第12話 勧誘

 狩人学校のクラスについてこれまであまり意識したことはない。というのも、クラスと言われる単位で行動するのは座学のみであるからだ。


 技能の訓練は人によって進度が大きく異なるため、別々で講習を取らせる様にしたほうが効率が良いのだ。

 加えて俺は座学の時には座学のメモを取りながら気力操作の訓練をいつもしていたため、クラスの雰囲気に気を配る余裕など無かったのだ。


 正直ギドが言っていた様にクラスの雰囲気が悪いなんて俺にはどうでも良かった。訓練さえできればこの学校にいる意味はあるだろうし、むしろそれ以外の何も求めない。


 だがそれが訓練への参加に関係あるとなれば話は別である。遠征訓練のためにも、俺は土人族ドワーフの女の子を勧誘する必要があるのだ。

 そう、勧誘の必要があるのだが。



「すみません。土人族の女の子がどこにいるか分かりますか」

「え、何?話かけないでくれる」

「やば、鶏人族ニワトリモドキが話しかけてきたんだけど」

「……申し訳ありません」


 次の日


「あの、土人族の女の子が、」

「喋んなよ亜人」

「つかウザ、あっち行こうぜ」

「…………」


 次の日


「すみません。ど、」

「ペッ、」

「ペッペッペッペ」

「………………」


 次の日


「すみませ、」

「「「きゃー」」」

「……………………嫌われすぎだろ」



 心が折れてしまった。ここまで嫌われているとは予想してなかった。確かにクラスがこんな状況では過ごし辛いだろう。というかあだ名が増えていた。

 そのためかもわからないが、例の女の子との接点は座学の授業ぐらいしか無いのだが、それが終わると彼女はすぐに姿をくらます。食堂にいるところも見たことがないし、俺やギドとは系統の異なる狩人の様で講習でも見かけたことが無い。


 なので姿が見えない時にはクラスメイトに居場所を聞くしか無いのだが、これもロクに出来ない。

 授業直後に話しかけようにも、彼女は授業が終わった瞬間にダッシュで逃げ出す様に教室を出るのだ。しかもエンハンス身体強化まで使って。



 そんな神出鬼没な彼女を捕まえるために女子寮の前で待ち伏せすることにした。この方法は確実ではあるがあまり使いたくは無かった。というのもただでさえ悪い俺の評判がおそらくこれによって地に堕ちる。

 さっきから寮門を通る女の子達の視線が痛い。

 他者の視線を気にしない方の俺でもトラウマになってしまいそうな程に視線と囁き声が胸に刺さる。なまじ耳が良いだけに会話の内容も聞こえてしまってタチが悪い。


 そんな捨て身の策が功をなしたのか1時間ほどで彼女は現れた。

 ただでさえ身長の小さな種族であるのにもかかわらず、その小さな体をさらに小さくしながら周りをキョロキョロと警戒している。

 土人族の女性は大抵恰幅が良くて身長が低いのが普通だが彼女の見た目は年齢に比べて身長の低い普人といった感じだ。

 俺は彼女の前に歩み出た。


「すみません。1年生のモールさんですか?」

「ひぅっ!いえ、い今急いでるので」


 緊張しすぎで、まるでナンパをあしらう女性の様な対応になってしまっている。


「同じクラスのドットルートです。モールさんと遠征訓練の班に勧誘するために待っていました。ストーカーとかではないです。決して」

「うぅ、あなたのことは知ってます。でも、ドットルートさんと組むのは、ちょ、ちょっと。うわさとか聞いてますし、怖いですし」

「そ、それは出鱈目です。根拠の無い批判は衆愚政治の呼び水となりひいては腐敗の元となります。これは……、と、とにかく!挙動不審だったのは怪我をしていたからなんですよ」

「そう、なんですか?ごめんなさい」


 なんとか誤魔化すことができた。咳払いをして気持ちををリセットすると、本題に入る。


「モールさん、遠征訓練の時に班を組む相手がいないですよね?」

「はいぃ」

「こちらも最低人数の3人まであとひとり足りないんです。そこで、モールさん、一緒に班を組みませんか?」

「うぅ、でもぉ、んぅ……はい」


 ということで土人族の女の子改めモールが仲間になった。


 ————————


 しばらく彼女と会話を重ねることで彼女のことが分かってきた。彼女はどうやら俺たちとは異なるカリキュラムを受けているらしい。俺たちが狩人の中でも弓や短剣といった戦闘を主とするのに対して、彼女は罠や斥候といった動きを主とする狩人として訓練しているらしい。


 俺たちも罠を見破ったり、隠密に徹したりするための訓練を受けていたりするためスネアトラップ程度なら作れるが、彼女はもっと高度な罠を作ったり解除したりするらしい。


「このワイヤーだけで罠を作れるんですか?」

「んっと、ワイヤーだけでもできますけど、基本は岩とか木とかのしなりを利用したりします。市街地だと扉をスイッチにして爆発、とかです」

「爆発、というとモールは爆弾も自作できるんですか」

「わ、私は危ないからまだ教えてもらって無いけどできる人もいるみたいですっ」

「それ、怪我とか無いんですか?」

「半年前の交流戦からずっと法術学校の生徒と教師が駐留しているから治療してくれるみたいです」

「なるほど、法術を鍛えるなら実際に怪我を治す方が得ですしね。それでも流石に死んでしまったら治療はできないでしょう」

「そんな大量の火薬を使うことは無いですよぅ」

「確かに」


 彼女が持ち歩いていた道具を手に罠談義に花を咲かせていると、彼女の警戒が最初より確実に解れているのが分かって少し嬉しくなった。彼女も会話に飢えていたらしい。

 そうやって話した後、俺は本題であるクラスの亜人排斥の状況についてモールに尋ねることにした。

 彼女は少しこの話題を恐れている様であったが、俺の言葉を聞いてコクリと頷くと話してくれた。


「私が気づいたのは二ヶ月くらい前ですぅ。クラスの人たちが放課後どこかで集会をしてるって聞いてからしばらくしたら、みんな私につめたくなっててぇ。とくに男の子が私みたいな普人以外の子をいじめてるのをよく見ます」

「……話してくれて、ありがとうございます」


 集会か、いよいよきな臭い。

 クラスメイトの誰かが思想の発生源だと思っていたが、どうやらそうでは無い可能性も考えなければならないのかもしれない。


「明日はギドと顔合わせをしてもらいます」

「分かりました。放課後、待ってます」

「はい」


 そうして俺は名誉と心の傷トラウマとその他諸々と引き換えに一人の仲間を得たのだった。

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