第3話 幼馴染の親父はラッパー。「実は俺、再婚することになったんだ」
それはゴールデンウィークの最終日のことだった。
俺こと
それも『コンラッド大阪』という40階建てで、大阪屈指の景色の良さを堪能出来る高級ブランドホテルであり……俺は今そんなビルのラウンジへと移動していた。
「ヨー! 我が息子よ、元気そうじゃねえか。イエェアァー!」
「……数ヶ月ぶりだな親父……そっちこそ相変わらず元気そうで何よりだよ」
そう俺にラッパーのような掛け声を掛けてきたのは俺の親父──
ラッパーのようじゃなくて実際にラッパーをやっていて海外をあちこち飛び回っているから、お金を沢山稼いでもいて俺の学費も生活費も何もかも賄ってくれている。
容姿がもう完全にラッパーのそれで先ずは茶髪のアフロヘアーから突っ込もうか。
茶髪に染めててライオンのようだが黒いサングラスを掛けてるせいで若干ターミネーターのように見えなくもない。
黒を基調とした帽子にごっついネックレスも掛けており髭の形を整えてるせいで角度によってはマフィアにも見えることがあるかも知れないから……この人が俺の肉親でも何でも無かったらまず近づくような事は無いだろうな。
「それでどうしたんだ? 急にこんな凄いホテルなんかに呼び出してさ」
「チェケラチョー! 実は俺、再婚することになったんだ。今日はその相手の女性とランチ取ることにしたから、お前とも挨拶を済ませようと思ってな」
「はあ? 親父が? 再婚? 一体何の冗談だ、今日は霰でも降るってか?」
すると急にスイッチが入ったのか目の前の親父が突然手をコミカルに動かしながら架空のマイクを持つようにして、ついでに体も揺らしながらラップを歌い始めた。
「ヨーヨー、息子のくせに、辛辣じゃねえか? 女は遊び? んなわけねー。俺は彼女達を、愛してるんだ。それを伝える言葉は、あまりにも少ない。だから仕方ない、中出しビュッビュッ、
「黙れクソ親父っ!! 公の場で下ネタ大声で出すんじゃねえよ!?」
おい見ろやお前の後ろに座ってる女性が床にコーヒーぶちまけたじゃねえかヨー。
もう既にお察しの通りだと思うが、俺の家は父子家庭なのだ。
海外を飛び回って家庭のことを疎かにし続けたかつての俺の母親も我慢したが、彼が仕事先の地元で女遊びを豪遊するかの如くしていると知ってから男を作って家を飛び出た。
2人の離婚が中学時代の出来事だったため幸いながらも、親父から必要以上の仕送りのおかげで俺はそこまで家事スキルを磨いて日常生活に苦労することは無かった……まあ当時は幼馴染の月愛がちょくちょく手伝いに来てたから感謝はしてるが。
まあ今はこの際過去を横に置いておくとしよう、閑話休題。
「……はあ、ラップはもう勘弁してくれ。それで、その女性にどんな薬を飲ませたんだ? 俺は聞かなかったことにするから、もう解放してあげなよ」
「全く、失礼な息子だ……だからそんなんじゃねえよ。オーストリアのヴィエナで出会ったんだよ」
「ヴィエナ? ……ああ。親父、日本語ではウィーンって都市名らしいぞ」
「そうか、サンキュ。それがな、凄え美人で清楚可憐は女性だったぞ……あいつの希望で名前は対面してからのお楽しみだがな」
「……そっか」
何故か意味深な笑いを浮かべた親父だったが、すぐに腕をおげさに横にあげた。
「ヨーヨー、リアクションが辛気臭えぞ颯流よ。もっとウッヒョー!! とか、美人の連れ子は!? ファイナリー俺を筆下ろししてくれる義妹は!? とか、そんな反応を期待してたんだけどなぁ〜?」
「んな訳ねえだろ。そんなのラブコメの話だけで十分だ。義妹なんてそうそう出来ねえし、仮に現実化しても他人行儀になりそうなものだ」
「ノー!! 颯流よ! 良いか、男は夢を見てなんぼなんだ! 『俺には夢がある! 世界中の美女を抱いて富永帝国を作り上げるのだ! 俺には夢がある!』とでも言えヨー。志が低いからいつまで経っても君は青二才のバージンなんだぜえ?」
「さりげなく息子をディスるなよ! あとあちこちの女を泣かせるようなヤリチンになることに興味はない!」
俺は親父のことをビジネスマンとして尊敬してる、何故なら本業のラップ以外にも他国に様々な会社を持っているスーパー起業家で如何にも人生を謳歌してるからな。
だが親としては17年間息子をやって来て、全く尊敬出来ないことがわかった……俺のことを放置したのはもうこの際あまり気にしないが、出張先でぷちハーレム庭園を築き上げる女遊びの激しさには辟易とさせられるものだ。まるで発情猿のようだし。
おかげで生存スキルに磨きが掛かったし、毎月に多額の仕送りをしてくれるからむしろ感謝をしてるし、再婚と言われて驚きはしたが『好き勝手にしてくれ』が率直な感想だ。まあ自分の母親になる人物にはこんな男に惚れたのが可哀想だと思うがな。
「なに、お前を動機付けようとしただけさ。ヤリチンは否定しないがな?」
「……はあ、親父に惚れた女性の気が知れないな」
「そう言ってやるな、あいつはお前のことも凄く気にしてたぞ?」
「はあ、なんで親父が他国で出会った女性が息子の俺のことを知ってるんだよ」
「まあ、それに関しちゃノーコメントだな」
「そうかよ」
そういえばまだ大事なことを聞いてなかったな。
「親父、その女性とはいつどうやって出会ったんだよ?」
「丁度日本がゴールデンウィーク中のことだぜ? 仕事帰りのバーで出会ったのさ」
「ゴールデンウィーク!? それじゃあたった数日しか経ってねえじゃねえか!?」
「まだ女を知らないお前にはまだ分からないかも知れないが、一目惚れの炎とは時として一瞬で大爆発を起こすに至るまで引火しちまうものなんだよ」
「マジかよ、一目惚れでそんなこともあり得るんだな」
初対面でそこまでに惹かれ合うことってあるのか……それもたった数日の出会いでもう結婚に至るまでと来た……現実ってのは本当に一瞬で変わることもあるんだな。
「ふっ、まあこの際冗談は置いておくとして」
「いや冗談って言ってやるなよ!? 相手も本気ってことなんだろ? だったらせめて関係が希薄であるかのような物言いは言葉だけでも言語化はやめてあげなよ」
仮に俺と木下さんが付き合って結婚することになって彼女がそんなことを聞いたとすれば、酷く悲しむことになりそうだな……彼女のそんな泣き顔は決して見たくないものだ。些細な言葉は時としてナイフより鋭い攻撃にもなり得るんだから。
「ほ〜? 親父としたことが、息子を見誤っちまったようだな。そっか……お前はもう大人の階段を1歩登ったんだな……好きな人でも出来たのか?」
「なっ」
「ハッハッハッハ、滅多に日本に帰ってこないが俺はお前の親父だぞ? 息子が何を考えてるのかぐらいわかるさ」
「っ……ああ、そうだよ。まだ付き合ってないが、そのうち結婚したいさ」
「そうか……やっとお前にも春が訪れそうで親父は嬉しいぞ! 大丈夫だ颯流、お前の行動次第で未来は自分の手で切り開けるのさ。だからまあ……精一杯頑張れよっ」
そう言うとその大きな手で俺の頭をガシガシと撫でて来た。
本当に俺の親父は……。
どうしようもない人間だがこんな一面もあるから憎めないんだよなあ。
「参考に聞きたいんだけどさ、親父は俺の母親になる女性とはもうヤッたのか?」
「ぷっ、クッハッハッハッハッハ〜!!」
「は、は!? 何でいきなり笑い出すんだよ!?」
「ああ、すまんすまん。お前があまりにも急にぶっ込んでくるからさ」
「……そうかよ」
「まあお前の質問に正直に答えると信じちゃもらえないかも知れんがヤッてないぞ」
「……は?」
あの超絶女好きな親父が結婚した女性とまだノータッチだと!?
「どういうことだ!? プラトニック・ラブを信条にしてる訳でもあるまいのに」
「全く、少しはオブラートに包んだ方が良いぞ? ……けどそうだな、大人にも大人の事情ってもんがあるのさ」
「
まあニュアンスが違うだろうけど、例えば金銭的に養って欲しいから渋々俺の親父に土下座でもして娘を差し出した親と巡り合った……とかな。
「いや、あいつは別に金銭的な援助が欲しくて俺と結婚した訳じゃないが、それはパートナーとの内緒ってやつさ」
「……そっか」
まあこれは親父が決めたことだし、俺に口出しする権利も無いから突っ込むのは野暮だし控えておこうか……俺の母親になる人物にも失礼だろうしな。
「ああ、そうだよ……って。お! 颯流! 来たぞ! オーイ
どうやら相手の女性が来たらしく、彼女に呼びかけたようだ。
へえ、親父が結婚したのは日本人、韓国人か中国人のどちらかの人間なんだな。
約3週間も合わずに済んだ嫌なヤツとたまたま同じ名前だったのが少し癪に触ったが、まあこれからあいつの存在は新しい家族でフェードアウトさせれば良いだけか。
てっきり金髪碧眼の女性でも連れて来ると思ってたから意外だな。
そう思いながら振り返ってみると──
胸まで掛かる茶髪ロングの艶々でサラサラしたストレートでロングヘアな髪型に所々に黒髪も混ざっていて……肌も色白でプロポーションが抜群な女性が居た。
「……は?」
パチパチ、パチパチ。
ギューっ、ギューっ。
あれおかしいな……どれだけ瞬きをし直しても、頬っぺたをつねっても夢が覚めないんだが……それともついに俺の脳味噌が歪曲させた現実を見せてるのだろうか。
情報が完結しない……何だこれ。俺は領域展開にでも飲み込まれたのだろうか──
「1週間ぶりですね颯流!! やっと会えましたよ!! んふふっ〜」
「月愛だとっ!?」
ようやく微睡から我に帰ると親父の妻となった女性に勢い良く抱きつかれた。
胸に飛び込んで来たのは、俺の幼馴染だったはずの女の子である松本月愛だった。
【──後書き──】
ラップの作曲も作詞も全て作者のオリジナルです。
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