第53話 ナロイカ村の様子

 ナロイカ村は海のすぐそばにある、漁業の盛んな村である。農業がメインのタフリ村とは村の中の雰囲気も少し違うと、リリアたちから聞いていた。


 だが、今はあまり良くない意味で、ナロイカ村の様子は違うように見えた。

 普段はおそらくもっと活気のある村なのだろうが、現在はその活気がどこにも見受けられないのである。


「タフリ村とは随分違う雰囲気だなぁ」

「ああ、物々しいというか何というか……」

「どことなく暗い感じがしますよね」


 砂の地面に立った秋斗が辺りを眺めながらぽつりと零すと、千紘と律も揃って頷いた。


 夕方になってようやくナロイカ村に着いた三人だったが、まだ暗くもないし買い物くらいはできるだろうと、まずは塩を売っている店を探そうとした。

 もちろんそれを最初に提案したのは、さっさと用事を済ませて地球に帰りたい千紘である。


 どこに売っているのかは、その辺にいる村人を捕まえて聞けば簡単にわかるだろうと思っていたのだが、その考えが甘かった。


 村に入ってみたところで、まず村人が見当たらないのである。


「漁村ってもっと活気があって、賑やかなもんだと思ってたけどな」


 ただ潮風が吹いているだけの、しんと静まり返った村の入り口で、千紘は秋斗と同じように辺りを見回した。

 頬を撫でる潮風は気持ちがいいが、村の雰囲気はいただけない。

 

「やっぱり魔物のせいでしょうか?」

「多分そうなんだろうなぁ」


 律が心配そうに問えば、秋斗は即答で返事をしながら腕を組む。


「とりあえず、村人を探さないといけないな」


 千紘がそう言って、歩き出した時だ。


「あ、誰か出てきました!」


 律が大きな声を上げる。


 咄嗟とっさに千紘と秋斗が視線を巡らせると、少し離れた建物の陰から、ちょうど女性が出てきたのが見えた。その胸には大きな荷物が両腕で抱えられている。洗濯物か何かだろうか。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。


「よし、行くぞ!」


 女性の姿を捉えた三人は、この機を逃してはならないとばかりに勢いよく駆け出す。


「すみません! ちょっといいですか!?」


 秋斗が急いで声を掛けると、女性は三人の方に振り向いた。その顔は目を見開き、心底驚いている様子である。


「あ、はい……。何でしょうか……?」


 しかし、小声で答えた女性からは、明るさや元気のようなものが感じられなかった。まるでどんよりと曇った空気を背負っているようだ、と千紘は思う。


「おれたち塩を買いに来たんですけど、どこに行けば買えますか?」

「塩……ですか。それでしたら、ここをまっすぐ行ったところにある雑貨屋に行けば買えますよ」


 秋斗の丁寧な物言いに、女性は村の奥の方を指差しながら素直に教えてくれたが、


「あ、でも……」


 すぐに何かを思い出したように言いよどんでしまう。


「何ですか?」

「多分、今は売ってもらえないんじゃないかしら」


 言いながら、女性は困ったような表情を浮かべ、頬に手を当てた。


「でも、塩を置いてはいるんですよね?」


 今度は千紘が、女性に向けて優しく声を掛ける。


「数日前に見た時はまだ少しありましたけど、今もあるかどうかは……」


 女性は小さく頷きながら、そう答えた。


「だったら、実際に行って見てきます。ありがとうございました!」


 深々と頭を下げた千紘にならい、秋斗と律も一緒になって頭を下げる。


「塩、買えるといいですね」


 女性は静かに笑みを浮かべた。それは、まだそれほど元気そうではないが、先ほどよりは少しマシに見えるものだった。


 そんな女性を後にして、三人は雑貨屋を目指すことにしたのである。


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