第6話 元幼馴染も匂いフェチ。「今すぐ忘れろやああああああああッ!!」
「よし、こんなものか……」
「ええ、大体綺麗に整いましたね」
俺が自分の部屋を片付けていた間に月愛がほぼ家の全体を満遍なく綺麗にしてくれたので、俺も彼女の部屋を整うのに手伝っているとそろそろお腹が空いて来た。
改めて彼女の化け物じみた生産力には驚かされるな……かつての俺の母親の部屋をもう完全に自分好みの部屋にデコレート出来ており殺風景な部屋の印象がガラリと変わってしまった。
「ふ〜ちょっとだけ汗かいてしまったな」
「んふふ〜私もうっすらとですね……スーっ、ハ〜。ああやっぱり颯流の汗の匂いはミョ〜に癖になっちゃいますね……特に首筋〜」
「おいバカ離れろって」
「ケチですね。もう少しだけ嗅がせて下さいよ〜」
背中から抱き付いた月愛を振り払おうとするが胸に腕を回してるせいで離れてくれない……これは色々と不味いんだが。月愛の『ス〜、フー、ス〜』とした鼻息が肌に直接かかってるだけで辺な気分になりそうなのに背中が凄い圧迫感に包まれている。
「……もう10秒も経ったから離れてくれよ。その、」
「うん? 何でしょうか颯流」
「さっきから胸が思いっきり当たってるんだが」
それもフニャリじゃなくてボワーンという擬音語が似合う程に、月愛の双丘が元の形状から形を保てなくなってるだろう程に押しつぶされてる勢いでな。
するとまたあの意地の悪い笑顔を浮かべながら猫撫で声を出してきた。
「んふふっ。当たってるんじゃなくて……わざと当ててるんですよ〜」
「尚更余計にタチが悪いだろうが! それに暑苦しいだろ」
「良いじゃないですか〜。颯流も昔から私の汗の匂いが嫌いなわけじゃないでしょう? かつて中学時代に『これが女子の汗の匂いなのか』って目をトロンとさせながら、体育祭の日の放課後に私の体操服を嗅いでたの覚えてるんですからね〜」
「ぐぁっ」
あれは確か月愛が『体育祭で一杯汗かいて気持ち悪いですから颯流の家のシャワー借りますね』って言って俺の家に無理矢理押し掛けて来た奴じゃねえか……そして彼女が丁度シャワー中に入ってるのを確認してから、脱衣所から服を取り出して──
「シャワー中に扉越しに颯流の影が見えたものですから一体何事でしょうかと思って覗いてみたら、まあ〜。颯流ったら鼻の穴を全開にする勢いで思いっきり吸い込んでたじゃないですか〜。颯流も匂いフェチだったんですね。アッハハっ♪」
「今すぐ忘れろやああああああああッ!!」
「お断りします、あれは私の宝物の一部ですから」
「お前の宝物庫のデータは腐ってんだよ。今すぐ抹消してやりてえっ」
「嫌ですよ、颯流とのあの日々はどんな思い出よりも貴重なんですから。時々過去に戻ってしまいたいと感じることもある程ですよ〜」
「戻らなくて良いし、いくらCtrl+Zを押しても戻れねえから今すぐ忘れてしまえ!」
もう現在の俺から過去のあの頃の俺から一言があるとすればこれだけだ。
死ね。
シンプルに死ね。
魔が刺して誘惑に乗せられた俺も、シャワーの音が止まっていたことに気づいていなかった俺も、ゴリラのような匂いの嗅ぎ方をしていた全ての俺よ全員死んでくれ。
家に入った途端にこれかよ。初っ端から俺は挫けまくりでさっきからサンドバッグ化してやがる。何か反撃の材料は無いのか……月愛の弱点で思いつけるのは1個あるけどアレは本気の弱点だからそれを仕掛ける選択肢は最初から無い……どうすれば。
「……大体あれはお前が俺の家に押して入ったりするからだろ……それにお前の元の家とじゃ大した距離の違いが無かったから、本当わけが分かんなかったよ」
「んふふ……今まで颯流には沢山私の凄い一面を見せて来たから恐らく時々忘れるんでしょうけど、私だってごく普通の女の子なんですよ?」
「そりゃそうだろうけど、それがどうあの我儘に繋がるんだよ」
すると胸元を抱き締めたまま月愛が頭を俺の肩に寝かしつけて来たから何事かと思って振り返ったら、また空港で浮かべていたような覇気のない笑顔を浮かんでいた。
「──寂しかったんですよ」
その発言は何処か哀愁が込められていたように感じた。そりゃ当然か……俺は昔から部屋に1人で籠るのが好きだったから父親が家に帰って来ず、母親が男を作って家を出ていったときも時々家事の手伝いにやっていた月愛で寂しさは紛らわせていた。
けど月愛の方はそうじゃなかったとしたら、化け物じみた生産力と実行力を備えながらも本当は人一倍寂しさを感じていたんだとしたら……いや十中八九当たってるだろうな。なんせかつてのこいつが母親にベッタリだったのは今でも良く覚えている。
「私がまだ中学2年生の頃でしたね、ママが家から出ていったのは……それで孤独感を埋めるために颯流の家に頻繁に遊びに行ってたのもあります」
「まあ大好きだった親が急に居なくなるんだもんな」
「そうでしたね……あれは流石に参りました」
「そっか、それじゃあ仕方無いか」
「……そう言って下さると嬉しいです。颯流だけですよ、私の全てを受け入れてくれてる人なんて」
「お前の全てを受け入れた覚えなんざ無いけどな!? はあ……そんな事ないだろ。世界は広いから俺以外にも月愛のことを受け入れてくれる奴がきっと現れる」
「んふふ……遠回しに私を自分の人生から追放したいと言ってますか?」
「はっ? い、いや……」
もし月愛が俺の人生から居なくなったらか……多少は料理の腕を覚えた俺だが月愛が作る料理にはご馳走になって来たからな。これからの日々にそれが取り上げられるとしたら、俺は無理矢理にでも料理のスキルを磨いて1人で余裕で自炊出来るようになるんだろうが、時々懐かしい味を恋しく思いながら悶々と過ごしていきそうだ。
学校生活では木下さんなどと話せているけど間違いなく俺も寂しさを覚え始めるだろうな……俺は孤独が好きで慣れていると言っても完全なる孤独に耐えられる人間などいるはずも無いからな。
──そっか……俺には月愛が居たからこそ今の俺が居るんだな……。
「……………………」
「……………………」
おいなんで月愛までさっきから黙ってるんだよ……何か言ってくれよ恥ずいから。
「……………………」
「…………んふふっ」
「は?」
「ふふふふふっ。そうですか〜颯流は私が居なくなるのを寂しがってくれるんですね。それどころか私が居ないとダメだということまでに自覚してくれませいたか!」
「ばっ、そんなんじゃねえよ」
「んふふ。私は凄く嬉しいですよ。……そうですか……なるほど、心の奥底では私が居たおかげでこうして元気に生きていられてるとも思ってくれてるんですね。嬉しいですね! 大好きですよ」
「〜〜〜〜っ!! ああもう分かったからもう揶揄うのは止してくれっ」
パッと睨もうと後ろを振り向いたら瞳をキラキラと潤ませながら熱い視線で俺をみてたせいで、思わず居た堪れなくて目を逸らしてしまった……落ち着け俺の馬鹿野郎。この女は今日から俺の母親になる人物、俺の義母であり家族なのだ。
自分の母親に一々大好きなどと言われてざわつくんじゃねえよ俺の心臓、だいたい俺には木下優希という好きな人が居るんだから。ああそうだ、それに親が子を愛してるのはごく自然なことでもあり幸せなことだから本来の正しい反応は素直に喜ぶ事。
「んふふ〜また颯流ったら顔がトマトのように真っ赤ですよ〜? ついでに赤く染まってる耳も可愛いですね……どれどれ。ふぅ〜」
「ひゃっ!?」
「ぷっ、ふふふふふ……相変わらず反応が面白いですね──あら残念です」
「残念なのは俺の母親がどうしようもないイジメっ子なところだ」
「そんなことないですよ。本来母親とは自分の子に愛情の全てを注いでるものなんですよ?」
──もしかしたらそれは今まで実の母から愛情を受けて来なかったからこその、無意識の潜在的な欲求が表に出された欲求の裏返しだろうか……俺もどうだろうか。
「っ……それは光栄なんだが、伝え方が過激だって言いたいんだよ!」
「んふふ〜仕方ないじゃないですか。愛を伝える言葉はあまりにも少ないんですから、ボディーランゲージで示す必要がどうしても出てくるのですよ」
「俺の揶揄いを正当化させるために程のいい言い訳を作ってんじゃねえよ」
「んふふ……仕方ないですね。では今回は一旦ここまでにしておきましょう。そろそろお腹が空く頃合いでしょうし、早速夕飯を作ってお風呂に入りましょうか」
確かにお腹が空いてきたな……昨日は無難に肉じゃがを食べただけだし今日は何を作ろうか。
「名案だな。晩御飯は何にする?」
「んふふっ、本来そのセリフは母親である私のものなんですけどね……! そうですね、お土産にザウワークラウトのベーコン入りに、ジャガイモパンを買って来たので早速今夜はそれらを食べましょうか!」
「じゃがいも……ざうわーくらうと?」
「ええ、ジャガイモパンは別にじゃがいもの味がしませんがふわふわで本当に美味しいですよ! それにザウワークラウトは白いソーセージのことですね。食事をバランス良くさせるためにサラダも作っておきましょうか」
「へ〜それは食べるのが楽しみだな。そういえばジャーマンポテトを作るためのレシピがまだ揃ってるはずだから、今夜はそれにしようか」
「ジャーマンポテト! んふふっ、名案ですね! それでは早速作りますね」
すると早速キャリーから材料を取り出したので俺も冷蔵庫からそのままジャーマンポテトに使う食材を取り出し始めた。
「うん? 颯流は居間でスイッチーズやりながら遊んでいても全然構いませんよ?」
確かに俺の家の2階は広く北側にキッチンとダイニングテーブル、東にトイレ、西に階段と南方角に広いスペースがあって居間としているが、その願いは聞けないな。
「何言ってんだよ。体力お化けのお前と言えども旅行で飛行機乗ったり、重い荷物持ちながらあちこち歩き回ってると疲れるだろ。せめてサラダくらい俺に任せろよ、お前程じゃないかも知れないけど俺だって料理出来るからな」
「ぁ……んふふっ。有難う御座います、是非お願いしますね♪」
こういうときくらい肩の力を抜いても良いと思うけどな……俺も久しぶりにサラダをまともに作るんだし、今回は気合を入れて出来るだけ美味しいものを目指すか。
やがて全ての料理が出来たので食べた。感想を言うと新しく出来た元幼馴染──もとい義母との最初の晩餐は美味かった……我ながら料理の腕はまだ現役のようだな。
──この後に俺から月愛の順番でお風呂に入ることになったんだが、すぐに俺が月愛の誘惑に振り回されたりしてゲームの勝負を持ちかけられることになるのだった。
【──後書き──】
幼馴染は必ずあなたの過去の黒歴史を覚えてます。
リアルでも厄介な存在ですよね。
次回から月愛視点に入ります。
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