第16話

 何故、彼女がそんなに東京を嫌うのか。

 もしかしたらここら辺の人は東京嫌いの人が多いのか。


「そんな、東京嫌いな人がここに固まっているとかないと思うよ」


 早乙女にそのようなことを聞いたらそう答えった。


「鳥取はスーパーはくとやら高速バスやらで簡単に大阪に行けるし、そんな東京の文化を毛嫌いしているという風潮はないと思うよ」


「それじゃ、どうして私の隣人はあんなに東京が大嫌いと言い切ったのですかね」


「うーん、それは過去に東京の人にいじめられたとかじゃない」


「そうだとしてもそれで東京の人を嫌うのは納得がいかないです」


「どうして?」


「だって私たち同じ人間で、同じ日本人じゃないですか。それで東京人という理由で嫌われたら溜まったものじゃないです」


 プリプリ。私は怒っていた。

 今は、早乙女さんと開店前準備の補充をしているが、どうもその補充する手が乱暴になってしまう。


 それに対して、早乙女さんは愉快そうに笑っている。一体何がおかしいのか。


 彼女は鳥取に来てからというもの、表情はいつも明るかった。その表情からこの鳥取生活を楽しんでいるようにも思える。


「そうだよね。それが地理学の不思議」


「地理学の不思議?」


「そうそう。国境なんて人間が適当に決めたものなのにどうしてみんなそれに拘るのか謎だよね。例えば、埼玉と東京。同じ関東なのに、文化も言葉も変わらないはずなのに、それぞれ、東京だから、埼玉の人だからというプライドを持っている。下手すればもっと小さな街単位でも、自治体単位でも、あの自治体は敵とかそういうことが発生する。時には、命をかけてでも自分の土地を守ろうとする。その土地は勝手に人間が名前をつけただけなのに。どうしてみんなあんなに土地にこだわるのだろうか」


「どうしてでしょうかね?」


 私は商品の一つを見つめる。

 因幡白兎。鳥取県の名産物。そして因幡白兎は鳥取県に伝わる有名な神話。


「まぁ、命をかけて守りたい土地があるということは幸せなことよ」


 と早乙女は薄ら笑みを浮かべた。しかしその瞳はどこか悲しそうでもある。


「そんな早乙女さんはどこ出身なのですか?」


 と聞いてみる。

 そういえば、早乙女さんの出身はどこか知らなかった。

 言葉はあまり田舎くさい訛りなど出ていない。関西弁らしいものも出ていない。いたって標準語。


 見た目も、東京にいるお姉さんという感じ。


 彼女のオーラからは、関東以外の出身は予想つかない。

 沖縄の南国の海で遊んでいる彼女も、四国の雄大な自然の中にいる彼女も、関西でジョークを飛ばしている彼女も、東北の雪国で雪かきをしている彼女も想像できない。


 そもそも早乙女さんの生い立ちも謎だ。

 

 一体、家に何人の家族がいて、長女なのか次女なのか。分からない。


 早乙女さんは今日まで自分のことを何も喋っていないことに気づいた。

 そしてすぐさま後悔をする。


 もしかしてこれは聞いてはいけないことだったのかもしれないじゃないか。


 早乙女さんはボーッと立ち止まったままだった。何か答えを考えている。

 だけど、自分の生い立ちを言うだけで答えを用意するものであろうか。素直に生まれ育った環境を言えばいいだけなのに。


 やはり、自分の生い立ちを言えない理由があるのではないか。

 私はじっくりと早乙女さんをみる。


 少しこの女に対して興味が湧いてきた。

 彼女の生い立ちを知るのは怖いけど、それ以上に何かありそうな気がしてきた。


「私の出身、気になるの?」


「まぁ、それなりに」


「そっか。それなりにね。なるほど、なるほど」


 彼女は依然薄ら笑みを浮かべ続けている。

 しかそれが彼女の本当の表情ではないということはすぐにわかった。


「出身地の定義によるかもね」


「定義ですか?」


「そう。例えば、生まれたところを出身とする人もいるし、育った場所を出身とする人がいる。1番長く住んでいる場所を出身にする人だっている」


「なるほど。確かにそうですね」


「そう。そして私はその何の土地もない」


「なんですか。妖精の国にでも生まれたのですか?」


「そうかもしれないね」


 それ以降、早乙女さんは自分がどこ出身なのか。そのようなことを教えてくれなかった。

 教えないのであれば、別に嘘を言えばいいのに。


 しかし、どうも彼女は出身という言葉を大事にしているように思える。

 だから嘘の出身地を作りたくなかったのであろう。


 それからすぐさま、彼女はいつも通りの作業をし始める。

 しかし、手の動きはいつもよりも固く、どこか彼女らしくない部分も感じられた。


 早乙女さんの出身には一体何があるのだろうか。

 

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