第54話 雑貨屋にて

 普段はもっと賑やかなはずの砂の道を、三人は雑貨屋に向かって歩いていた。


「人がまったくいないわけじゃないんだよな」


 すれ違った村の男性に軽く会釈えしゃくをしながら、千紘が呟く。


 雑貨屋を探して村の中心部までやってきた千紘たちは、これまでに何人かの村人とすれ違った。今の男性で三人目である。


 村の大きさはタフリ村とそれほど変わらないようで、中心部まではそれほど歩いていない。

 家や店らしき建物はそれなりに見受けられるから、おそらく他の村人たちはその中にいるのだろう。


「でも、みんな緊張してるような、何とも言えない空気を感じるよな」

「そうですよね……」


 村人たちのかもしている雰囲気を指摘しながら秋斗が答えると、律もその言葉に神妙な顔で頷いた。


 村人がまったくいないわけではない。ということは、これから行く雑貨屋にも誰かがいる可能性が高いはずだ。

 そのことについてはよかったと思うが、こうも村の中の空気が張り詰めていると、自分たちまでどうしていいかわからなくなってしまう。


「あ、多分ここだな。何か色々置いてあるみたいだ」


 村の様子を心配そうに眺めながら、雑貨屋を探していた秋斗が立ち止まった。千紘と律もその声に足を止める。


 目の前には平屋の小さな建物があった。四角い窓から見えるのはたくさんの雑貨だ。きっとここで間違いないだろう。

 最初に会った女性のいた場所からはさほど離れていないが、無事ここまで来られたことに全員がほっとする。


「じゃあ入ってみるか」


 千紘の声を合図にして三人は頷き合うと、雑貨屋の簡素な扉を静かに押したのだった。



  ※※※



「どうしてダメなんですか!?」


 秋斗の大きな声が、店の中に響き渡った。

 木製の狭いカウンターの向こう側には、雑貨屋の男性店主が困った顔で、質素な丸椅子に座っている。年齢は五十代後半くらい、といったところだろうか。


「わざわざタフリから来てもらったところ悪いけど、塩はこの村でも不足してきてるんだよ」


 カウンターに両腕をついて前のめりになった秋斗をなだめるように、小柄な店主は両手を上げ、溜息を一つ落とした。

 千紘たちも一緒に溜息をつきたい気分になったが、それはぐっとこらえる。


 雑貨屋が開いていて、人がいたところまではよかったが、その後の展開は思わしくなかった。


 三人は単刀直入に「タフリ村の村長からの頼みで塩を買いに来た」と告げたのだが、店主は表情を曇らせて、「残念だが、塩は売れない」と答えたのである。

 てっきり、ここまで来れば塩が買えるかと期待していた三人は、店主の非情な言葉に唖然あぜんとするしかなかった。


「もしかして魔物が関係してるんですか? 村の様子も何だかおかしかったし」

「ああ。バルエルの塔を通ってきた君たちならわかるだろう?」


 丁寧な口調で千紘が質問すると、眉尻を下げた店主は大きく頷く。


「確かに塔は魔物だらけでしたけど、やっぱりこの村から来てるんですか?」


 今度は律が口を開いた。

 その言葉に、店主は再度頷く。


「すぐそこの海岸から魔物が上陸してきてるんだよ」


 店主が海岸の方を指差すと、三人はつられるようにして示された方向へと顔を向けた。

 店主はさらに続ける。


「そのせいで塩が作れなくなってね。行商人も売るものがないからタフリまで行けなくなったんだ。それ以前に、魔物が塔や道中にも出るようになったからっていうのもあるけどね」

「やっぱりリリアたちの予想通りだったか……」


 千紘がうつむきながら、唇を噛むと、


「あ、でも君たちよくここまで来れたね。魔物から逃げるのも大変だったろう?」


 店主は椅子に座ったまま、千紘たちの顔をいたわるように見上げた。

 千紘たちの力量を知らない人間から見れば、必死になって逃げてきたと思われるのも無理はない。


「いえ、塔にいた魔物は全部倒してしてきました」

「何だって!?」


 だが、千紘がこともなげに言ってのけると、店主の声が驚きで裏返った。そのまま椅子から転げ落ちそうになりながらも、店主はどうにか体勢を立て直して椅子に座り直す。


 目を見開いたまま、改めて千紘たちの顔を見回した店主に向けて、三人は揃って頷いた。


「はい、塔の魔物退治もタフリ村で頼まれてましたから」


 千紘が肯定すると、秋斗と律も一緒になってまた頷いた。


 その様子に、店主はさらに目を丸くする。しかし次には視線を落とし、何かを考え込むような仕草をみせた。

 ややあって、店主は顔を上げると、


「……君たちに頼みがある」


 真剣な表情で、そう言葉を紡いだのだった。


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