第55話 嫌な予感
行商人は塩だけでなく、干したり塩漬けにした魚介類なども、ナロイカ村で仕入れてタフリ村へと売りに行くのだという。
そしてタフリ村で小麦などを買って、ナロイカ村まで帰ってくるそうだ。
どうやら行商人とはいっても大陸中を回るわけではなく、ナロイカとタフリを行き来するだけのものらしい。
「でも、今回魔物が上陸してきたせいで、行商人がタフリ村まで行けなくなったんですね」
秋斗の言葉に、店主が神妙な面持ちで頷く。
「その通りだよ。塩を作るための海水や魚介類が魔物のせいで採れなくなったし、バルエルの塔にも魔物が出るようになってしまってはどうにもならなくてね」
「タフリだけじゃなくてこっちも大変だったってことか」
なるほど、と腕を組んだ千紘が溜息をついた。
「バルエルの塔だけじゃなくて、そこまでの道中にも魔物が出るからね。危険すぎて誰も塔に近寄ろうなんて思わないよ」
「あの、この村は大丈夫なんですか?」
律が素朴な疑問を口にする。千紘と秋斗も思っていたことだ。
すると、店主は待ってましたと言わんばかりに、千紘よりも大きな溜息を吐き出した。
「それなんだよ」
「それ、って?」
思わず秋斗が首を傾げると、店主はさらに続けた。
「この村の様子を見ただろう?」
「ええ、まあ。随分と人が少ないなと思いましたけど、みんな家の中にでも
「ああ。それも魔物が海岸から上がってくるせいでね。怖くて家からなかなか出られないんだよ。しかも、海の中にはボスらしい巨大な魔物がいるからなおさらだ」
「ボス!?」
店主の意外な言葉に、千紘たち三人は目を見開く。まさかそんなことになっているとは思いもしなかったのだ。
「思った以上に大変なことになってんな。だからあんな雰囲気だったのか……」
村人たちの様子を思い返した千紘が眉を寄せ、唸った。
「ボスは今はまだ陸に上がってきていないが、いつ上がってくるかと村人も気が気でないんだよ。そこで話は戻るけど、君たちに頼みがあるんだ」
「この展開で頼みとか嫌な予感しかしねーな」
「まあまあ千紘、せめて話だけでも聞いてみような?」
思い切り顔をしかめた千紘を、秋斗が苦笑しながら
そして店主の方に顔を向けると、続きを促した。
「多分、予想通りで申し訳ないが、そのボスの魔物を退治してもらいたいんだ。ボスがいなくなれば他の魔物たちもいなくなるかもしれないし、そうすれば塩だって作れるようになるからね」
「要は塩が欲しければ、ボスを倒してくれってことだろ」
タフリと同じかよ、と千紘が頭を抱えながら、その場にしゃがみ込む。
そんな姿を哀れに思ったのか、秋斗は少しだけ屈んで千紘の肩をポンポンと優しく叩き、店主の方に向き直った。
「じゃあ、そのボスを倒せば塩を売ってもらえるんですよね?」
「ああ。今手元にある分を全部というわけにはいかないが、できるだけ融通しようと思う」
確認するように訊く秋斗に向かって、店主は大きく首を縦に振った。
そのやり取りに、千紘が改めてがっくりと肩を落とす。
この大陸はルークスの加護で守られていて、人々はこれまでずっと平和に暮らしていたようだから、戦い慣れていないのは千紘にも理解できる。
ならば、戦える人間が助けてやらなければならない。
今回、その役目を背負ってしまったのが、運悪く自分たちだったというだけである。
(ルークスの加護、ちゃんと仕事しろよ!)
千紘は心の中で必死に文句を言うが、言ったところでどうにかなるものでもないので、すぐに諦めた。
現在の状況を考えると、ルークスの加護が弱まっているという話は、ただの噂ではないのかもしれない。
だが、そのことについては詳しい話を聞かされていないし、今の自分たちには何もできないので、一旦横に置いておくことにする。
とりあえずは、目の前に立ちふさがる問題を解決しないといけないのだろう。
(やっぱり放ってはおけないか……。放置するとさすがに寝覚めが悪いし、何より地球に帰れなくなりそうだしな。でもめんどくさい……)
千紘がまだ座り込んだままで様々なことを考えていると、不意に誰かの視線に気づいた。しかも一つではないようである。
すぐさま千紘の胸の中に嫌な予感がよぎり、思わず頭を掻きむしりたくなった。
(これ絶対顔上げたらダメなやつだろ……!)
このままずっとうつむいていたい。そう千紘は思うが、きっと顔を上げない限り、今の状態から解放されることはないだろう。
嫌な予感を胸に抱えたまま、千紘は仕方なしにのろのろと顔を上げる。
やはり予感は的中した。千紘以外の全員が、期待に満ちた眼差しでじっと見下ろしていたのだ。
言いたいことは千紘だって嫌というほどわかっている。もちろん、期待されている返事だってすでに理解していた。
全員の視線を一身に集めた千紘は、諦めたように一つ小さく息を吐き出し、立ち上がる。
「……わかったよ。そのボスとやらを倒せばいいんだろ」
渋々ではあるが、了承の台詞を口にすると、その場に歓声が上がった。
「困ってる人たちを放っておけないもんな!」
「そうですよね!」
「ありがとうございます!」
嬉しそうな周りの様子に対して、千紘はただ一人そっと溜息を漏らしたのである。
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