぐねていた三人は、ダイオウイカの攻撃を紙一重でかわしながら、ひたすら逃げ回ることしかできない。

 だが、三人がバラバラに逃げても、ダイオウイカは他の腕も自在に操るようにして攻撃してくる。


(まったく器用なやつだな……!)


 どうにか攻撃を避けた千紘が、ダイオウイカを振り返りながら、思わず舌打ちした。

 悪い意味で感心してしまうが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 防戦一方ではただ無駄に体力を消耗するだけで、何の解決にもならないことはわかっている。

 どこかのタイミングで攻撃を仕掛ける必要があるのだ。


 何気なく、千紘が少し離れたところにいる秋斗の方を見やれば、時折チラチラとダイオウイカに顔を向けているのがわかる。

 おそらく、逃げながらも核の場所を探しているのだろう。


(きっと秋斗が核を見つけるはずだ)


 核の場所がわかれば、それを壊せばいい。

 ただそれだけのことなのに、今はまだできないことがもどかしい。


「ああ、もう! 攻撃は最大の防御っていうし、とりあえず斬ってみるか!」


 とうとうしびれを切らした千紘が、これまで逃げていた足を止める。

 自分を追ってきていた触腕を振り返り、攻撃を迎え撃つことにしたのである。


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