第8話 冨永月愛の初恋は唐突に。「誰が泣かせたんだよ、普段から笑顔の絶えないお前を」
※月愛視点※
「颯流ぅ……怖がっだよ……うぅ……ぐずんっ……」
「な、な、なっ…………月愛、ひとまずは落ち着こうか……」
んふふっ、懐かしいですね……当時はまだ中学1年生だった颯流の胸元に顔を埋めてボロボロ涙を流し始める私に最初はあわあわしてましたが、彼はすぐに意識を切り替えて私の背中を落ち着かせるようにポンポンと叩いてくれました。
本来は男性嫌いの私でしたが唯一その対象外だった男の子が私の幼馴染の
昔からお互いの家が近かったのも大きな原因だったでしょうけれど小学生の頃も彼と遊んできたので不思議ですね。私が年齢を重ねていくうちに次第に颯流の視線が私の首から下にも行き始めたのに気付きましたが『男とはそういう生き物だから仕方ないのかもね』と割り切っていたので特に気にせず私はちょくちょく彼と遊びました。
「どうして月愛は泣いてるんだ……誰が泣かせたんだよ、普段から笑顔の絶えないお前を」
そんな彼の優しさがこもった言葉が嬉しくて私はより涙をボロボロ流し始めましたが私はすぐに思い出しました……私のママを犯して殺した殺人鬼がまだ私のことを追いかけながら街中を走っていたことを──
「せ、じる……ママがっ! ママが殺ざれたのッ! 怖い男が私を追いかけるのっ」
「は、はっ!? こ、殺されたってどういうことなんだよ!?」
当時の私は一生懸命に詳細を伝えようとしましたが先程まで感じていた恐怖が蘇ったのか顔が一層グチャグチャになって私の舌も回らなくなり……颯流と2人で抱き合ってたところに真後ろから再びあの忌々しい男性の声が聞こえて来ました。
「み〜つ〜け〜た〜っ!! ハハーッ、ったく俺を男の娘にしかけやがってよぉ〜」
「ヒッ!?」
「……っ」
その声を聞いた瞬間に私も颯流も肩がビクンと跳ねましたが、すぐに私の言っていた男がやって来たんだと察知したであろう颯流は怖気付きながらも、あの男性から私の視界を遮るようにして背中で塞いで、彼は目の前の男性と対峙し始めました。
「颯流──」
「……………………」
「あん? んだよてめえヒーローの真似事か? それにしちゃ役不足もいい所だぜ」
「っ………………お前、なのか……?」
「あ?」
最初は慄いていた颯流でしたが今まで1度も聞いたこともない声を発したのです。あまりにも底冷えするような声だったので驚いて彼の横顔を見つめてみると──鬼の形相を浮かんでいました。普段は温厚な颯流が人を射殺すような目をしてました。
「お前なのか月愛のママを殺したヤツはっ!!」
「……ぁ」
「はあ?」
「人の命を軽々と踏み躙って良いわけがないだろ!! 何故殺したッ!! 月愛はペネさんのことが大好きで今までずっとお互いを支えあって来た、唯一たった1人の家族なんだよッ!! あまつさえ子供の命までを奪おうなんて絶対に許さねえッ!!」
夕焼けが差す街にそんな大きな声が響きました。そう、怒っていたのです。私のために、今だって拳も足も微妙に震えてて本当は怖いでしょうに……そんな彼の気持ちが嬉しく思ってまた私は彼の背中に顔を埋めてボロボロと涙を流し始めました。
「アッハッハッハッハ〜!! おいおいイキ過ぎて意識が飛んでただけだって──」
「もう黙れよお前!! 月愛はな、お前のような汚い大人の手によって人生を歪められて良い人間じゃねえんだよっ!! こいつはこれからも笑顔で幸せな人生を歩んでいくんだ!! そんな未来はお前なんかに絶対に奪わせねえッ!!」
「ったくよお、暑苦しくてうざったいガキだな」
そんな颯流の嬉しい叫び声を持ってしても男性が怯むことはありませんでした。それはそうでしょう、自分よりも体格も年齢が下の子供にガタイの大きい大人が屈するなんてそうそうありませんから。その証拠に彼はずっとニヤリと笑っていました。
「……………………」
「姫様を守る王子様ってか? 演劇ごっこは学校でして来いや」
「…………ぇ」
それでも睨みを効かせていた颯流でしたが言葉だとその男性を払えないと悟ったのでしょうか、すぐさま彼は私の手を握って周囲を見渡し始めまして凄く驚きました。
ただでさえ颯流が叫んだ言葉で私の心臓がドクンドクンとうるさく高鳴っていたのに、突然手を握られたことで再びドックンと心臓が大きく跳ねました。それから私の頬は熱くなり別の涙が流れ始めました……んふふっ〜、今から思い返せばこの瞬間でしたね。これは私が颯流を恋愛対象として意識するようになったキッカケでしたね。
「……さて、どうするか……」
颯流が私の手をより強く握ったことで私の心拍数は上がる一方でしたが、彼の目はいつだって真剣でした。恐らく颯流は逃げ出せる方法を今考えていたのでしょう……するとやがて彼は一言だけ『走るぞ』と呟くと、走りかけた所で音が聞こえました。
『ウェエエエエエエエ〜〜エエウウン〜〜!! ウェエエエエ〜』
「警察だ!」
「チッ、もうサツが来たのかよ」
パトカーの音が聞こえて来たのです。この場に居る誰もが携帯を開いていないのにどうして……と思っていると隅の方で人影が去って行くのを見ました。恐らくあの方が警察を呼んでくれたのでしょう、すぐに音源の車がやって来ました。
それが今まさに走り去ろうとしていた男性を追い掛けて行ったので、颯流とここで見てる間に奥の方で警官たちが男性を拘束して手錠を嵌める瞬間を見ました。やっと安心出来る……と体の緊張が解かれると私は再び颯流の胸元に倒れ込みました。
「良かったな警察が来てくれて……よしよし、もう大丈夫だぞ月愛……」
その日に限って泣き虫だった私を嫌がらずにポンポンと頭を撫でてくれて颯流が嬉しくて、また温かい涙が溢れて止みませんでした。けどまだ一件落着とは行かずママの問題も残っていたので、警官がやって来ると私は彼らを家の中へ入れました。
「安心してお嬢ちゃん、あなたのママは意識を失って倒れてるだけだから大丈夫よ」
当時の私が主観でママに起きたことを警官たちに話すと颯流も驚きましたが、彼らが家の中を調べるのを颯流と待っていると女性の警官がそう言ってくれて私も胸をホッとさせました。その後に私は颯流の家でお泊まりをすることにしました。
あの日から颯流に対して恋愛感情を抱き始めた私は颯流と遊ぶ時間が、今までよりもずっと楽しく感じていたことに私の心が浮かれていましたが、私の幸せの絶頂期はそう長くは続きませんでした。颯流のママが他に男を作って家を出て行ったのです。
颯流が泣くほど悔しがっている様を見て私の心臓も棘が生えた植物に絡め取られたような感覚を覚えました。あの日から私は彼の家に行く頻度を倍に増やして料理を教えるなり一緒に作ったりもして楽しんでいましたが……現実はあまりにも残酷ですね。私のママもまた悪い男に引っ掛けられて、今度こそどこか遠くへと消えました。
「颯流っ……ぐすんっ……私のママも居なくなっちゃったの……うぅ……私がお洒落な服が欲しいって言ったせいだよ…………私が悪い子で居たからかな……うぅ……」
あれは私が中学2年生の夏休みでの出来事でしたね……颯流のママが居なくなったのは5月辺りでしたが、私のママが居なくなったのがあの日から2ヶ月後で……何一つも状況がワケがわからないままで私は再び颯流の胸元で泣き崩れていました。
彼も私も優しく抱きしめながら背中をと頭を撫でてくれましたが私が泣き叫ぶのを止めるまで1時間もかかりましたね。その日は颯流と食費を折半して一緒に飯を作ろうねと約束だけして家に帰りましたが、ママの部屋に入るとまた涙が溢れました。
「私が良い子にしてたらママ戻ってくるかな……ううん、私良い子にしてるから……何でも1人で出来るようになるから……ママを返してよ……ママを返してよッ!!」
無機質な部屋でそんな結論に至った当時の私は再び現実に絶望して涙が枯れると、新しい自分を開拓させようと思い至って文字通りに私はあらゆる努力を重ねました。家事全般から勉強、心理学から格闘術、ついでに処世術から哲学も全てです。現実から目を逸らすように血反吐を吐く勢いで血が滲むような反復練習も繰り返しました。
颯流への恋心をはっきり自覚してもなお私は一線を踏み越えることはなく、自分の人間としての実力を上げることに集中しました。私が颯流に告白するに思い至ることもなく集中出来たのは、あの忌々しい男性の言葉を胸に刻みつけていたからです。
『この世の不利益は全て当人の能力不足なんだよ。仮にお前が体術の達人だったらこんな無様な格好で、これから俺に犯されることは無かったんだからよぉ? 呪うのはお前じゃなくて弱い自分自身にするんだな?』
とんだ皮肉ですよね。自分が大好きな人ではなく自分が大嫌いな人種の言葉が自分を変える原動力になるだなんて……けれど今ではあの男性に感謝の言葉を一言伝えても良い気分になりましたよ……私は本当に強に存在になることが出来たんですから。
中学3年生で私は全国でトップレベルの学力を身につけ、格闘技において米軍の精鋭にサシで勝てるように強くなり、人を思い通りに動かすコツも掴みました。私が良い子を通り越して『とんでもない子』に成り果てたのは自覚していますが、全ては私をここまで導いてくれたあのお方のおかげですね。ママは戻って来ませんでしたが。
「〜ですねって、何でお前敬語で喋ってんだ!? なんか悪いものでも食ったか?」
「んふふっ、違いますよ〜。これは私のキャラ付けのようなものなので気にしないで下さいね?」
「いやいや気にするに決まってんだろ、なんか余所余所しいじゃん」
「えへへ、颯流は寂しがってくれるんですね?」
「は、そんなんじゃねえよ」
んふふっ。懐かしいですね……私が初めて颯流に全科目満点の成績表を見せたときは目が飛び出す勢いで丸くしてましたから。私がこうしてコミュニケーションのデフォルトを敬語に切り替えたときは酷く驚かれましたが……これは過去の弱かった自分と決別するための儀式のようなものなので、これから変えるつもりはありませんが。
私の恋愛事情に関しては、私は中2の夏休みの頃から颯流に恋愛感情を抱きながらもずっと胸に秘めて来ました。んふふっ……まあとは言っても私の態度が露骨過ぎたため、私の好きな気持ちが颯流には告白するずっと前からバレていましたけどね。
何故なら私には人間観察を楽しむ趣味もあったからです……2人で勉強中に私が熱い視線を送る度に顔を逸らしたり、夕飯を一緒に食べるときに『あ〜ん』してあげて困ってる姿を観察するのが好きだったからです……けれどやっと私が誇れる私になった高1の夏休みに、私は今まで直接言って来なかった『好き』を颯流に伝えました。
「私は颯流の勇敢さが大好きです。手足を震わせていた颯流がそれでも私の代わりに強姦の常習犯に全力で怒ってくれたときは、ママ以外にも私のことを大切に思ってくれていた人が居たんだと気づいて幸せな気持ちになりました」
私の好きという気持ちは決壊したダムのように溢れ出しました。
【──後書き──】
自分よりも格上の敵に立ち向かう主人公カッコいいですよね。
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