第14話 私と東京嫌いな隣人(1)
私が鳥取に引っ越して初日のことであった。
隣人に挨拶に行こう。そう考える。
田舎は必ず、隣人に挨拶をしないと後々面倒くさいことになる。そんな偏見が心の奥にあったからだ。
挨拶の品として、東京ばな奈を買ってきた。ちなみに、これを買うのは今回が初めてである。
東京にずっと住んでいたせいで、逆に東京のお土産というものが別に珍しくなかった。
皇居に、スカイツリー。それは私にとって日常の側にあるものであった。
ここら辺の人はそれらが非日常なのかもしれない。
それと同じように、私にとっての非日常がここにあった。
まず、鉄道が電化されていないこと。
一両の、バスとの見分けがつかないディーゼルカーが運行していた。
しかも、天井から黒煙をもくもくとあげている。昔へタイムリープをしたようだ。
そして、家と家の感覚が遠いことも、すぐ目の前に山が見えることも、私にとっての非日常であった。
最寄り駅、伯耆大山から降りるまではワクワクで胸が躍った。
しかし家についた途端、胸の中で行っていたダンスはピタリとやめてしまった。
急に憂慮しはじめる。
周囲に人がいないこと、買い物をするビルがないこと、電車の本数が東京に比べてかなり少ないこと。その生活の違いの全てが、すべて不安に変わり私の頭へのしかかる。
だからこうやって早々と挨拶に行くのは、隣人と早く仲良くしたい。
この土地で喋れる人を作りたい。
そんな思いが強かったからだろう。
隣の家は立派な家だった。
私の身長の2倍の高さはありそうな万年塀。東京では中々みることが出来なかった合掌造りの家。
庭には松の木が数本植えてあり、池もある。立派な庭園。
お金持ちが住んでいるのだろうか。
もしかしたら、この町で1番の長老が住んでいるかもしれない。
そう思うとインターホンを鳴らすのは躊躇った。
少しでも、失礼をしてしまったらこの村から追い出されるのではないか。
頭の中での家主のイメージは、白い髭を伸ばした仙人みたいなものであった。
小学生の頃、職員室に入る時はすごく緊張した。それと似ている。
それから数秒ほど、その場で固まった。
深呼吸。
そして、押した。ピンポンと。
奥から誰か歩く音が聞こえる。
その音はドンドン大きくなっていく。そして扉が開いた。
家主が出てきた。
そこの家主は若い少女であった。
栗色の髪、瞼に塗られたアイシャドー。橙色のワンピース。
都会にもいそうな少女である。
ただ、眼光が鋭い。
まるで肉食動物のように目を光らせている。
「何?」
その少女は言う。
不機嫌だ。怒っている。
寝ている最中だったのだろうか。それとも、テレビを見ている途中だったのだろうか。
「あっ、いや。今日から引っ越してきたのでご挨拶にと。あっこれは東京からの」
と東京ばな奈を彼女に手渡す。
「東京……」
少女はそう呟いた。
ギリギリ。少女が歯軋りを鳴らした音が聞こえた。
東京ばな奈は私の方へ返されてしまった。
「いらない」
まさかの拒否。
「忙しい。だから帰って」
さらに、少女は言う。
どうやら、隣人と仲良くするための作戦をミスったらしい。
しかし一体どこでミスったのだろうか。
時間? お土産の商品?
「あっ、いや」
「東京から来た人と喋りたくないから」
そう言って、その少女は扉を閉めてしまった。
私はその場に残された。
ただ、ポツンと立っていることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます