第17話 襲撃
遠征はいよいよ折り返し地点となる4日目となった。
どうやら魔物は結構な数いるようで、1日に2回か3回程度の襲撃を受けていた。
数は1匹だったり、5匹だったりとまばらだがモールの罠もあって特に問題なく対処できていた。
現在の時間は昼頃、俺たちは
「なあ、今日静かじゃねぇか?」
「森が、ですかぁ」
確かに今日は朝から動物の姿が見えていない。
さらに言うとこの時刻であればこれまで一回は起こっていた魔物からの襲撃も確認できていない。
これまでに無い不気味な静けさに悪い予感がしているのは俺だけじゃないらしい。
「念のため、今日はいつもより少し広い範囲で探索してこようと思います」
「あぁ」
「はい!」
準備を終えると俺たち3人は洞窟の表の方から森に出た。いつもは、洞窟の表から出て、岩山に沿って南へ下り、帰りは少し膨らんで森へと入るルートを取っていたが、今日は初めから森の方へ出るルートを取りさらには北方向へと出て行こうと思う。
二人にルート変更の了解を取って俺たちは探索に出た。
俺たちは1時間ほど歩くとあるものを見つけた。
地面に空いた1メートルほどの大きさの穴、入り口の横に突き刺さった錆びた剣。
「ゴブリン、ですね」
「前のよりも小せぇな。それに中にゴブリンがいる気配もねぇ」
どうやらゴブリンは洞窟などのちょうど良い住処が見つからない時には、地面に穴を掘って塒とすることが多い。そして塒の横には彼らの道具が置いてあることもまた多いのだ。
だが不思議なことに彼らの道具となる剣は置いてあるにも関わらず、彼らの姿が無いのだ。
周囲を調査すると、塒の持ち主のものと思われる血痕が見つかった。それも大量に。
「もしかするとクラスメイトかもしれませんよぉ」
「それならまだ良いのですが」
俺たちで対処不可能な魔物が現れでもしたら、教官の救援も間に合わないかもしれない。
こちらにはモールもいるので逃走の際にもギドか俺が抱える形となってしまい、獣系の魔物であれば簡単に追い付かれてしまう可能性もある。
「今日は念のために拠点に戻りましょうか」
拠点に戻れば周囲の罠によって足止めができる上に今後の探索の際にはモールには拠点で待機してもらうことにすれば問題はないだろう。
そういった諸々を考えた上で今日は探索を早めに切り上げることにした。
幸いにも支給された保存食にも余裕はあるので帰りにウサギなどの小動物がいなくても大丈夫だ。
──────────
拠点までもう少しというところで異変に気付いた。と同時にモールを抱きかかえその場を飛び退いた。
「ぐえっ」
彼女の腹が移動の勢いで圧迫されて変な声が出てしまった。すまない、許してくれ。
先ほどまでモールがいた場所には矢が刺さっていた。
「ちっ、あいつらか」
見ると木の上には遠征の前にモールを囲っていた3人組がいた。
「よお、やっと見つけたぜぇ」
「覚悟しろよ」
そう言うと3人組によるラピッドアローが放たれる。俺はモールを木の影に逃すと、背中の弓を取り外し矢筒から2本矢を取り出す。
ギドもラピッドアローにより3人に応戦するがやはり数の差は大きい。
見たところギドの方が3人の誰よりも弓の練度は高いが苦戦しているようである。
俺は矢を放った。ダブルショット、同時に2本の矢を射る職能である。
3人のうち俺の射線に入っていた2人へと直進する。
「!!」
二人は驚いた様子で木の影に体を隠す。彼らのいた空間を矢が貫く。
俺たちはその隙に洞窟へと駆け込んだ。
洞窟内には先に退避したモールの姿があった。
「しばらくここで応戦します。ギドは援護をモールは打ち合わせ通り撤退の準備を」
「任せとけ!!奴らに風穴開けてやるぜ」
「もう出来てますよぅ」
「それならモールは出口の付近の偵察をお願いします」
「わかりましたぁ」
モールはそのまま洞窟の奥へと走っていった。彼らは確かに乱暴者だが愚かではない。おそらくフェリクス達もすぐにやって来る。
ここでどれだけ彼らを足止めできるかは俺とギドの腕にかかっている。
俺は手元の短弓を見つめた。
「ルートっ!来たぜ」
ギドの言葉に促されて洞窟の影から外を見ると先ほどよりも大人数が森からこちらへと向かっているのが確認できた。おそらく人数は十数人。そのうち数人はモールの罠を食らったのかボロボロである。
彼らは戦力にならないので、実際に無力化しないといけないのは10人程度
「いくぞ!奴らはあの洞窟の中だ!」
そしてその中には彼らを扇動するフェリクスの姿があった。
やはり今回の遠征訓練で手を出して来るだろうとは思ったが、予想外の人数である。
彼ら全員が手元の弓に矢を番えた。
「打て!!」
フェリクスの号令で一気に矢が放たれる。
形作られた弾幕が俺たちを襲うが、こちらは洞窟という射手の天敵ともいえる地形を味方にしている。放たれた矢のほとんどは洞窟の壁に弾かれて落ちる。
俺は矢筒に手を掛ける。
──────────
ミハイルとの訓練の時だった。
「実はルートのラピッドアローはラピッドアローではないんだよ」
「ラピッドアローは速射の職能であって、連射ではないんだよ」
確かに俺はラピッドアローを連続で行使することが出来る、しかしそれは他の人間もそうなのだと勘違いしていた。
「じゃあ何と言う職能なんですか?」
「ルートが使ったのはラピッドアローの一つ先。その名も──」
ミハイルはいつものように人差し指を立てて言った。
──────────
「『マシンアロー』」
俺一人の手によって彼らの弾幕を抑える。
それがこの籠城を成り立たせる最低限の条件。
連射により彼らのペースを乱すことはできたがそれでも向こうのほうがまだ量は多い。
一本では足りない、ならば。
腕に気力を纏う。これからすることは素の身体能力では負担が大きい。
特に指先に強く纏う。
番える矢の数を2本に増やした。
速射のマシンアローと同時にダブルショットを行使した。
初めて実行した技だが思いの外うまく行っている。
これでやっと彼らと互角になった。
どうやら彼らの中に俺と同等以上の技量を持つものはいないようだ。
そして、ここでやっとギドの能力が生きる時がやってきた。
彼の矢は俺とは比較にならないほど強い気を纏っていた。
やがて鋭い弧を描いた弓はその緊張を解き放った。
「いくぜっ!」
彼らが盾としていた木へと突き刺さった矢は纏っていた気を爆発へと変換した。
その後ろに隠れていた者たちはその爆風によって吹き飛ばされる。
このまま彼らを押し返すことが出来るかに思えたが、彼らも流石は狩人だった。
「ギド!!」
彼らの後ろに控えていたフェリクスも先ほどギドが放ったのと同程度の気を纏った矢を番えていた。
俺はギドに声をかけると急いで洞窟の奥へと逃げ込んだ。
後ろで轟音が響いた。岩壁が爆発によって揺らされた。
さらさらと衝撃で上から砂が落ちてきていた。
「ルート、すまねぇ。油断した」
「大技の後に油断してしまう気持ちはわかるので気にしないで下さい」
「それじゃあ、この後は作戦通りに」
「あぁ」
──────────
「ナコフ」
フェリクスは洞窟の入り口付近にて、自身と最も関わりの深い黒髪少年に声を掛けた。
ナコフ、背高の少年は普段の気弱な表情を引っ込めて油断なく洞窟の中を見渡していたが、フェリクスの問いかけに対して隣に意識を向ける。
「奴らはいるか?」
「たぶん、いない」
「抜け穴は無かった筈だが」
「偽装されていたかも」
ルート達が出口に施した偽装はフェリクス達に見破ることは出来ていなかった。
フェリクスはその事に気づくと舌打ちをして、回り込まれての襲撃を防ぎながら洞窟を探索するために班員を分けることにした。
「動けるのは何人だ」
「9人っす」
応えたのはフェリクス達の中でも暴力的な3人組のリーダーだった。
彼はフェリクスに一度返り討ちにあった経験から、彼に対しては敬語を使うし、命令は何でも聞く舎弟のような立場になっていた。
彼の言葉に対しフェリクスは、不機嫌になる。
「3人に対してこちらが15人で襲撃したにも関わらずこちらは9人。その上向こうは誰一人脱落していない。これは、どういうことだ?」
3人組のリーダーは彼の言葉に金縛りにあったように動けなくなる。
彼の口はパクパクと言葉を探すが結局声が出ることは無く時間だけが過ぎ、フェリクスが飽きたように彼から視線を切る。
フン、と鼻で彼を嗤ったフェリクスは全員に対して手を広げて話し出す。
「これから奴らへの追撃に行く。3人はこちらに残れ。俺とナコフ、それとそこの4人で洞窟へむかう」
ナコフを入れるのは、彼らの中で最もナコフが感知能力が高いからである。
怪我人の護衛を3人組に任せてフェリクス達は洞窟へ向かった。
洞窟に入ってしばらく。
「ここ、糸があるから屈んで」
またその後には
「ここ、落とし穴」
「そこの棒踏むと、釣られるから気をつけて」
ルート達が仕掛けた罠の数々はナコフの手によって回避されていた。
「凶悪だな」
「確かに、でも対処できないほどじゃない」
フェリクスは友人の有能さに少し機嫌を良くして、腕を組んで頷いていた。
「おそらく出口で待ち伏せされているだろうが、今度は俺が先頭で行く」
彼らは見たところ、チャージアローは発動までにタメを必要とするようだ。
時間稼ぎを一人でしている点以外はこちらと同じ戦略だった。
ならば彼一人を、フェリクスがシールドで抑えれば良いのだ。
そうフェリクスはひとりごつと、ナコフに先を促す。
そろそろ出口かと言うところにあったのはいつかの訓練で見た黒玉。
そして火の着いた導火線。
爆弾である。それも爆発直前のもの。
「な!?こちらの来るタイミングを読んだのか!!ナコフ、線を切れ!!」
「うんっ!」
ナコフは導火線を切ることで爆発を防ごうとすべく、短剣を抜きながら前へと飛び出した。
その瞬間、ナコフの足が何かを踏んだ感触を捉えた。
糸、その先に繋がった。爆弾
「あ」
導火線はブラフでこちらが本命だったか、と気づいた時には遅かった。
──────────
ドーンと、下から突き上げるような重い音が響いた。
俺たちは先に逃げていたモールと合流し、岸壁の上に立っていた。
「引っ掛かりましたね」
「怪我とか大丈夫でしょうかぁ」
「死にはしないし問題ないでしょう。安全な量しかもらってないんでしょう?」
おそらく彼らは擦り傷程度で済んでいるだろう。
それだと彼らの戦力を削れないのに大丈夫なのか、と思うかもしれないがあの爆弾の狙いは別のところにある。
「ほら、集まってきましたよ」
俺たちは殺傷能力の高い爆発物を所持することは出来なかった。
そこで少量の爆発で効果を得るために、最近薬師婆のところで作った薬を使用することにした。
それが、魔物誘引薬である。
彼らの強みは人数差からくる物量差にある。
ならば、こちらは魔物という物量によって彼らが疲弊したところを叩けば良い。
既に数人は怪我で身動きできない状況にあるだろうし。
森から続々と
そこまで黙って下を見つめていたギドが何かに気づいた様子で声を上げる。
「ルート、あれ」
指差された先には、フェリクスたちの守る岸壁へと走って来るゴブリン。
そして
「なんですか。アレ」
そのゴブリンを追いかける、2つの首を持つ異形の魔物の姿だった。
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