第4話 幼馴染が義母になった。「今日から私が颯流のママですね!」


「何で……どうして……お前が……何が……起きて──」

「会いたかったですよ!! 颯流せしるにっ!! スー、ハ〜……んふふっ、相変わらず私好みの体臭で良い匂いですね〜」


 やっと状況が把握出来たのでカチンと来ると気がついたら親父に詰め寄っていた。


「親父テメエ!! 何でここで松本月愛まつもとるなが出てくんだよッ!?」

「おいおい気持ちは分からなくもないが、堅気に迷惑だから喚くな。男だろ?」

「アンっ!?」

「落ち着いて下さい颯流。それに、もう私は松本月愛ではなく冨永月愛とみながるなですよ?」

「なっ……」


 冨永月愛……なんてむず痒い響きなんだ。

 まさか本当に有言実行して見せるとは、マジで俺に家族になりやがったぞこの女。

 いやいや待て待て、流石に冗談じゃないだろうか……いやきっとそうだ。


「っ……そうか……なあ月愛、これはいつもの悪ふざけだよな? 忙しいだろう親父までここに引っ張って来たのは驚いたけど、数ヶ月ぶりに合わせてくれたんだろ? ……普段はウザったらしいお前のことだけど、今回のは嬉しかったよ……だからありがとう」

「んふふっ、どうしたしまして。でもこれは悪ふざけじゃないですよ──」

「親父も、月愛のドッキリに付き合ってくれたんだろ? 全く、忙しいはずなのにわざわざ息子に会いに来てくれたのか……久しぶりに会えて嬉しかったよ、来てくれてありがとうな」

「当たり前だろ、親が愛している子供の顔を拝みたいと思うのは当然のことだからな……けど俺たちの結婚は本気だぞ?」


 いやいや2人とも何を言ってるんだ……俺を元気づけようとしてくれた2人には感謝しているけど、それとこれとでは流石に話が違うだろう……?

 だってお前の妻になった女性は、俺の幼馴染だった女の子なんだぞ?


「いや待て待てよ……ドッキリだろこれは? 親父の上着の胸元のポケットに隠しカメラでもしくまれていて、遠くからカメラマンが構えてるんだろ? なあおい、俺はもう十分に満たされたからそろそろ走り寄って来ても良いんだぞ……?」

「何度でも言うぞ颯流、俺はお前の幼馴染の月愛と婚姻届を役所に届けて受理されたんだ」

「っ……月愛も親父の言葉を訂正してくれよ……あ、分かったぞ。そうか……お前は今日から俺の家で暮らすことになった義妹なんだよな……? いや俺より1個年上だから俺の方が弟か……今まで散々俺のことを困らせて来たから大変そうな日々を送ることになりそうだが、これからは姉弟仲良くやって行こうか……それで? お前の母のペネさんはどこに?」


 いくら周りを見渡してもテレビ番組よろしくマイクを構えた笑顔のいいお姉さんや肩にデカいカメラを構えたスタッフさんどころか彼女の母親らしき人も居なかった。


「……んふふ……私のママがもう私に会いに来ることが無いのは颯流も分かっているでしょう? もう今頃どこで何をしてるのかも知らないんですし」

「……っ」


 そこまで言ってから普段はヘラヘラ笑っていた月愛が寂しそうな笑みを浮かんだのを見て、今の俺の発言が失言だと今更自覚してしまった。……馬鹿野郎かよ俺は。


「迂闊にも口が滑ってしまった、すまん月愛……けど本当に俺の親父の妻になったのか? お前が!?」

「ええ、そうですよ! んふふっ……今日から私が颯流のママですね!」


 なんて言うことだ……さっきから親父もヘラヘラ笑うことを辞めてるし、月愛も月愛で自然に非現実的なことをあたかも当然かのように言っていた。長年こいつの幼馴染をやって来たから分かる……月愛が決して嘘をついてないことを。それどころかこの状況を心の底から楽しんでいるようにも思えた。


 幼稚園からの付き合いだった俺の幼馴染が、本当に俺の親父の再婚相手なのか。

 マジか。

 本気か?

 だって、だって……。


 月愛が18歳になったことで結婚が可能な年齢になったとしても彼女はまだ一高校生なんだぞ……? それにあんなに俺のことが大好きだった月愛が俺以外の男とそう易々と選ぶのか? 親父の財力に惹かれるような人間でもあるまい……しかも俺の親父は超絶のヤリチンで気に入った女を1人残らずに食い尽くすような男──


「親父テメエッ!! 月愛に手ぇ出したのかよ!? 見損なったぞ!!」

「キャ〜ッ!! 颯流ったら私の心配をしてくれるんですね!?」

「クハハハハっ〜! 全く、だから妻が来る前に彼女との約束で手は出してないって言ったろ〜? 成人になったのは確かだが、そもそも俺には高校生とセックスする趣味が無えんだよ」

「信じられるかっ!?」

「お前がどう邪推しようが、俺は神の名に誓って月愛の身体を見てすらいない」


 はっ、どうだか。

 腹ペコの狼が目の前の美味しそうなお肉を食わない訳がなかろう。


 なんせ月愛は通常の高校生じゃ到底辿り着けない程の肉体美を持っているからな……そう聞こえれば俺が変態のようだが、今までラッキースケベなり向こうからの悪ふざけなりで散々チラ見をさせられて来たのだ。


「んふふっ……約束の内容は颯流にも内緒ですけど、パパの話は本当ですよ〜?」

「本当かよ……益々意味がわからんぞ」


 自分の妻となった女性に挿入するどころか身体も見てないだと!? いつか俺が木下さんと結婚することになったら絶対にのめり込むと思うけどな……何故なら俺は彼女の好きだから──いや待て待て、おかしいだろ。そもそも親父が月愛に本当に一目惚れしたならばノータッチなのはあり得ないはずだ。


 月愛も今でも俺のことが大好きだってオーラがプンプンしているから逆もまた皆無だ……一体どんな約束を結んだって言うんだよ、猛烈に気になって来たぞ……。

 そう思っていると親父がチッチッチッと指を振りながら説教して来た。


「我が息子よ。可愛い子には旅をさせるように男もまた、様々な女と体を重ねることで膣からまた膣へと旅を繰り返すのが良い男に近づく秘訣だと俺は思うのさ」

「俺は思わねえよ」

「まあ話は最後まで聞け。つまり女を抱いた数だけ男の価値は高まるのさ。だからこれからの人生を謳歌するためにさっさと童貞を捨ててしまえ。俺からお薦めできる女性は人妻、熟女や経験豊富なお姉さん達だ、彼女たちは慣れているからな」


 ほんの一瞬だけ月愛の口元が可笑そうに引き攣った気がしたが気のせいだろうか。


「それから俺の言う通りに女たちと関わって行けばお前がアラサーになる頃には年下の女性からも誘われるだろうが、誓って18歳未満の女性には手を出すんじゃねえぞ? そこの具体的な基準は国の法律によりけりだが面倒事は避けるのが1番だ」

「心配せずとも元からそのつもりは無えよ」


 到底自分の息子に言い聞かせるようなことじゃないと思うんだがな……そういった意味でも俺の親父は一般的な父親像とはかけ離れた存在であると言える。

 元より本業がラッパーの父親なんてそうそう見られないことだろう。その上複数の国の会社を持っているから海外を飛び回るし──


「ちょっと待ってくれ親父、お前もしかして月愛を一緒に海外へ連れ回すつもりか?」

「アハっ。颯流は私が居なくなるのを寂しがってくれるんですね♪」

「はっ!? …………別に」


 ただ折角日本の高校生活に慣れてきたというのに、今から転校しまくる生活を送るのはキツいんじゃないかと心配しただけだが……そう言えば月愛には今まで沢山世話になって来たんだっけな。


 俺の母親が離婚したときや月愛の両親が家を出た時とかも、食費を折半しては2人分作りに来たりとお互いを支え合ってきたな……普段から愛情が重過ぎて辟易させられてムカつくが、ほんの少しだけ寂しさを感じるかもな。


「ハッハッハッハ、この後に及んでツンデレとか可愛いじゃねえか颯流よ」

「うるせえ……っ!」

「んふふっ」

「だがまあその質問に答えると、それは無いから安心しろ。月愛は今まで通りに花園高校で学校生活を送るさ、家族の進路先を俺の勝手な都合で捻じ曲げるわけにはいかないからな」

「そっか」

「つまり今日から月愛には颯流の家に引っ越してもらうのさ」

「はっ!?」


 あ、いやいや落ち着け俺……家族になったわけだし今日から母親が息子と同じ屋根の下で暮らすのは何もおかしい所が無いどころか当たり前のことだ……だがあの人間の皮を被った淫獣の如き存在が四六時中家にいることになるぞ。まるでライオンと檻に閉じ込められた子鹿じゃねえか……これは流石に妥協案を持ち出さなければ。


「何を驚いてんだお前は、久しぶりに母親と暮らすようになったんだから逆に喜んではどうだ? 詳しく聞いてみれば今までも月愛が颯流の家に入って料理しに来てたらしいじゃねえか、それを聞いたときは俺も喜んだぞ? だから何も問題は無いな」


 くっ、そりゃこうなるか……だが非常に不味いぞこれは。


 なんせ2週間も月愛が俺の家に来ていなかったせいで俺の部屋は結構荒れており、所々に服が脱ぎ捨てられていたり官能小説やエロ漫画が転がってるのが現状だ。

 これから家に上がるのが普通の女の子だったら警察に呼ばれそうな案件だが、月愛のことだ絶対に面白がって揶揄いのネタにしてくるだろうな……絶対に嫌だぞ畜生。


「いや大ありだ! だってこいつはな、今まで散々──」

「颯流……もしかしてママと暮らすのが嫌になったんですか……?」

「っ……」


 不安そうな瞳をウルウルさせながら悲しそうなトーンと表情を浮かべてるせいで、反射的に罪悪感を掻き立てさせられてしまった……相変わらず演技力が女優並みだ。


「颯流よ、その態度は今まで世話になってきた人に対して失礼だぞ? それに今日から母親になる人を粗末に扱ってやるな、これからの人生で響いてくるぞ」

「……そうだな、ごめん月愛。今までちょくちょく俺を支えてくれたのは本当に感謝してるから有難う……改めて今日から宜しくな」 

「んふふっ、大丈夫ですよ。これからも改めて家族として末永くよろしくお願いしますね♪」


 今日から波乱の日々が幕開けしそうで休む暇もなさそうだな……。

 

「……まさか幼馴染が俺の親父の再婚相手になるとはな」

「んふふっ〜颯流、2週間ほど前に私が宣言したこと覚えてますか?」

「うん? ああ……たしか『月愛は颯流の家族になる』だったなっ──」


 マジかよ本気で有言実行してしまったのか!?

 2週間ほど久しぶりの孤独を楽しんでいたから気づかなかった。

 行動力が凄まじい奴だとは思っていたが再びその化け物ぷりに戦慄してしまった。


「んふふっ、最高に良い表情を浮かべてますね颯流っ! ああその驚いた顔、堪りませんね〜」

「驚き過ぎて背筋が震えてる程だ! 世界の創造主か何かかよお前は!?」

「お、やべえ俺が次に乗る航空便まであと2時間か……よし2人とも! 今日はお父さんの奢りで食べ放題にするぞ! ガツガツ食って行けよな!!」

「んふふっ、食欲が湧いて来ましたね」

「今から楽しくランチなんて出来るかッ!?」


 まだ聞きたいことが山ほどもあるんだぞ、前代未聞だろこんなイベント!?

 そう思いながらも月愛の真横で満腹になるまでビュッフェを堪能した俺だったが。




【──後書き──】

 今日から混沌の日常生活の幕開けですね。

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