第20話 義母と買い物。「颯流ったらママのおっぱいの方が希望ですかぁ?」


「今日は繁華街に行ってたそうだな」

「ええ、そうですよ。もしたしてパパに聞いたのですか?」

「っ……ああ、そうだよ」


 先程までは月愛を寝取るなよとか言われたせいで変に意識をしてしまう。

 いやいや改めてそれを望んでるのが月愛だとしても、俺は堕ちないぞ。


「どうしたんですか颯流? 何だか顔が微妙に赤いようですが」

「へ? い、いや別に何でも無いぞ」

「そうですか?」


 そう怪しみながら俺の瞳の奥を覗き込もうとするが、ひとまずは満足したようだ。


「それじゃあ颯流、遊び終わったことですし今から一緒に買い物へ行きませんか?」

「買い物って、何でまた?」

「いいじゃありませんか。たまにはスーパーでの食材選びも手伝って下さい」

「それはわかったが、俺がいるか?」

「ママからのお願いです、手伝って下さいよ〜」

「こういう買い物こそママの役割だと思うんだがな」


 けど十中八九はただ単に月愛が俺と共に行動できる口実なのだろう。

 けど俺もちょうどスーパーに用が出来たことだし、誘いに乗っておこうか。


「わかった、月愛と一緒に買い物に行くよ」

「本当ですか? 嬉しいです、それでは早速行ってきましょう!」


 そう言うと俺の腕を強引に掴んで玄関を出ると徒歩で3分くらいある家の近くのスーパーへと足を踏み入れた。


 月愛がカートに籠を2つ置くと野菜コーナーから順に回った。たしか月愛とこうして買い物に行ったのは中学生ぶりだったな。


「じゃがいも、人参にブロッコリーって。もしかして近いうちにシチューでも作るつもりか?」

「はい、正解です。よくわかりましたね」

「俺もつくったことがあるからな、クリームシチュー」

「息子が料理できるようになったのは喜ばしいことですね」

「1ミリとも俺のことをそう認識してはいないだろ」

「んふふっ。そうかもですね。けれど私が作ろうとしてるのはクリームシチューじゃないですよ」

「そうなのか?」

「ええ。私が作ろうと考えているのはチキン・アラキンというフィリピンのシチュー料理ですよ」


 初めて聞く料理名だな。


「そうか。けどシチューってことはそんなに大した違いが無いんじゃ」

「違いがあるとすれば汁にクリームを入れないことですね。サラサラしたスープをご飯と一緒に口に運ぶのは癖になるでしょう」

「ご飯とスープを一緒に食べてるようなものか。新しい食に対する意識だな」

「ええ、良いものでしょう? 国際カップルというものは常に新しい学びを得られるのですから」

「は、は? いつからお前は俺の妻になった気でいると勘違いしてんだ!」

「んふふっ。それは四六時中思ってますが、だって私たちは同棲──いえ同衾どうきんされてるのですよ?」

「それはお前が俺のベッドに潜り込んで来るからだろ!」


 そう、こいつは引っ越して来た初日から今日までずっと朝起きたら隣に居るのだ。それも毎晩だぞ。

 そのせいで月愛が来るまでは週に1、2回『抜いて』たのが毎日したくなる衝動に駆られるのだ。


「対策がなされていないのだから、むしろ颯流の方から来て欲しいと言ってるようなものですよ?」

「……っ。仕方ないだろ、南京錠の鍵なんか買うわけにはいかないしお前もやろうと思えば部屋の扉なんざ物理的に破壊出来るだろ」

「何ですかそれ〜? アハハっ、それじゃあ私が野蛮な女みたいじゃないですかぁ?」

「否定はしないんだな」

「さあ、どっちだと思いますか?」

「怪力ババアめ」


 肉や魚コーナーを巡りながら月愛の揶揄いに対処し続ける。しかしあれだな。

 今月愛の着てる服装がお洒落重視なせいで体のラインがはっきり主張されていて、老若男女問わず周囲の人間の視線を掻き集めてしまっている。

 当然俺も例外じゃなくその質量を感じられそうな丸みに視線が引き寄せられてしまう。


「んふふっ。チキン・アラキンでも牛乳を使う予定ですが、颯流ったらママのおっぱいの方が希望ですかぁ?」

「違うわ、欲しくもないしそもそも出ないだろ?」

「それなら早速今晩にでも私と子供を作ってみましょう! 母乳が出るのは産後になるらしいのでそれまで我慢ですが」

「誰がするか! つか公共の場でしれっと下ネタ吐くなよ、ほらすぐ後ろのおばさん方がこっち見ながらヒソヒソ話してんぞ」

「んふふっ。残念ながら私が颯流と話す中で下ネタという概念は存在しませんし、老鳥のさえずりなんて気にしないで下さい」

「老鳥ってお前な……」


 性格の悪さを包み隠そうともしないヤツだな。

 月愛が下ネタをブッ込むのはいつものことだから諦めて買い物の続きをする。

 乳製品コーナーに入った段階で欲しかったものが手に入ったのでカゴに入れた。


「納豆ですか?」

「ああ、毎晩夕飯の後に取るのが日課だったんだよ」

「へーそうなんですね。それが颯流の快便の秘訣だったりしますか?」

「運動も欠かせてないからそうなるけど、月愛も健康的な食生活を送ってるだろ」

「そうですね、興味本位で聞いてみただけですよ」

「そうかよ。お前も食べてみるか? 慣れたら結構美味いぞ」

「良いですね、食べるのは久しぶりなのでお願いします」

 

 カゴにもう2セット追加した。

 最近は在庫を切らしてたタイミングで月愛の引越しが決まったせいで取りに行けなかったが、俺は基本的に毎日納豆を食べてるのだ。

 もうすっかり習慣になってるから辞められそうもない。


「颯流、近いうちにパスタも作ろうと考えてますが、どの麺が好みですか?」

「お、本当か?」


 ズラリと並ぶ麺にパスタソースを一瞥しながら頭の中で想像してみる。

 そう言えばバジルソースを食べるのは久しぶりだったな。


「最近はミートソースかボロネーゼしか作ってなかったから、バジルソースで頼むよ。麺はそうだな……いつもカッペリーニ使ってたから今度はフェットチーネで」

「了解です! 私もバジルを作るのは初めてなので楽しみですね。それじゃあソースはこれにしましょうか──」

「いやダメだ」

「あ、あの何故です?」


 ボトルの瓶を掴んでる月愛の腕を俺が掴み直したから疑問に思ったんだろう。

 まあそりゃ初めてじゃ仕方ないが、もう少し自覚を持って欲しいものだ。

 大抵のバジルソースにはピノーリという松の実が入っているものだ。 


「ほらお前、ピーナッツだけじゃなくてナッツ類全般がアレルギーだろ」

「……ぁ」


 そう、俺が月愛の唯一の弱点として思い浮かべるのがナッツ類だ。

 だが文字通り月愛の場合は重症だから過去に何度も救急車を呼んだことがある。

 こいつが酸素ボンベに繋がれてる様なんてもう2度と見たく無いからな。


 だから月愛のナッツ類アレルギーは可愛いらしい欠点ではなく命に関わるレベル。

 今彼女の中でどれほどの耐性があるのかは定かじゃないが、あの日以来は一度も口にしてないようだからな。だからって本当に治ったのか試す勇気がないのだが。


「パスタのソースはバジルのジュのベーゼにして手作りにしよう。去年に1回試したことがあるからやり方がわかるはずだ」

「……んふふっ。有難う御座います、颯流。やっぱり本当は月愛のことが大好きで堪らないんじゃないですか〜?」

「調子に乗らないでくれ。お前があまりにも危なっかしいからだろ」

「確かにそうですね、カゴに入れる前に原材料に目を通すべきでした。それでも私、颯流の本気の表情にときめいちゃいましたよ」

「……顔に冷たい表情があるのが生まれつきなんだよ」

「そう言うことにしておきましょうか。また今度私にもバジルのジュのベーゼの作り方教えて下さいね!」


 そう上機嫌で食材をカゴに入れる月愛を恥ずかしそうにだが見守る俺だった。


「はい颯流、重たいものから袋の下に詰めていって下さいね」

「言われなくても分かってるさ」


 約1週間分の買い物が終わったので籠の荷物を全てプラスチック袋に詰めていた。

 月愛の方も手慣れてるのか隣でテキパキと荷物を詰めていく。

 けれど少し喉が渇いたから飲み物でも買ってくるか。


「それじゃあ飲み物買ってくるよ。月愛は何が良い?」

「私はブラックコーヒーでも頼もうかと一瞬思いましたが、颯流は何を頼むんですか?」

「俺はいつも通りバナナ&ミルクジュースだよ」

「んふふっ。颯流って本当にそれ好きですよね」

「悪いかよ」

「全くそんなことはありませんよ?」


 そう言いながらも可愛いものを見るかのように目を細めるのは何でだ。

 月愛の方がなんであんな苦い飲み物を好むのか俺にはさっぱり理解できないが。


「顔は正直なようだが?」

「別に颯流を小馬鹿にしてた糸は全くありませんでしたよ。ただ可愛いなと」

「それがバカにされてる気がするんだけどな」

「女の子が好きなものに対して言う『可愛い』に深い意味は特にありませんよ」

「……そうかよ」

「そうですよ〜。けれど最近は水以外に基本的に苦いものしか飲んでないのも事実ですし、私にも颯流の大好きなバナナ&ミルクジュースを飲ませて下さい」

「分かった、それじゃあ2本買ってくる」

「はい、お願いします!」


 月愛にバナナ&ミルクジュースの良さを布教しながら帰宅する俺だった。



【──後書き──】

 チキン・アラキンも美味しいですよ。

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