第8話 森練
交流戦の2日目俺は森の中にいた。何故交流戦が行われているにも関わらずこの様な場所に居るのかというと、
「今日の試合はマリクも出てないから応援も要らないだろうし、魔術師と狩人だと撃ち合いになるから見所もあまり無いだろうからね」
そう言われてしまうと教えを乞う身としては何も言える事は無くなってしまう。
「よろしくお願いします」
「うんうん、よろしく」
ニコニコとしながらミハイルは頷き、こちらにナイフを渡してきた。刃渡が20センチほどの鉄製のものだった。
刃の上に指を滑らせてみる。指先がぱっくりと裂けて血が流れ出した。
「あの、これ、刃を潰して無いみたいですけど?」
「最近買ったばかりだからね」
それは刃が潰れて無い理由であって、刃を潰して無い理由では無い。
刃が潰れて無い原因ではなく意図を問いたかったのだが。
「折角傷薬もあるし、痛みがあった方がより身につくからね、それに」
こちらをチラッと見た。
「こっちの方が強くなれる」
「……分かりました。よろしくお願いします」
ミハイルがナイフを右手に構える。中腰でどの様な動きにも移行出来るニュートラルな姿勢を取る。
「うん…取り敢えず一度試合をしてみる事にしよう。好きなタイミングで来ていいよ」
「それでは…行きますッ」
素早く前に踏み込む。後少しで間合いに入るところでミハイルが前に踏み込んでくる。
そこを狙ってナイフを突き出す。が、その刃は空を切った。
ミハイルは前に出ていなかった。
どういう事だ。確かに前に出てる様に見えた筈だ。
彼が振るナイフを慌てて横に飛ぶことでかわす。
そのままもう一度構えをとる。
ミハイルは動いていない。今度は逆に待ちの姿勢に徹する。
まだ来ない……まだ……まだッ
気付いたら目の前にいたミハイルが斬り払い。
「チッ」
屈んで避けようとしたところで、顔面に膝蹴りを入れられる。
「!ガァッ」
痛みで視界に星が散る。ちょっと鼻血が出た。
体勢が後ろに傾いたところで利き腕を脇に挟まれ膝で胸元を当てるようにして地面に押さえつけられる。そのまま首元にナイフが添えられた。
俺が負けを認めると、技を解いて立ち上がる。
「何をしたか分かった?」
「フェイント?みたいな奴ですか。ミハイルが踏み込んだと錯覚させられました。後もう一つはよく分からなかったです。知らないうちに目の前にミハイルがいました」
「一応認識はしてるみたいだね」
ミハイルによると使用した技は2つ。
踏み込んだと見せかける虚歩。
踏み込んで無いと見せかける消歩。
まずは戦闘の基本となる歩法を俺に教えよう、という事だ。
そもそも狩人は敵との間合いが重要となる。それを操作する、つまり戦況をコントロールする事こそ歩法の目的だ。
「もう一度目の前でやってみようか」
今度はゆっくりと動いてもらったが、まるで騙し絵を見ている様に、脳が前に進んだと錯覚している。
これは難儀しそうだと思っていたが、何度も繰り返している内に習得のヒントは掴めた。
上半身と下半身を分けて見ることにした。まず手で上半身を見えない様にして、実演してもらう。
すると、下半身は重心が前に動かない様に躍動しているのが認識できた。
上半身も同じようにして、錯覚を引き起こさずに観察することが出来た。
後は同じ動きを上下の半身で真似して実行するのみだ。
だけど、これが予想以上に難しかった。
「うーん、こう、上下の動きが噛み合っていないというか。これじゃ騙されないかな」
素人がダンスを踊っているみたいにぎこちなく見えてしまうようだ。うまく騙す為にも滑らかなで魅せる動きが重要らしいが芸術などには興味の無い俺としては分かりづらい感覚だった。
しばらくやってみた感じ今すぐには身に付かなそうなので、歩法の訓練は毎日の日課となることが決まった。
「これから弓をやろうと思うけど先に指針を示そうと思う」
指を立てる。
「弓を習得する上で重視するのは3つ」
「一つ目は威力、相手を確実に殺すための技術。二つ目は隠密、相手が避けられないようにするための技術。三つ目は距離、相手を一方的に攻撃するための技術」
「僕が教えるのは主に威力と隠密の技術だよ。家で修めたのもそこら辺だしね」
遠回しに実家の技術は大体習得したと言いたいのだろうか、そんなどうでもいい事を考えながら頷いた。
「今学校の講習ではチャージアロー以外にはどの職能を習ってる?」
「いえ。チャージアローだけです」
「そうなんだ。ルートなら他の講習も取りそうだと思ったんだけど」
「なんか、教官に申請を阻止されるんです」
ラピッドアローの試験の後以外にも何度か申請しようとはしていたのだが、その度に紙を破かれたり用事を言付けされたりして邪魔されていた。
そこら辺の事情を話すと途端に怪訝な顔をされる。
「流石にそれは妙だね」
しばらく一人で考え込むが答えが出なかったみたいで、近くの木に近寄り手元の塗料で色を塗った。
木の幹には赤色の丸が描かれている。
「……試しにそこから射てみてよ」
「分かりました」
シュコっという軽い音と共に幹に刺さる。ミハイルは幹から矢を引っこ抜いてこちらに声を掛ける。
「今度は今の2倍離れてから打ってみて」
トコトコは歩いて、幹から30メートル離れたところから射る。今回は落下を考えて的の少し上を狙う。
先程と同じ位置に刺さる。引っこ抜く。
「もう一回打って」
さっきと全く同じ様に打つとこれまたさっきと同じ位置に刺さる。
ミハイルは刺さったところを見て何か気付いたらしく俺を近くまで呼び寄せた。
「ルート、どの位の距離なら当てられる?」
「風とかが無ければ今の2倍でも問題ないと思います」
「そっか。それならダブルショットは兎も角、スナイプアローとアングルショットは必要ない筈だよ」
スナイプアローは直線の精密射撃、アングルショットは曲射の職能だ。どちらも命中精度を維持したまま射程を延ばすのが難しいらしい。
「俺はもうスナイプアローとアングルショットが使える、と言う事ですか」
「少なくとも僕から見たらそう言って問題ない技術を持っているよ。多分教官もそう思ったから早めに気を使用する職能の習得を急がせたんだろうね」
正直2つの職能を既に修めているという話よりも、アレが教官の悪意による嫌がらせでは無いという話の方が嬉しかった。
だって申請する度に書類を目の前で破かれたりするんだもの、すんごい怖かった。
「基礎が出来ているみたいだから、今日はサイレントアローを教えておくよ」
ミハイルは俺の前で弓を構える。矢にはいつの間にか黒い霧?の様な気が纏わりついていた。放たれると通常の射撃と同じ様に木に刺さる。
ここで俺は違和感に気付いた。
音が全く出ていない。
「サイレントアローは消音の気を纏わせる事で射撃時の音を全て消す職能だよ。ルートは見えるみたいだからチャージアローよりも簡単に習得できると思う」
見えれば再現できるかと問われれば答えは否だが、確かに見えないよりも格段に早く手本に近づくことはできる。
見えないことがどれだけハンデになるかというと、サーカスのジャグリングを音だけで聞き目隠しをしたまま習得するくらいらしい。
でも、そういう言い方をするということは、ミハイルも気が見えてるのかも知れない。
その日は時間いっぱいまで消音の気への変換を練習していたが取っ掛かりは掴めた。
確かにチャージアローは気の充填に制御力が必要となるためすぐに習得が出来ないのと比べて、サイレントアローは気の変換だけで済むので比較的簡単そうだ。
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