第18話 樹と純教の戦い

 純教じゅんきょうは玄関ドアを開け中に入る。

 ドアはカギが壊れている、高志たかしの話の通りである。

 玄関の中には害になる霊はいない。

 居間に入ると、灰皿が飛んでくる。

 彼は上体を反らし、かわす。

 居間の中には黒いもやまとった悪霊がいる。

 ソファーが浮き上がる。

 純教は丹田たんでんに力を込めると柏手かしわでを打つ。

 悪霊は金縛りにあったように動かなくなる。

 ソファーは床に落ちる。

 純教は並の悪霊なら除霊できている力を込めているが、相手の力を予想し力加減をしている。

 悪霊は半日は動けないだろう。

 彼は台所に入る前に丹田に力を込める。

 台所の悪霊の投げる包丁に備えているのである。

 台所に入ると同時に丹田に込めた力を開放する。

 悪霊は純教の力を浴びてひるむ。

 彼はその隙をついて、丹田に力を込め柏手を打つ。

 悪霊は包丁を落とし、金縛りにあったように動かなくなる。

 ここでも力を押さえている、怨霊に備えて力を残している。

 純教は

   「ここまでは予定通りだな。」

と独り言を言う。

 純教は大きな気配を感じている。

 彼は一番奥の部屋に廊下を歩いて行く。

 ドアの前に立つと気配に圧迫感を感じる。

 彼は丹田に力を込める。

 ゆっくりとドアを開ける、

 部屋をのぞき見ると万年筆が飛んできて、左目に刺さる。

 純教は万年筆を抜き、痛みに耐える。

 怨霊に先制される、続いて椅子が飛んできて彼に打ちつける。

 彼は呼吸が乱れ丹田に力を込められない。

 彼は怨霊に向かってお札を投げる。

 しかし、届く前に粉々にちぎれる。

 怨霊から黒い靄が純教に迫る。

 純教は転がって廊下に出る。

 黒い靄は部屋の外まで追ってこない。

 彼は呼吸を整えて、再び丹田に力を込め柏手を打つ。

 怨霊は黒い靄が千切れ、小さくなるが靄は集まり元に戻る。

 彼は驚く強力な力を込めたはずだったのだ。

 そして怨霊を観察する、確かに元の大きさに戻っているが最初の圧迫感はない。

 先ほどの柏手が怨霊の力を削っている。

 丹田に力を込める、すると怨霊は椅子を浮かせて純教を襲う。

 彼は椅子を避けながら、柏手を打つ、また怨霊の力が削られる。

 しかし、椅子が純教の頭に直撃する。

 彼は床に倒れる。

 怨霊の黒い靄が純教の首を絞める。

 彼は倒れながらもなんとか気を失わずにいる、そして丹田に力を込めている。

 怨霊は、動かない純教にとどめを刺すつもりでいる。

 靄は首を強く絞める、その時、彼は込めた力を体内で爆発させる。

 怨霊は半身を吹き飛ばされる。

 純教は力を振り絞って立ち上がろうとする。

 怨霊は力を大きくそがれている。

 彼は後、一撃で怨霊を除霊できると確信している。

 だが、立ち上がる力も残っていない、彼は倒れ伏す。

 怨霊の黒い体から顔が浮き出る。

 それは呪いと同じ黒い虚空の目を持っている。

 青白い顔はゆっくりと純教に近づいて行く。

 まるで不意打ちを恐れるような慎重さである。

 純教は気配で怨霊が迫ってくることを察知している。

 彼は呼吸を整え力の回復を待つ。

 しかし、怨霊の方が早い、純教の顔の前に来ると黒い虚空の目で見る。

 純教は苦しみだし、動かなくなる。


 赤壁の家の前ではみおが純教を待っている。

 30分位経った10時頃、赤壁の家から黒い靄が消える。

 みおは純教が怨霊を追い詰めていると考える。

 そして、彼が出てくるのを期待する。

 しかし、再び黒い靄が出てくる。

 1時間しても彼は出てこない。

 みおは高志たかしに携帯で連絡する

   「私です、純教さんが出てきませ

    ん。」

   「分かった、すぐそこを離れて。」

みおはそこから動かない。

 彼が出てくるのを信じたかったのだ。

 みおは集中して、赤壁の家の中の気配を探ろうとする。

 彼女は気配を探るのは初めてである。

 すると何かおぞましいものを感じる。

 それはみおに気づきこちらを見る。

 すると持っていたお札がはじける。

 みおは慌ててそこから離れる。

 彼女は仕方なくあおいの家に向かう。


 葵といつきは陣の中で時を待つ。

 葵の表情は硬い。

 樹は平静を装っているが、内心緊張している。

 彼がこなしてきたどの仕事よりも困難が予想される。

 午後10時近く葵の部屋の床に黒い穴が開く。

 そこから2本の手が出てくる。

 葵は叫びたくなるのを必死にこらえる。

 穴からはズルズルと青白いやせ細った腕が伸びてくる。

 手がビタビタと穴の周りを探る。

 葵は思わず樹にしがみつく。

 しかし、彼女は体が動かなくなる。

 呪いはさらに這い出てくる、頭が出てくる、黒いばさばさの長髪である、目は黒い虚空になっている、口からは

   「あああああ」

とうめき声が聞こえる。

 さらにズルズルと這い出てくる、やせ細った肩、あばらの浮き出た胸が穴からでてくる。

 葵は涙目になり、樹は禍々まがまがしさに表情が硬くなる。

 呪いは足まで出ると、立つことも四つん這いになることもなく腹ばいのまま這いずる。

 時折、手でビタビタと探りながら、ズルズルと這いずりまわる。

 呪いは葵の詳しい位置が分からないのだ。

 部屋の中を這いずり回り続ける。

 葵は涙を流し始める。

 樹は冷や汗が出始める、このままでは呪いが陣にぶつかるのに時間はかからないと考える。

 そして、呪いは陣に向かって這いずってくる。

 動きは緩慢だが確実に近づいて来る。

 葵の顔が恐怖に引きつる。

 ついに呪いが陣にぶつかる

   「うあぁぁ」

と声を上げる。

 ビタビタと手で陣を触る、陣の中に入って来れないのだ。

 手がビタビタと陣をたたきながら、上に上がって行く。

 それにつれて腕、肩、胸と陣の縁に沿って上に上がっていく、人間の動きではない。

 さらに腹、腰、足と上がっていく。

 樹も呪いの気味の悪い動きに青くなる。

 呪いは立ち上がる、手をビタビタと陣をたたきながら

   「あああああ」

と声を出し続ける。

 呪いは諦めない。

 陣は破られていない。

 樹はこのままなら陣を破られないと考える。

 後は純教が怨霊を除霊したら、解呪するだけだ。

 そして高志が葵の部屋のドアを開ける。

 樹は除霊が済んだのだと思う。

 だが、高志が両手で×印を示す。

 葵は絶望的な表情をする。

 樹は考える。

 このまま陣を解けば葵はすぐに殺されるだろう。

 試しに解呪の方法を行えばどうなるのか。

 おそらく自分は怨霊にマークされることになる。

 しかし、もしかしたら1度だけ時間を延ばせるかもしれない。

 この子はこのまま死なせたくはない。

 樹は決断する、呪具を取り出すと葵の頭を1回、2回、3回、4回、5回と叩く。

 すると呪いは足の方から穴の中にズルズルと戻っていく。

 穴は消える。

 葵が声を出して泣き出す。

 高志が葵を抱きしめる。

 樹は気が抜けて座り込む。

 高志は樹に

   「ありがとうございます。」

と礼を言うが樹は

   「2人でお話があります。」

と言う。

 高志は葵を母の待つ居間へ先に行かせる。

 樹は高志に話し出す

   「まだ、呪いは解けていません、一時

    的に解呪したような状態になってい

    るだけです。」

   「娘は助からないのですか。」

   「除霊に失敗しては助かりません。」

   「呪いは消えたんじゃないのです

    か。」

   「時間稼ぎをしただけです。」

   「これを除霊が済むまで続ければどう

    ですか。」

   「これは1度だけです。」

   「次は私も呪われるでしょう。」

   「そうですか。」

高志は肩を落とす。

 みおが訪れ

   「純教さんが出てこないんです。」

泣きそうな顔で言う。

 高志が言う

   「私が連れ帰るよ。」

   「私も行きます。」

みおが言うと高志は

   「待っていなさい、私はもう呪われて

    いるから入っても大丈夫だ。」

彼は車で1人赤壁の家へ行く。

 みおは居間に通される。

 そこには葵がいる

   「葵助かったの。」

   「顔は歪んでいる。」

   「歪んでいないよ。」

   「本当。」

   「嘘は言わないよ。」

みおは葵の無事を喜ぶ。


 高志は赤壁の家に入る。

 そして真直ぐ一番奥の部屋へ行く。

 そこには純教が倒れている。

 直ぐに外へ担ぎ出し、救護隊を呼ぶが、既に死んでいた。

 純教の死に皆、ショックを受ける。


 金曜日の朝、葵が登校してくる、みおが声をかける

   「おはよう。」

   「おはよう、みお。」

みおの顔がこわばる。

 みおの顔が再び歪んでいるのだ

   「どうしたの。」

葵が聞く、みおは

   「何もないよ、気持ちが沈んでいる

    の。」

とごまかす。

 2人が教室へ行くと咲子が話しかけてくる

   「カラオケ、明日朝10時に早苗の家

    に集合ね。」

   「分かったわ。」

2人は返事をするが、みおは元気がない。

 朝のホームルームは無事終わり午前の授業が始まる。


 高志は樹に別れを告げていた。

   「ありがとうございました。」

   「いえ、助けることが出来なくて残念

    です。」

   「仕方ありません。」

高志は疲れてしまっている

   「あなたの呪いですが後2、3日で発

    動すると思います。」

   「分かりました。」

   「それでは失礼いたします。」

樹は帰って行く。

 純教の遺体は樹が手配をした。


 昼休みになる、葵がみおに話しかける

   「樹さん、今日の午前中に帰る予定だ

    ったわ。」

   「もう帰ってしまったのね。」

   「うん。」

2人は黙り込む。

 みおは意を決して

   「今日、一緒に帰るわ。」

   「いいよ。」

みおは高志に葵の呪いが解けていないことを話すつもりでいる。

 放課後、2人は一緒に下校する

   「明日のカラオケ楽しみだな。」

   「そうね。」

   「みおは楽しみじゃないの。」

   「そんなことないよ、楽しみだよ。」

みおの態度に葵はふくれる。

 みおの家に着く

   「ただいまー」

   「お邪魔します。」

高志が迎えに出る

   「いらっしゃい。」

   「あの、2人で話があります。」

みおが真剣な顔で言う

   「分かった、居間で話をしよう。」

高志とみおは居間へ行き、葵は自分の部屋へ行く

   「葵の呪い解けていません。」

みおははっきり言う

   「分かっている、君は気づくと思って

    いた。」

   「何か手はないですか。」

   「ない、葵には黙っていてくれ。」

   「そんな。」

   「私も2、3日の命だ。」

みおは言葉を失う。

 そして、そのまま帰宅する。

 高志は葵の部屋に行く

   「みおはどうしたの。」

   「帰ったよ。」

   「何の話をしたの。」

   「一条さん、疲れているようだよ。」

高志はごまかす。

 夜になる、葵は自分の部屋へ行く。

 高志は部屋の外に控える。

 彼には娘のそばにいるしかできることはない。

 午後10時近くになると床に穴が開く

 読書をしている葵は何げなく振り向き穴に気づき

   「きやああぁぁー」

思わず叫ぶ。

 高志が部屋に入る

   「お父さんあれ。」

葵は指さすが、彼には見えない。

 穴の中から2本の手が出てくる、ズルズルと青白いやせ細った腕が出てくる。

 手はビタビタと穴の周りを探る

 葵は高志にしがみつく。

 呪いはさらに這い出てくる、頭が出てくる、黒いばさばさの長髪である、目は黒い虚空になっている、口からは

   「あああああ」

とうめき声が聞こえる。

 さらにズルズルと這い出てくる、やせ細った肩、あばらの浮き出た胸が穴からでてくる。

 葵はもう呪いは解けたのではないのと思いながら、恐怖に涙が出てくる。

 呪いは足まで出るとて立つことも四つん這いになることもなく腹ばいのまま葵の方へ這いずっていく。

 葵の足にそれの手が触れる、冷水のように冷たい、それは彼女の体に掴まり、這い上がって来る。

 高志は葵がせめて苦しまないように願う。

 葵は体が動かず、恐怖に顔が引きつる。

 ついに頭が葵の顔の所に来る、黒い虚空の目は葵を見つめる。

 葵は魂を抜かれるように倒れる。

 顔は、恐怖に歪んでいる。

 高志は泣き続ける。


 土曜日の朝10時、カラオケに葵もみおも出てこない。

 咲子が携帯に連絡するが葵はつながらず、みおは体調が悪いと断る。


 月曜日の朝、みおが登校して教室に入ると咲子が話しかけてくる

   「大丈夫、顔色悪いよ。」

   「大丈夫、お願い1人にして。」

咲子はみおの様子に心配する。

 朝のホームルームで担任は葵が自分の部屋で死んだことを知らせる。

 これでこの2週間位の間にクラスメートが4人死んだことになる。

 泣き崩れる生徒も出る。

 高校では異常事態にみおのクラスについて月曜日の授業を休みにする。

 高志は葵の葬式を終え、そのまま居間で酔いつぶれている。

 居間の床に黒い穴が開く、高志は寝ぼけ眼でそれを見る。

 彼は言う

   「やっと俺の番か。」

妻が居間で彼が死んでいるのを発見する。









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