第9話 弓剣

 今日は交流戦の最終試合、戦士学校と狩人学校の組み合わせで行われる。


 昨日行われた試合は狩人と魔術師だったようだが、結果は狩人の勝利。


 ステージの端と端でそれぞれ魔法と矢を打ち合う形となったらしい。


 1発の威力に優れる魔術師が相手とあって同じく遠距離が主の狩人は一見相性が悪いように思われるが、森の中に学校を建てるだけあって機動力は高い。


 そのため狩人たちは魔法を避けながらスナイプアローを連発して決着となったらしい。


 向こうにも風魔術師がいたので結構粘ったが火力専門の魔術師では弾幕を突破することは出来なかったようだ。


 出店で買った焼き鳥を手に持って試合を観に校内を歩いているとミハイルの姿を見つける。


「みはい……」


 声を掛けようとした所でその近くの人影に気付いた。前に見かけたことのある緑髪の先輩だ。ミハイルの頭が彼の肩までしか届かない程に身長に差がある。


「今年は出ないつもりか?」


「出ないも何も、僕程度じゃ力不足だよ」


 ミハイルがわざとらしい謙遜が先輩の癇に障ったようでこめかみをひくつかせながら語り出す。


「それで俺の機嫌でも取ったつもりか、小賢しい餓鬼が。俺たち狩人が何故このような優遇を受けるのか分かっているだろう、この場で活躍しないでどこでするつもりだ」


 体格が良く威圧感のある先輩なので、語気が荒いと怒っている様に勘違いしがちだがどうやらミハイルを諭そうとしている様だった。


 対するミハイルは彼の言葉をのらりくらりとかわし続けていた。


 結局先輩の方が折れたようだ。

 呆れた様子で去って行った。


 それを見送ったミハイルはため息を着くと、こちらを見ずに語りかけて来た。


「家関係の知り合いだよ。顔を合わせたことはないけどね。どうやら手紙か何かで僕がここに入ったことを知ったらしい」


「盗み聞きしてすみません」


「こんなとこで話しておいて聞かない方が難しいよ。……それじゃ僕は用事があるから行くよ。観戦、楽しんでおいで」


 ヒラヒラと手を振りながら試合場とは異なる方向へ歩いて行った。その後ろ姿をしばらく眺めた後に俺は手に持った焼き鳥に齧り付いた。


 もぐもぐ、ごくん。美味い。




 試合場に着く頃には両手にあった焼き鳥は半分ほどまで減っていて、祭りの雰囲気に少し浮かれている事に気付いた。

 この年でと、一瞬思ったがよくよく考えると、というかよくよく考えなくても俺は「ななさい」なので浮ついていても特に問題はない。


 が、精神が肉体の年齢に影響を受けているのかも知れない。今後もそういう事がある可能性を頭に入れておいた方がいいだろう。


 隣にいるギドは側から見ても分かるほどにソワソワしていた。


 ギドは一昨日の試合での戦士たちの戦いがいたく気に入ったらしく、今日の試合にも期待しているらしい。

 確かにギド達鬼人族はその多くが戦士に適性を持つらしいので、戦士に憧れを持つ子供も多いのだろう。



 観客達は段々と静かになっていき、隣の人の呼吸音が聞こえるほどまで静まった所で生徒達が入場してきた。


 戦士の中でチラリと見つけたマリクも前回より緊張が取れていて調子が良さそうに見える。


 左手を腰の剣に添えて、油断なく前を見つめている。いつもは無表情に近い彼の口が上機嫌に弧を描いていた。



 昨日の試合を見ていないため、狩人の生徒達の姿を見るのは今日が初めてとなる。


 卒業が間近であろう年齢の者達の中で、緑髪の先輩の姿が見えた。


 ギドに確認したところ、彼はリーヴィという名前らしい。マリクと同じか一つ上程度の年齢らしく、その年齢で代表に選ばれると言う事は才能に長けている事が窺える。



 こちらはマリクとは対照的に無表情というよりも不機嫌そうに見える。どうやらあの顔がデフォルトのようだ。

 その手にあるのは多くの狩人が好んで使用する短弓ではなく少々サイズの大きい弓だった。


 ただでさえ相手は速度のある戦士なのにも関わらず強気な装備選択に驚いた。


 どうやら彼は純後衛として今回の模擬戦に挑むつもりらしい。



「始まるぜ」


 ボリボリと焼鳥を貪っていた手を止めてギドが呟いた。

 試合場の端に教官が進み出る。


 どうやら老年の教官で俺が今まで講習を受けた事のない教官だった。恐らく上級生の講習を担当しているのだろう。


 やがて会場が静まると、教官が手を大きく上げた後振り下ろし試合開始の合図をした。



 瞬間戦士チームは気力を纏いながら飛び出し、狩人は矢に気力の充填を行う。


 先に攻撃を仕掛けたのは、狩人。


「なっ!、ヤベェよ、あれ」


 ギドが思わず叫んだが、俺もその通りだと思う。



 狩人の一人が矢の雨を降らす職能、『サウザンドアロー』を放つ。文字通り雨の様に広域殲滅能力の高い攻撃が戦士チームを襲う。


 この職能は攻撃の威力範囲共に高い代わりに、腕への負担が大きいと聞く。事実、これを放った狩人は激痛により気力の充填もままならない。今回の戦いでは使い物にならないだろう。


 殆どの戦士が防御や回避に力を割く一方、狩人達は必殺の一撃を狙ってペネトレイトアローを放つ。


 矢の雨に加えて気力での防御が難しい攻撃に、1人が貫かれた。


 貫通した矢はそのまま地面に半ばまで突き刺さった。


 残りのメンバーはそれぞれ矢を叩き切るか、避けるかして直撃を回避していた。



 その中でリーヴィ先輩の矢が戦士チームに放たれたのが見えた。その矢はペネトレイトアローやチャージアローなどとは異なる気力を纏っていた。


 その矢に1人の戦士が気付き、左に躱したと思った瞬間、彼の足に刺さったのだ。


「あガッ」


 予想外の負傷に思わず声を上げていた。先程の攻撃は明らかに射線の外にいたにも関わらず矢が彼に吸い込まれるように当たったのだ。


 続けてリーヴィ先輩がまた矢を放つ。


 放たれた矢が戦士チームのもう1人、マリクの元へ向かう。マリクはレインアローの中で大きく回避するのは危険と判断したのか、この射撃に対して迎撃で対抗することに決めたようだ。


 直剣に気力を纏い振り上げる。タイミングを合わせ振り下ろす寸前に、その矢は急激に加速した。


 彼の腹部に矢が刺さった。振り下ろした剣は目標を失うと同時に衝撃で手から零れ落ちた。


 この間に処刑剣使いによって狩人2人が切り捨てられ脱落し、逆に戦士の1人がペネトレイトアローにより脱落した。


 つまり、残りの戦士は処刑剣使いのみ。

 対して狩人はリーヴィ先輩含めて3人残っていた。


 狩人は横に大きく広がっていたため剣士とは距離があるものの、試合開始直後よりも圧倒的に近い位置のため状況は余裕のあるものではない。



 ここで残りの狩人のうち1人が短剣に装備を切り替え盾役として飛び出す。


 同じく剣士も飛び出し交差する直前に狩人がもう片方の手でナイフを投げる。

 その動きを予想してか、剣士は首を傾ける最小限の動きでこれを躱し、切り上げによって狩人を倒す。


 僅かな時間もない結果に狩人が無駄に1人失ったかに思えたが、剣士は足に矢が刺さっていた。


 先ほどの攻防の間にリーヴィ先輩がサイレントアローによって視覚外から太腿を狙い撃ちしていた。



 刺さった矢に気付いた剣士は歯を食いしばると、無理やり構えを取り残りの狩人へ突進する。


 もう1人の狩人が試合開始直後から気力の充填をしていた特大のチャージアローを放つ。

 可視化された気力の奔流が剣士を貫くべく放たれた。


 一方の剣士は一昨日見た様に赤い気力を波紋の様に刃に纏わせる。こちらもここが正念場だと悟ったのか、気力の使用に惜しみがない。


 上段に構えられた剣がそれこそ処刑の様に力の限り真っ直ぐに振り下ろされ、チャージアローと衝突した。


 チャージアローは蓄積した気力を解放して爆発し剣士を包み込んだ。



 観客が固唾を呑んで見守っていると、砂埃が晴れ剣士の姿が見えた。


 その姿は剣を振り下ろした姿勢のまま停止していたが、やがてふらりと体勢を崩し後ろに倒れた。


 その腹部には矢が刺さっており、爆発の瞬間にリーヴィ先輩が放った事を察した。



 この瞬間決着し、観客は大きく沸いた。

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