第5話 これは左遷ですか?

「早乙女くん、鳥取に異動してもらってもいいかな」


 これは早乙女さんの話である。


 ある日マネージャーにそんなことを言われた。

 チラリ。カレンダーを見る。本日は大安でもなければ仏滅でもない。また祝日でもなければ、誰かの誕生日ではない。


 いつも通りの火曜日だ。

 まぁ、今日そのいつも通りの火曜日が晴れて記念日と変わったわけなのだが。


「はぁ。鳥取ですか」


「そうだ。鳥取砂丘とか行ってみたらいいぞ。楽しいぞ」


「社員の異動を修学旅行の日程か何かと勘違い

していませんか?」


「まぁ、そうやって異動を楽しんでいくんだよ」


「ちなみに拒否権は?」


「少し、クビになるかもしれないけど一応拒否権はあるぞ」


「それを拒否権と言わないです」


 はぁと溜息を吐く。


「まぁ別に拒否するつもりなんてさらさらないのでいいですけど」


「そうなのか? エリート組として入社したお前が、鳥取行きをすんなり受け入れるのか?」


「別に。私は元からエリートというわけではないですよ」


 早乙女さんは元々本社勤務の人間であった。

 店舗配属なしで、初期から店舗。通常なら数年の時を経ての本社勤務なので、もう早乙女さんは将来幹部になることが約束されているようなものであった。


 その早乙女さんが、店舗配属になり、その挙句本社から遠く離れた鳥取に行くことになる。

 鳥取県に行くことが左遷というわけではない。その鳥取県にある店舗というのはうちの企業の子会社のさらに子会社なのである。つまり出向の出向。

 これは一体どんな訳があるのか。


 社長を蹴り飛ばしたとかそんなレベルじゃないとそんなことになるはずなどないのだが。

 もしそうだとしたら社長さん、どうか許してあげてください。そして本社勤務へ戻してあげてください。

 私は早乙女さんと一緒に働きたくないのです。


「1つだけ質問してもいいですか? マネージャー」


「なんだ、俺のことを聞きたいのか?」


「いえ、マネージャーのことなんてどうでもいいのです」


 ショボンとする。

 どうしてマネージャーはショボンとするのか。

 それとは対照的に真剣で凛々しい顔をする早乙女。


「これって左遷ですか」


 それを言うと、肩を落としていたマネージャーはスッと顔をあげた。そして数秒真顔な表情を浮かべたのち、笑みを浮かべる。


「君はどう思っている?」


「私は左遷だと思っています」


「そうかそうか。それなら一言。大丈夫だ。鳥取はいい場所だ」


「それって答えになってないですよね?」


「どうして俺が君の質問に答えないといけないんだ?」


 そういって踵を返す。

 顔では笑みを浮かべているけど、本当は逃げようとしていえるんだ。


 しかし早乙女さんは冷静だった。

 彼女は頭の中でこう考えている。


 まぁ、これが別に左遷だったとしても問題はない。自分には地元という場所がないのだから。


 東京だろうが、鳥取だろうが環境は変わらない。ただ食って寝るだけ。それだけの場所があれば何ら問題などない。


 そう、問題などないんだ。

 だからこの異動を受け入れようと。


 そして彼女は鳥取に行くことになった。


 それともう一つ。

 これで左遷なら私の立場も危ういのではなかろうか?


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