第4話 入寮

 あれから2週間ほどが経った。

 今日は休日なので自主練かと思ったが少し気になる事があったので薬屋へ向かう。


 前回と同じ様に買い食いしたり冷やかしたりしながら大通りを歩いていると、正面から見慣れない集団がやって来た。


 ほぼ全員が鎧を着て、背中や腰に剣や槍を持っていて重装備だ。先頭には講習を受けた事は無いが見たことのある教官の姿。

 この街では明らかに異質なその集団は学校の方へと向かっていった。


 随分物々しい集団だな。

 近くの店のおっちゃんに聞く。


「あれって何ですか?」


「坊主は初めてか?あれは戦士学校の奴らだな。毎年交流戦をやるんだよ、ここの学校で。多分他の学校の奴等もやって来て2週間後にあるはずだ」


 これは良いことを聞いた。お礼に果物を1つ購入しそのぼを去る。


 交流戦が行われるとなると他の学校からも参加するところはあるだろうし、色々な職業同士の戦闘が観れるだろう。目標を定めるために、この国のレベルを確認するのにちょうど良さそうだ。


 手にした果物を齧る、結構美味いな。ほんのりとした甘味とシャキッとした食感を楽しむ。

 森では見たことない種類の赤い果物だ。瑞々しくて喉も潤った。



 いつも通り薬屋の前の通りは閑散としていた。


「こんにちはー」


「あいよ」


 相変わらず人は店主の薬師しかいない。薬師の見た目は普通のお婆さんっと言った感じで、いつもニコニコとしている。


 棚に向かうと、並べられた薬の中で成長薬が置いてあるあたりに向かう。その隣の箱の中にぎっしりと詰められた中から1つ取り出す。


「あの、この気力回復薬を1つお願いします」


「あいよ、小銀貨5枚だよ」


 懐から小銀貨を取り出す。あぁ、半月分のお給料。


「はい」


「あいよ」


「ところで1つ相談なのですが」


「?」


 実はここからが本題であり今日態々ここまで来た目的だ。


「薬の作り方を教えていただけませんか?」


 これが出来れば給料を削る事なく回復薬や成長薬を手に入れる事ができる。加えて現在の給金では回復薬でさえ月2本しか手に入れることができない。気力の増加を行うとなると、最低でも週1本、1ヶ月当たりだと4、5本は欲しい。


「無理さね。客が減ってしまうじゃないか。その上に私になんの利益もない」


「こんなに頼んでも?」


「まだそんなに頼んでないだろ」


 やっぱりダメか。ならば


「教えていただいている間は薬の素材などを俺が取ってくる様にします。それが授業料という事で」


「薬草採取も簡単じゃないよ、あんた見分けれるのかい?」


「一応近所に薬師が居りまして、時々手伝いをしてました」


 これが今のところこちらが提示できる限界だ。森で薬師の手伝いをしていたし、素人より多少はマシだろう。


「……坊や、名前は」


「ドットルートです」


「姓は」


「アデルです」


「ふむ……良いだろう。今度から来れる時に来な。薬草はこれを持って来な」


 薬師は、奥から持ってきた絵を見せてくる。コレを採って来れば良いのだろうか。数の指定はない様なので取り敢えず持てる分だけ持っていくことにする。


「採ったことある奴です。分かりました。これからよろしくお願いします」


「あぁ、頼むよ」


 そう言ってさっさと奥へ行ってしまった。購入した気力回復薬をポケットの中に入れて寮へ帰ることにする。



「ただいまー……あれ?何これ?」


 寮室の中には荷物が置いてあった。俺たちの部屋は4人部屋であり、今までは入居者がいなかったので3人で使用していたが、頑張ればもう1人入れることが出来る。

 だから人が新しく入って来たと考えるとそこまでおかしくは無いのだが、この時期というのがとても悪い予感を掻き立てる。


 取り敢えず疑問からは目を背けて予定通り自主練へと向かった。

 訓練は大事だからね。

 荷物を持って部屋を出る。


「あ…」


 途中12、3歳のぐらいの少年とすれ違う。金髪で礼儀正しそうな感じだ。彼は走っていて腰には意匠の入った剣を携えている。

 そのまま先程俺が出た部屋へと入っていった。




「今日から戦士学校の生徒が同室になるらしいよ」


「知ってました」


 外で合流したミハイルから決定打が与えられた。

 が、知っていますとも。先程すれ違いましたから。



 戦士学校というものの存在については周りから知った。


 他の職業と異なり前衛職を一纏めにして養成している。だから剣士も槍士も盾使いも騎士もその他も同じ場所で学ぶことになるのだ。


 そういえばギドの姉は剣士だった気がする。ここには来ていないだろうが、向こうで頑張っていると良いな。


 弓を置いて準備運動に移る。跳ねたり回したり、捻ったりしていると、ミハイルもニコニコしながら真似をして来た。笑顔がイケメンだ。

 俺より2つ年上程度だが既に色男の素質がある彼はとても絵になる。


 きっと将来は金持ちなお姉様のヒモになるのだろう。いや働けよ。

 そんなノリツッコミを脳内でしている間に準備運動が終わってしまう。


 今日はチャージアローの練習なのだがいつも通り藁人形を相手にすると技が成功する度に人形を壊すことになってしまうので、今回は土壁を相手にする。


 弓に矢を番えた状態で気力を鏃に纏わせる。そのまま安定した所でさらに気力を注ぎ込み、限界まで注ぎ込んだところで右手を離す。

 飛び出した矢はヒョウと甲高い音を響かせて土壁へ吸い込まれる。

 土壁の中心が爆発しパラパラと砂塵が飛び散る。

 中心に直径1メートル程度のクレーターが横向きに出来ていた。チリが地面に落ちきったところで残心を解く。


「結構良いんじゃない?もう少しで出力は合格だと思うよ」


「ありがとうございます。もうしばらくは気の充填の練習をするつもりです」


 そう、『出力は』もう少しなのだ。問題は時間がかかり過ぎていることだ。現在は1発につき2、30秒位掛かってしまっている。これを番えて1、2秒程度まで減らせば合格だ。

 この狩人学校で1番の壁となるのがこのチャージアローである。気力の操作に加えてそもそも繊細な弓の使用がある事を考えると、他の学校で習得する職能よりも難易度が上がる。そのため、卒業直前でやっとチャージアローの認定をもらう人も多いらしい。


 よくよく考えるとその様な技を2つ目にやるのはどう考えてもおかしいのだ。あの時無口教官に提示されたのはダブルショットとチャージアローの2つ(実質一択だった)だが、それも不自然なのだ。


 聞いた話だと、もっといつくか選択肢があって、それらを習得した上でチャージアローとなるはずなのだ。

 そのせいでチャージアローの講習では見覚えのある生徒は居ないし、なんか年上ばっかで居場所がないのだ。

 唯一顔見知りなのは無口教官ぐらいだ。もしかして自分が担当しているから選ばせたのではなかろうかと勘繰っている。


 モヤモヤしながら、ミハイルのアドバイスを聞いていると、俺が上の空なのに気付いたようで


「ルート、今ちょっとボーッとしてたよ」


「すみませんっ、やはり先は長いなと」


 俺の言葉に心当たりがあった様で


「目標が無いとやる気も出ないよね。気の操作は上達も難しいから成長を感じれないからね。…そうだなぁ……一つ良いものを見せてあげよう。よーく見てね」


 何度か周りを見渡し人が居ないのを確認すると、興味深い提案をして来た。


 彼はそのまま藁人形の方向を向くと弓を下ろす。


 何かが起こることを期待して集中していたが特に何も起こらない。しばらく手元と彼の顔を繰り返し注目していると、こちらを見て自慢げに笑いながら顎で的を指す。


「見てみな」


 藁人形の脳天には矢が一本突き刺さっていた。


「え、え、いや。ほんとに意味が分からないです。今打ちましたよね」


「むフー」


 このちょっとイラッとくる感じのドヤ顔はきっと自慢したかっただけだ。

 でも本当に意味が分からない。気力操作の目標と言ったからには気の力でどうにかしているだろう事は分かるが、どの様に運用すればこの結果が得られるか想像がつかなかった。


 コレが狩人の極致、弓と矢の最奥。その遠さ、高さに只々圧倒された。



 その後も例の技について何度か質問したもののはぐらかされてばかりだった。




「私はマリク・ランバートだ。宜しく頼む」


「僕はミハイル。宜しくね」


「俺はギドだ」


「ドットルートです」


 折角なので俺たちは食堂で親睦を深めることにした。マリクは貴族だが、継承権を持たないので敬語は要らないと言って来た。こちらとしても同室の仲間に一々謙らないといけないのは面倒だと思っていたので助かった。


 戦士学校の話を聞く機会はなかなか無いので色々質問してみる。


「戦士学校って競争が厳しいと聞いているのですが、実際のところどうなんですか?」


「厳しい、と思う。他の所は知らないが、前衛は荒々しい職業なのでな。競争を煽るためにランキングが設けられているんだ。さらに学内では自由に模擬戦が行える。この勝敗によってランキングは変わるし、ランキングが高いほど待遇が良くなる。これで競争が起こらない筈がない」


 マリクは少し煩わしげに言った。確かにところ構わず模擬戦を申し込まれては気も滅入るだろう。だがより強い前衛を育成するという目的を考えると理に適っているように思う。

 もし狩人にランキングを導入するとしたら闇討ちが横行しそうだが、前衛であれば正面からの戦闘力がそのまま兵士としての質に直結するからだ。


 続いてギドが丁度気になっていた疑問を投げかける。


「マリクはそのランキング?、てやつでは何番目ぐらいに強いんだ」


「1桁、とだけ言っておこう」


 マリクはニヤリと笑って指を立てた。

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