第56話 話し合う三人

「まさか、雑貨屋の店主が村長だったとはなぁ」


 びっくりだよ、と秋斗が靴を脱いでベッドに上がると、


「まあ、先に言っといてくれよって話だけどな」


 千紘も秋斗と同じように靴を脱いで、向かいのベッドの上であぐらをかく。何気なく窓の外に目をやると、すっかり夜のとばりが下りきっていた。


「でも、雑貨屋と村長を兼任してるとは思いませんでしたね。僕もちょっと驚きました」


 律は秋斗の隣のベッドに腰かけながら、苦笑交じりにそう答える。


 今千紘たちがいるのは、雑貨屋の店主――ナロイカ村の村長が手配してくれた宿屋の一室で、二階の奥にある四人部屋だ。


 案内された部屋に荷物を置いた三人は、早速夕食と情報収集を兼ねて一階の食堂に向かうことにした。

 そして、そこで拾った情報を持ち帰って、部屋でこれからのことをじっくり話し合うつもりだったのだが。


「で、どうする?」

「どうするも何も、ボスの大きさくらいしかわかんなかったしな。それも結構曖昧あいまいだし、どうしろってんだよ」


 秋斗の問いに、千紘が肩をすくめながら、大げさなほどの溜息で答えた。


 そう、情報収集はしていたのだが、いかんせん情報が少なすぎたのだ。そもそも、食堂に来ている人間がほとんどいなかったのだから仕方がない。

 ほんのわずかでも、情報があったことに感謝しなければならないだろう。


「確か、かなり大きいんじゃないかって話でしたよね」


 こんな感じでしょうか、と律が両腕を広げながら、かろうじて得られた情報を口にすると、


「それも実物をしっかり見た人間がいるわけじゃないからな……」


 千紘はさらに大きな溜息を漏らした。

 すかさず秋斗が「まあまあ」とフォローに入る。


「みんな逃げるのに必死だっただろうし、情報が少ないのは仕方ないよ。これまで怪我人がほとんど出てないのは不幸中の幸いだよな」

「確かにそれはよかったけど。でも『頭の部分をちょっとだけ見た』って話くらいしか聞けなかったのはどうかと思うけどな」


 千紘が呆れたように言うと、秋斗と律は一緒になって「確かに」と苦笑を漏らした。


「でも、大きい魔物なら海を泳いで隣の大陸から来ることもできそうですよね。この村と隣の大陸は近いって話でしたし」

「潮の流れがどうなってるか知らないけど、スライムは波に流されてというか海の中を漂いながら来そうだし、キメラは羽があったから体力があれば飛んで来れそうだな。それとも意外と泳げたりするのかな」


 律の言葉を受けた秋斗が、顎に手を当て、真剣な表情で考え始める。


「いやいや、そこは考えなくてもいいだろ」


 千紘は思わず、ツッコミを入れた。そしてさらに続ける。


「それにしても、何だかまためんどくさいことになってきたな。さっさと地球に帰りたいだけなのに、何でこうなるんだか……」


 ふてくされたようにそう言うと、千紘は仰向けになって勢いよくベッドに倒れ込んだ。かすかに潮の香りが含まれた、柔らかい布団の感触を背中に感じながら、思い返す。


 ここまで来たのは、塩を買うのと、少しだけこの村の状況を確認するためだったはずだ。

 それなのに、いつの間にかまた面倒なことに巻き込まれている。


 この世界に呼ばれてから、一体どれだけの溜息をついたのか、もはやそんなことも思い出せなくなっていた。


「とりあえず、今日は体力回復のためにも寝るしかないよなぁ」


 秋斗が千紘に同情でもするかのように、また苦笑いを浮かべる。


「今ここで想像だけで話しててもどうにもならないし、体力は回復しておかないとな」

「ボスはいつ出るかわからないって話でしたけど、どうしますか?」


 二人の会話を聞いていた律が、小さく首を傾げた。秋斗は天井を見上げながら答える。


「そうだなぁ。退治を引き受けたからには、出てくるまでひたすら待つか、どうにかして引きずり出すしかないな。まず、明日は海まで様子を見に行ってみるか」

「ボスとやらを倒して、ちゃんと塩を買って帰らないといけないからな。さすがにこの村を放っておくわけにもいかないし」


 リリアの顔を思い出した千紘が、げんなりした顔で秋斗の言葉に付け加えた。


 もちろん、地球に帰るためにしなければならないことはわかっている。少しどころか、かなり遠回りになっているような気がしなくもないが、やらないわけにはいかない。


 結局、話し合いという名の雑談は、疲れのせいもあって割と早い段階でお開きになり、ベッドの中に潜り込んだ三人はあっという間に夢の中へと落ちていった。


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