第8話 私と早乙女さんと誤発注
鳥取に行く前に私と早乙女さんの思い出を語ろう。
ある日、私は誤発注をした。
ドレッシング50個のところ500個発注してしまったのである。
うちのお店ではドレッシングは週販……つまり1週間に5個ぐらいしか売れていない。つまり500個全て売り切るのに100週かかる。
その間に賞味期限が切れてしまう。
何よりもそれまでバックルームにしまって置くのは非常に邪魔である。
冷や汗が止まらない。身体中の水分が外に出る。それでも喉が渇いたとかそのようなことを考える余裕などなかった。
まずいな。
この事実を何とかして隠さなければいけない。
取り敢えず今日いるアルバイトには、口封じをしておいた。
だからアルバイトにバレてもそこは大きな問題ではない。
店長にバレたら大目玉を喰らうだろう。
まぁ、それはいい。最悪私のボーナスがカットされるだけだから。
問題なのは、今日早乙女さんがいることである。
この事実、バレたらまず早乙女さんは指を刺して嘲笑するだろう。
そして店長に報告する。当然、その事実が店長にバレてしまいまた私が怒られてしまう。
そんな未来が見えていた。
最悪だ。憂鬱だ。
つい数日前の自分を殴ってやりたい。
どうしてあの時、自分は誤発注であることを確認しなかったのだろうか。たった数秒、キチンと確認すればそんな問題など起こらなかったではないか。
これはやはりあれだ。
今すぐ退職届を書いて提出をした方がいい。もう私はこの仕事向いていないのだ。
これを買い占めるにも私の今の懐からして厳しいだろうし。
「おはよう」
それから数秒して、早乙女が出勤してくる。
悪魔の声。
彼女から数メートル先にはドレッシングの山。
私は手を広げて大の字を作った。
少しでもこの誤発注を隠そうという思いで行った行動だ。
すぐさま、この行為がアホなことに気づく。
大の字になるということは、その先に何かあるという標識ではないか。
そして人は何かあるということが気になると、それを見ようとする。
特にこの悪魔はその執着に関しては以上である。
まず、彼女は無言でこちらに向かってくる。
その表情は真剣であり、ライオンがシマウマに噛みつこうとしているあの表情。
筋肉が固まる。動けなくなる。
人は恐怖をした時、火事場の馬鹿力が出るというが実際はその逆だ。体が動かない。
それでも、コンマ数秒、数秒、僅かな時間でもしっかりと恐怖を感じることができる。
そして早乙女さんは私の頭を掴んだ。
グワァ。
投げ飛ばす。後ろへ飛ぶ。
見つかった。まるで隠していた遺体が発見されたかのような気分だ。
そして、その悪魔はニヤリと笑う。
「誤発注したんだ。そうか、そうか」
「ヒィィィ。許してください」
「まず電話を貸して」
「店長に連絡をするのは!!」
「何を言っているの」
エッ。
私は早乙女さんの表情を見る。
それは悪魔のような顔をしていなかった。
ちゃんとした人間の顔である。
「ドレッシング他の店舗とかに電話して受け取って貰うよ。このままだとこのドレッシングたち賞味期限が切れてしまう。お客様の顔を見ずに賞味期限切れで捨てられるのは、生産者に失礼でしょ?」
まともだ。
まともなことを言っている。
そうだ。自分が恥ずかしくなる。
自分は誤発注をしただけじゃなく、そのミスを隠そうともした。
商品が売れないと言うのは店舗の売り上げがさがるだけではない。生産者の努力すらも無駄になる。
だから1日でも早く他の店舗に回してお客様の目につくようにしなければならない。
そして、早乙女さんは電話をする。
最後によろしくお願いします。そういって電話を切った。
「明日、休みでしょ?」
「は、はい」
「うん。それじゃ店舗に届けに行くよ」
「て、店舗にって?」
「米沢店」
米沢。米沢……山形だよね?
埼玉から山形だよね?
遠くない?
「もちろん、君の運転で行くよ」
私の運転で山形の店舗まで商品を届けに行く……。やはり鬼かな?
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