第21話 元幼馴染は守るべき大事なものがある。「誰にも渡さねえぞッ!!」


「ただいま〜」

「ただいまですね」

「は〜疲れた〜」

「んふふっ。まるで仕事帰りの夫みたいですね」

「俺は全くそうは思わないんだが……何でお前はそんなに余裕なんだよ」


 お互いに2袋ずつしか頼まなかったせいか4袋ともパンパンな状態を背負って帰宅したはずなんだが、何故か月愛のやつがずっと余裕そうで汗をかいてすらいない。


「私の肉体がよほど優秀なのでしょう」

「それ普通は男のセリフだと思うんだけどな」

「んふふっ。颯流も頑張れば私とこの荷物を片手で軽々と持ち上げられるようになるかもですね」

「無茶言うな」


 とはいえいつまでも玄関で立ち止まってるわけには行かないので俺も月愛も2階に上がって荷物をダイニングテーブルの上に置いた。

 さてこの荷物の山を捌いて行くか……と冷蔵庫の取手に触れようとしたところで、

 

「ちょっと待って下さい颯流」

「る、月愛? 何なんだよいきなり」


 今度は俺の手首が月愛に握られたせいで手が取手に届かなかった。

 先程までスーパーで買い物をしてた時とは状況が綺麗に反転してて余計困惑した。

 疑問に思いながら月愛を見つめてみると至って真面目な表情で口を開いた。


「何をいきなり冷蔵庫に触れようとしたのですか?」

「なんでって、空きスペースを調整するためだが──」

「そうじゃなくて、家に帰ったら先ずはすることがありませんか?」

「家に帰ったら? 扉にきちんとロックをかけることならキチンとしたぞ?」


 かつて小学生の頃は元の母親に口酸っぱくそう言われて来たからな。


「それも欠かせませんが、手洗いもするべきだとは教わって来ませんでしたか?」

「えっ……まあそりゃ学校でも言われてきたが」

「なら今すぐしましょう。私もそうしますので」

「そうか。それは偉いと思うが……ぶっちゃけ面倒臭くないか?」


 あんなの風邪やインフルエンザが流行ってる冬の間だけで十分だと思うんだよな。


「それはそうかも知れませんが、ならここで颯流に質問です」

「なんだ?」

「颯流は今日手を洗ったことがありますか?」

「それはあるに決まってるだろ……本を読む際は絶対に汚さないように綺麗な状態で手をつけたいからな」

「それは偉いです。けれど私が帰ってきたときに颯流はスイッチーズで『ゼロブレイド』をしていましたよね? その間もトイレの際は手を洗いましたか?」

「……えっと、」

「私と買い物に行ってた際にも同じように言えることです。お互いに花を摘みに行かなかたので手を洗ったことが1度もないはずです。そんな中、颯流は1度もチンポジを治さなかったと断言できるのですが?」

「は……チンポジ?」

「ええ、颯流のちんこのポジショニングです」

「わざわざ全部言わなくて良いんだよ!」


 下ネタを言ってる月愛にしては感情があまり出されていないんだが……何事だ?


「それでどうですか?」

「……どうって」

「それだけではありません。男性というものは小便をする際に物理的にパタパタ振るんでしょう? その際おしっこが一部跳ね返って来る例もありますし、元々ちんこというものは凸凹していて汗をかきやすい部位なので汚れが溜まりやすいですよ。颯流の場合は割礼かつれいされてて露出されてるのでチンカスが溜まる心配はありませんが──」

「いや何でお前がそんなこと知ってんだよ!?」


 割礼とは文字通りに男性のペニスの包皮を切り取る手術のことだ。

 俺は中学1年生のときに親父と外国にぷち旅行に出かけた際に受けたから、今も俺のは亀頭が完全に露出されてるわけなんだが……なぜこの野郎がそれを知っている?

 小4以来に月愛と風呂に入ったこともない。

 信じたくないが、まさか親父が話したのか? 


「つまり颯流がおちんちんを触って手も洗ってないとなると、汚れがそのまま付いてるということです。その自覚はありますか?」

「っ……確かにそうなるのか……」

「つまり颯流のちんこの菌、略してセチ菌をこの家中にばら撒いてることになるのですよ? それはもはやバイオテロ、いえ立派な歩く生物兵器じゃないですか」

「生物兵器言うな!」


 失礼にも程があるだろ。

 けれどまたいつものような月愛の変態的なだらしない笑みが戻ってきた。


「んふふっ。食事にそれを付着させるのは宜しくありませんが、今度から私に直接付けるようにして下さいね? あ、何なら今からでも──」

「いやしねえから」


 手を握られそうになったからギリギリのタイミングで月愛の手から回避した。


「……あらら、残念です。どうせ洗い流されるのなら私に付着させてあげればセチ菌たちも喜ぶと思うのですが」

「勝手にセチ菌言うな鬱陶しい、説得力がまるで無いだろうけどすぐに撲滅するべきだろ」

「んふふっ、そうですね。まあ、颯流も思春期の男子ですからオナニーした直後にでも狙って握手すればまた手に入れられますか」

「いや良い加減にセチ菌から離れてくれんか!? あとさりげなく息子のデリケートな領域に踏み込んでくるなよ、母親には思春期の悩みが分かるだろ?」

「んふふっ。それは颯流も年頃の男子なので事情くらいは知ってますが?」

「くっ……本当にタチが悪いなお前」


 母親に息子がおナニーしてることがバレているなんて本当なら恥ずかし過ぎて軽く死ねるんだが、月愛は例外のような存在だからアレさえバレなければもう俺は良い。

 最近はネットや書籍をおかずの中心に変えたが、主に中学生の頃に俺が月愛をおかずにしていた時期があったことだけは絶対にバレてはいないだろう。


 何故ならあの頃は脱衣所で完全に1人になったと確認した上で取り組んでいたからな……本人もいないタイミングを狙っていたからバレることは絶対に無いだろう。

 だからもうアレについてバレる以外の全てが擦り傷だと割り切るしかない。

 本人がニヤニヤしてるのがムカつくが、ここは根負けしたらダメだ。


「んふふっ。なのでまた抜く時があればママに知らせて下さいね? 後処理は私が……いえ直接抜く手段を今日から私に変えても良いんですよ〜?」

「誰がするかっ!? しねえし! って言うか……出来ねえんだよ」

「え〜? 何でですか?」

「この悪魔野郎……最近の自分の行動を振り返ってから聞き返しやがれ」


 この女、引っ越してきたときから俺のベッドに忍び込んでくるのだ。

 それが第一の原因でもちろん俺は抵抗した。

 けれど1週間が経った頃についに風呂場にまで侵入するようになったのだ。


「何のことか具体的に言わないと直すべきものが直せませんよ?」


 あまつさえ全裸でシャワーを浴びた後に俺の隣に腰掛けて来るのだ。

 幸いにも俺の家の風呂場は広いから逃げる場所が多いがついてくるのだ。

 だと言うのに決して俺に触れることはなく、ただただ隣に居座って来やがる。

 おまけにタオルで身体を隠すなんて真似も一切しないせいで生殺し状態なのだ。


「隠す気がまるでゼロだろ」


 ゲームでの宣言で俺のおちんちんに触れないと言っていたが体さえ触って来ない。

 そして彼女の尾行は夜に眠るときにベッドまで続くのだ。

 だが何もして来ない。2日目の朝にこそハプニングがあったが、あれから約1週間は文字通りに俺の横で寝ているだけで本当に何もして来ないのだ。


「意図的にしてることですしね」


 そう、意識的にくっつくことも欲情を駆り立てるような台詞を吐く事もない。

 ただただ俺の真横で寝ているだけで最初は意図が全く掴めなかった。

 けれど今ではわかる。こいつは俺が1人で抜かないように見張ってやがるんだ。

 流石に隣に女の子が寝てる状態で抜くわけにもいかないからな。


「それを辞めろって言ってんだ」


 つまり今の俺はほぼ強制的にオナ禁生活を強要させられているのだ。

 普段から俺に過激なスキンシップやボディタッチをしては、いざ俺が強引に月愛を押し倒そうと思えば既成事実を作れるというのに、あえて何もしないのだ。

 何かしてくるんでは、と警戒させておいて無防備なエロを晒して来るのだ。


「嫌ですよ〜ん。それよりもそろそろ辛くありませんか?」


 そうして俺の理性と忍耐力をガリガリと削ぎ落とされていく日々だ。

 恐らく今夜もこれからもずっと続けていくつもりなんだろうな。

 この終わりのない地獄を抜く出すにはどうすれば良いんだ。


「……何のことだ?」

「んふふっ。惚けなくても大丈夫ですよ。もうとっくにパンパンじゃないですか?」

「っ……誰のせいだと思ってんだ」

「もちろん私ですね。だからもう我慢しなくても良いんですよ? 颯流を苦しめてるのは私なので颯流を慰める義務も私にあります。早速今晩からでもママに任せ──」

「必要ない」

「我慢は体に良くありませんよ?」

「必要無いって言ってるだろ」


 あまりのストレスで無意識に握り拳を作ってしまうが許してくれ。

 いやそもそも俺をこんなふうにしたのは全部全部目の前のこいつが悪いんだよな。

 けれど俺が最初に抱きたいのは木下さんだから、その誘いには乗らない。


「なら颯流は今後も、オナ禁を続けるというのですか?」

「っ……ああ、そうだ」

「宣戦布告しておきますが、私は決して容赦せずに追い詰め続けますよ?」

「はっ、だろうな」

「つまり颯流の方が圧倒的に不利です。どうして潔く撤退しないのですか──」

「フッハッハッハッハ!!」

「あ、あの?」


 気がついたら大笑いしてしまっていた。

 どうしてだろう……いやもうストレスで頭がおかしくなったんだと思う。

 それでもほんの少しでもエネルギーを発散するかのように口が動く。


「男にはな、どうしても守らなければならないものがあるんだ」

「オナ禁がそんなに大事ですか?」

「ああそうだ、俺の大切なものが何なのかお前に分かるか?」

「童貞を私に捧げることですよ〜」

「いや違う。俺が大切にしてるのは俺の子供達なのだよ」

「んふふっ。もう私との結婚生活を思い描いててくれただなんて嬉しいですね」

「良いか、精子は命の源なのだ。つまり俺は彼らの父親であると同義だ。だから、」




「──俺の金玉で元気良く泳いでるお玉杓子たまじゃくし達は全員等しく俺の子なんだよ。その相手が月愛、例えお前であっても俺は誰にも渡さねえぞッ!!」




【──後書き──】

 主人公にもどうしても守りたいものがあったのです。

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