第7話 弟子

 1つ目の試合が終わり、試合場の選手達が担架で運ばれていく。試合を目当てにしていた客は席を立って練兵場を出て行った。


 整備された会場の中心では街の楽団による余興が繰り広げられており、その穏やかな音色によって高まっていた興奮は緩やかにクールダウンしていた。


 俺たち3人は肉を片手にその様子を眺めていた。


「やっぱり交流戦に出てくるだけあって技量は凄かったです。特に最後まで残っていた剣士が使っていた技は知らない物ですね」


「んー、でも魔術師も結構凄かったぜ。あの爆発の奴とか」


「確かに、魔術の発動速度も速かったよね」


 それぞれに感想を述べていると、金髪の少年が肉を片手に近寄って来た。


「お疲れ様です。結構激しい試合でしたけど怪我は大丈夫でしたか?」


「ありがとう。怪我は特に問題無いな、流石は教会きっての法術師だ。今からでももう一度試合が出来そうなほど万全だ」


 少年、マリクはそんな軽口を叩いた。

 気力などの問題もあるので流石にそれは冗談だろうけど、教会の治療がレベルの高い物である事を実感した。そこまで重傷ではなかったけれど、見た限りでは傷は残っていなかった。


「なあ。最後まで残っていた剣士、あれは誰なんだ?」


「あの人ははうちの代表だよ。つまりランキング1位の戦士だ」


「つまり1番強い戦士って事か」


 ほえーとギドが感心している。個人的には彼の使っていた技が気になる。


「彼が使っていた技は職能でしょうか?ここ以外で戦士の戦いを観たことが無かったので分からないのですが」


「あんまり人の手札について話すのは良いことでは無いが、知っていてもそんなに意味は無いから問題無いだろう」


 マリクはぴっと指を立てると教師の様に解説し出した。


「先輩のあの技はキーンエッジの派生だ。キーンエッジは知ってるだろうか。刃物などの切断力を上げる職能だな」


 授業で習っていたギドと俺はその言葉に頷く。


「だが切断力は峰や持ち手、側面などの部分には不要だ。そこでそのキーンエッジを際の際まで刃の部分に集中させ、切断力と気の効率化を図るのが、先輩の『剪断剣』というわけだ」


 ふむふむ。恐らくその先輩は気力量の面ではそこまで突出してないのだろう。そこで、気力をより効果的に運用するため技量に特化した、という事か。

 俺も気力には自信が無いのでそのやり方は見習うべきかもしれない。


「そういえばマリクも似た事してましたよね。気力を腕や足に集中させたり」


「なっ!、ドットルートは感知能力に優れているのだな。そ、そうだ、私は先輩に指導してもらっているからな。ああいう気の使い方を良くするのだよ」


 ん?もしかすると気力って目に見えないのか、そうすると前に教官から言われていた「眼が良い」とかもその辺を見抜かれていたのかも知れない。


 そのまま余興を横目に日が暮れるまで4人で語らった。




 夜中、皆が寝静まったタイミングで寮を出る。空には三日月が浮かんでいて、薄く校舎を照らしていた。砦の様な校舎に囲まれた中庭へ入ると、池の前のベンチに座る。


 今日は三日月で視認性も悪いので別の訓練をすると決めていた。


 お腹の前で両手を向かい合わせると気を励起させ魔力へと変換していく。魔力はやがて右手付近で陣を形作る。魔術式は最も簡単だったアクセルのものを展開している。

 左手は気をそのまま集中させる。しばらく維持すると次は左手に魔術、右手に気を集中させる。


 慣れてくると段々と早く展開ができる様になって来た。形成する魔術式を2つにしたり、手から離れた位置に展開したりする。

 そうやって手元に集中していたためか周囲の気配に鈍感になっていた。


「魔術の練習かい?」


「!?、ミハイルですか」


 驚きで手元の術式が消えるのに気を留めず振り返ると、茶髪碧眼の少年の姿があった。


 彼はそのまま俺の左隣に座ると脚をぷらぷらとさせる。

 夜風に揺られる茶髪の奥で薄く反射する瞳に吸い込まれる様な感覚を覚えた。


「最近は夜中に訓練することが増えて来たよね。僕達を心配させないため、かな」


「俺が外に出てると皆帰ってくるまで待ってしまいますから、それが申し訳なくて」


「確かに、それはそうだね」


 当たり障り無い質問に当たり障り無い返答。

 彼が俺の何を推し測ろうとしているか想像できないから、こちらも気の利いた返答が出来ない。

 やがて何かを決心した様に俺の眼を見据える。


「君をずっと見ていたんだよ」


「?」


「士官学校の生徒達は命が掛かってるだけあって、みんな一生懸命というか、そんな感じなんだけど」


「…」


「その中でも君には、鬼気迫るものを感じる。自身の力を高める事に生活の全てを掛けている様だよ」


「そんな事は…」


「そんな事あるよ。これまでの一月程の生活で君がきちんと寝ている姿を見た事が無い。全く寝ていない訳じゃ無いんだろうけど、それでも」


 言葉を探す様に眼を下へ向ける。


「君の姿は自罰的だ。君が、まるで、無力を…」


「無力を恨んでるみたい、ですか」


 俺とミハイルの視線が交差する。何故彼がそこまで痛ましい表情をしているのか俺には理解できなかった。彼の瞳に映る俺は酷く無機質な表情をしていた。


「理由は無いです、ただ」


 そうドットルート・アデルはその理由を知らない。だから理由など存在しない。ただその魂が叫ぶのみだ。


「弱者は何も選べないコトに気付いたんです」


 弱い事は罪では無い、というがそれは違う。

 強者が生きるのは簡単だ。だから、正義を選べる。

 弱者は生きるのすら困難だ。だから、悪を選ばざるを得ない。


 正義を失い、尊厳も失い、最期には世界を嘆いて命を失う。


 弱さは罪では無く、罰だ。呪いだ。唾棄すべき悪だ。



 その怨嗟だけは心の奥底に色褪せる事なく残っていた。


 ミハイルは俺の言葉に込められた気持ちを読み取ったかの様にゆっくりと重く頷いた。


「そうかも…いや、そうだね。そっか、そういう考え方もあるんだね」


 ウンウンと何か納得した様に彼は呟いた。


 やがてベンチを飛び降りるとこちらに手を出して、少し冗談めかしてこう言った。



「なら、僕の手を取れ。君を強者にしてあげよう」


「…なぜ、でしょうか。確かにミハイルが強いのは知っていますが、それで何か得られる様には見えない」


「ある。あるとも。君がその先で何を見るのかが知りたい」


「……強く、なれるでしょうか。俺でも」


 今更怖くなった。彼が何らかの期待をしているのはわかったが、それに応えられるかどうか。僕は知らずの間に伸ばした手を引っ込めた。


「なれるとも。僕が周りからなんて呼ばれてるか、知ってる?」


 引っ込めかけた手を強引に掴まれ握手の形に持っていかれる。その質問に俺は何も応えなかったが、彼は満面の笑みを浮かべて、




「天才、だよ」



 俺は苦笑いを浮かべて頷いた。


「分かりました。これからよろしくお願いします、師匠」


「こちらこそよろしく、弟子」


 少し間が空いてプッと2人でふきだす。しばらく笑い合っているとミハイルが佇まいを直した。


「ふふっ。じゃあ今日はもう帰ろうか。明日から、よろしくね」


「はい」


 彼の背に俺も続いて寮への道を歩いた。

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