第15話 遠征

「え〜、これより遠征訓練を開始するっしょ」

「…」


 狩人の街から離れた、普段は入れないあたりの深い森まで今日は馬車でやってきていた。


 正面では相変わらず愛想の悪い白髪の教官(ディクソンという名前らしい。最近知った)と真逆に軽すぎる若い教官が説明をしていた。


「──というわけで、簡単に言うと今回の課題はこのフィールドで生存することっしょ。ついでに最下級魔物を狩れば加点したりしなかったり、みたいな?」


 どっちなんだ。

 まぁ課題のことは事前に聞いていたので加点されることは知っているし、現在している説明を真剣に聞いている者は少ないが、あまりにも適当すぎてこちらも力が抜けてしまう。

 最下級


「まぁ、もし?危なくなったら?腕輪の魔術具に気を流せば?俺たちが助けに行く、みたいな、感じだから?ためらわずに使うっしょ」

「…」


 俺を含む生徒達には事前に青色の宝石らしきものが埋め込まれた腕輪が配られており、これによって救難信号を送ることで対になる教官の魔術具に生徒の現在地点が送られるようだ。


 今回使用するフィールドは四方十数キロほどとなっており、教官でもすぐに走破できる距離ではない。そのためこれだけだと救援が遅れてしまえば下手すると死んでしまう、といったことになりかねない非常に危険な訓練である。


 毎年、この訓練によって死亡する生徒がいるらしい。しかし兵役となれば狩人はフィールドでサバイバルを行う必要が出ることは多々ある。そのため必要な訓練と言えるだろう。


 しかしさっきからディクソン教官が微動だにしていない。もしかして、し、死んでる!?




 そんな冗談を考えていたが、先ほどからフェリクス班含む複数人からの視線がとても痛い。

 おそらく俺たちを敵視しているのは三つの班、合わせて十数人程度だろうか。

 今のうちに彼らの顔を脳裏に焼き付けておく。


 教官たちの説明が終わり、訓練が開始される。どうやら複数の班が固まることのないように班ごとに時間を開けてフィールドに出すようだ。



 2班が順番にフィールドに出ていき次は俺たちの班の番となった。


「ドットルート班、出発だ」


 白髪の教官の号令で俺たちはフィールドに出た。教官たちが待機している天幕が見えなくなるほどまで離れると俺たちは会話を始める。


「どうやら、学校の裏の森よりも岩場が多いですね」

「仮拠点は洞窟に作りますかぁ?」

「それだと戦いにくくないか」

「フィールドには魔物もいるので森にそのまま天幕を張るのは余りやりたくないんですよね」


 通常は見晴らしのいい平原で見張りを立てて休息を取ることが多いが他の班が俺たちを狙ってくる可能性がある以上、余り囲まれやすいところで休息を取るのはしたくない。


「それに、こちらにはギドもいるので、むしろ洞窟の方が接近戦に持って行きやすいです」


 万が一洞窟での戦闘となっても、入り組んだ地形では弓は使いづらいだろう。代わりにこちらも弓は使えないが相手の人数という有利は地形によって潰せると思う。


「わかりましたぁ。私も洞窟でいいと思いますぅ」

「分かったぜ。ルートの言う通りで俺もいい」


 しばらく森の中を歩くと見上げるような高い岸壁にぶつかるのでこれに沿って洞穴を探し歩いた。


 遠征訓練が始まったのがちょうど正午程度だったので、小腹を満たすために全員で干し肉と携帯した乾パンをかじりながら進む。


「思ったより渡された飯が少ないですね」

「俺!村にいた頃はウサギとか捕まえてたぜ」

「それなら俺は野草を探しましょう」


 俺とギドが食料探しに出ることを言うとモールも何かできることはないかとウンウン唸っていたが、生憎モールには食料探し以外に大事に任務があるので心配する必要はないのだ。



 やがて数キロ程も続いた岸壁の側面に大きな穴が見えた。

 二人に洞穴の前方で見張りを頼んだ上で俺が中に入って様子を確認する。


 穴のサイズは俺たち3人で並んでも幅は余裕がある程度だが高さは大人の背丈より若干高い程度で俺たちに取ってはむしろ使いやすそうだ。


 しばらく進むと数十メートルほど曲がりくねった道の先で岸壁の向こう側に出た。

 こちらの出口はうまく草むらの中に紛れていて外からは出口が見えづらいようになっていた。


 念のためさらにカモフラージュを足して万に一つもこちらから人が入らないようにする。


 洞窟の中は途中でコウモリ等がいたが魔物の姿や形跡はないので大丈夫そうだ。


 帰りも念入りに確認した上で二人の元に戻った。


「どうやら向こう側に出口があるようです。それ以外は特徴のない一本道です。とりあえず出口は分からないようにカモフラージュしてきました」

「ここを拠点にするんだな」

「そういうことです。荷物は入り口近くに置いて、モールは魔物用の罠をお願いします。俺たちは食料を探すことにします」

「わかりました!」

「おう」


 モールは握り拳を正面に作って気合を入れて早速ツールを取り出していた。俺とギドは二人で森の奥へ連れ立った。


 行きがけに野草を摘んでいると、ギドが何かに気づいた様子で俺に合図を送る。遅れて俺も生き物の気配に気づきゆっくりとギドの見ている先を覗くと山ウサギの姿があった。


「(しー、見てろ)」


 ギドはジェスチャーと口の動きで俺にそう伝えると、いつの間にか持っていた石を気力で強化された腕力で投擲する。


 むしゃむしゃと草を食んでいたウサギの頭が潰れ、力を失った体は前のめりに崩れ落ちる。

 喜び勇んだギドはスキップでウサギの死体に近づくと足を持ち上げ俺に見せつけてきた。


「いよっし、肉ゲット!」


 確かにギドの気力で強化されればこの威力も頷ける。

 どうやら頭を潰したのは血抜きのためでもあるようで、そのまま近くの川に晒すことで血を抜いていた。


 運よく短時間で食料を手に入れた俺たちは洞窟の前まで戻ってくると木に何やら巻きつけているモールの姿があった。


「あ!そこ踏まないでください!」

「おっと」


 クルンと木の上から飛び降りると彼女の茶髪の三つ編みも宙を踊った。

 俺たちは足元のワイヤートラップを跨ぐいで彼女に元へ行った。


「トラップの位置を教えてもらっても構わないですか」

「はい。今回仕掛けたのは魔物用なので、お二人なら大丈夫と思いますが、ここの罠は誤って踏むと足が吊り上げられてしまうので気をつけて下さい」


 その後もモールの説明を受けて、確かに狩人であればかからない程度の罠であったが夜など視界が効かない状況もありうるため念のため頭に入れておく。


 全ての罠の説明を受けた頃、空が赤らんできて拠点に戻ろうとした頃。


 がさりと近くの草むらから音がした。


 俺たち3人はすぐさま一塊になり音の出どころに注意を向ける。


「グギャギャギャ」


 出てきたのは俺たちと同程度の体格、痩せ細って浮かび上がった肋骨とそれとは対照的にぽこりとでた腹。肌は緑色を帯びており、知性を持たないことが窺える下卑た瞳を持つ人型の魔物。



 ゴブリンがいた。

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