第6話 あーもしかして左遷だったかも
早乙女さんが鳥取に異動と聞いた時、これは左遷だと思った。
一応言う。鳥取県に行くことが左遷ではない。そこにある店舗にいくことが左遷である。何故ならそこに行くと言うことは出向の出向をすることになるから。
逆飛び級というのであろうか。
それからしばらくしてもう一つ、気づいたことがある。
これは私も左遷なのではないでしょうかね?
いや、だって、だって。だってだよ?
私も、早乙女さんと同じところに行くんだよ?
……
気分が一気に奈落の果てまで落ちた。
そしてそれが分かった瞬間、やったことはただ一つ。
まず店舗のパソコンの電源を入れる。イントラを開く。そこで退職届と検索。
出てきた。退職届の様式が。
そしてそこで自分の名前を書き込む。
完成。
そうだ。
思えば、そうじゃないか。
まず初期配属先が埼玉の子会社ということから可笑しいじゃないか。
あの時、私に辞令を言い渡した教育長は笑顔で、これも経験だよ、経験。そんなことを言っていた。
その時は、いつか東京の本店に行けると、期待に胸を膨らませていた。
その風船が今バンっと大きな音を立てて割れた。あまりにも大きな音だったので自分も後ろに倒れてしまうかと思った。
私はあの時までまだ学生気分だったんだ。汚い大人の建前というものを知らなかったんだ。
経験のためって。本当に優秀なら最初から経験のため本店の百貨店に行かせるだろう。
あーあ。
私はこの会社に採用された時、必要とされているから受かったのだと思ったのに。
だけど、知ってしまった。実際はただ私は捨て駒にされてしまっていただけだったんだ。
あの時と同じだ。
私が必要とされていたと思ったら実はそんなこと一切なかったあの時と。
中学生の頃、みんなから生徒会選挙に出てと言われた。必要とされている。喜んで生徒会選挙に出ることに。
そして結果は……。立候補者は2人。相手の支持率90%。無効、欠席表6%。私4%。
驚いたね。
まさかの無効票さんにすらも負けるとは。
そして、あの時私に絶対に投票すると言った奴らはどこに行った?
当然ながら私は中学生ながらそこで、社会の厳しさというものを身にしみて感じた。
また、自分というのは案外誰からも必要とされていない。そのことを知れた。
今回もそうだ。
勝手に自分が必要とされていると勘違いしているだけで、本当は何も思っていない。むしろ早く辞めろと思っているのだろう。
天を仰ぐ。目頭が熱くなる。
もういいや。
私は事務所にある椅子に座った。
もう仕事をする気が失せた。
とそこに、私の天敵。早乙女さんがやってきた。
「おい、何仕事サボっているんだよ。働け」
「嫌です。私は誰からも必要とされていないのでアルバイトに仕事をさせてください。私なんてアルバイト以下の存在で」
ブツブツブツブツ。
「何を言っている。必要のない?」
「そうです。そうじゃなければ、私が鳥取に行くとかそんなことにならないでしょ? 私が必要ないから」
「何を言っている?」
彼女はキョトンとした表情をしていた。
その可笑しな表情に私も見つめてしまう。
こいつ、一体何を言っているのか? そんな顔をしている。
早乙女さんの数少ない良いところと言えば、表情に対しても、言葉に対しても本当に嘘をつかないことである。
つまり今の彼女は本当に私の発言が不思議でしょうがないだろう。
「だってですよ? 新入社員でいきなり、鳥取の子会社ですよ? 出向の出向って左遷じゃないですか? 野球で言う自由契約じゃないですか?」
「だからどうして鳥取行きが左遷という形になる?」
「私の話聞いていました? 本社が私を」
「この異動を決めたのは私だけど?」
「はい?」
「だからこの異動を決めたのは私だ。私が君のことを欲しいとお願いしたんだ。最初は断られたけど、必死にお願いをして」
目が点になる。
つまりこの異動は本社が決めたものではなかったということか?
いや、まぁ異動の最終決定は本社が決めたのだと思うけど。だけど提案をしたのは紛れもなく早乙女さんと言うことか?
早乙女さんが一生懸命必死になって私を必要と言ったから異動することに。
つまり私は会社からお荷物扱いをされていたわけじゃなくて……
私は先ほどまで開いていた退職届のページをそっと閉じた。
なんだ。
私を必要としてくれる人がいるのか。それなら私はその人の元で一生懸命……
いや、待てよ。
つまりは早乙女さんが何も言わなければ、私の異動がなかったと言うこと?
こいつ、余計なことをしたな。
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