第3話 薬買
次の日の朝俺は街に出ていた。今日は休日のため買い物をするのだ。
目的は薬である。ほぼ毎日指の皮がやられているので軟膏の消費ペースが早いのだ。ハードな練習の後でズタズタになった掌も軟膏を塗れば次の日には傷は塞がるので無理をしていたのだが、遂にミハイルに怒られてしまった。
そこで今度からは軟膏は俺の自腹を切ることとなった。
薬屋の場所は聞いているのでぼちぼち向かう。
士官学校は衣食住を提供してくれる上に少なめだが給料が出ておりこれによって娯楽や食事、装備やその他諸々を賄うのだ。
さらにこの街では、薬や装備などは必要なものは遥かに安く提供されており、今回の軟膏も余り懐が痛まないのだ。
「焼き鳥、塩を5本お願いします」
「あいよ、大銅貨1枚だよ」
出店の匂いに釣られて思わず買ったが小腹が空いていた所だったのでそのまま歩き食いしながら向かった。
細い道へ曲がると流石に出店は見当たらずポツポツと人通りがあるだけだ。
そんな中に液体の入った小瓶が所狭しと並べられているのが薬屋である。
それぞれの瓶には値段と共に効果が書かれており目的だった物を見つける。少し白濁した様な緑色の軟膏。
「丙級傷薬軟膏、これですね」
この丙級というのは、傷薬の効果の強さを表しており、丙だと皮膚がズタズタ程度なら治せるくらい。乙だと皮膚が捲れて筋肉が丸見えぐらいなら治せる。甲まで行くと骨が見えてても治癒できるレベルである。
ついでに他の薬で目ぼしいものを探してみる。透明な硝子の瓶に赤、青、緑、黄といったさまざまな色の薬品が満たされたものや、日光避けに褐色の瓶を使用しているもの、干物の様なものが軒先に干してあったりもした。
気になったのはこれ
『気力回復薬』気力を即座に回復させる 小銀貨5枚
『成長薬』気力の成長を加速させる 大銀貨1枚
因みに俺の給料は銀貨1枚なので気力回復薬を2つ買ったらなくなってしまうし、成長薬に至っては給料10ヶ月分である。
だが、気になる。特に成長薬。
これを使えればより早く気力消費型の職能を鍛える事ができる。総量が増えれば当然回数をこなせるからだ。取り敢えずメモをしておいた。
買い物と腹ごなしが済んだところで、一昨日約束していた通り、ギドとの練習のために野外訓練場へ走った。
「あー、成長薬。使ってたよ、高いよねアレ」
2人での訓練が一区切りしたところでミハイルが様子を見に来た。そこで成長薬の話を振るとこの様な答えが返ってきたのだ。
「やっぱりあった方が気力の成長速度は早いですか」
「効果は確かにあるよ、簡単に言うと気力の成長量が1.2倍になるよ」
それはすごい。
「だけどね、効果が6時間しかないんだ」
思ったより不便だ。
6時間か、毎日これを使用したとして、1ヶ月で大銀貨30枚、給料だと300ヶ月分だなあ。20年で1ヶ月分の効果とかぼったくりだ。
「それってほぼ意味ないんじゃ」
「意味無くは無いよ。6時間きっちり追い込めば効果に見合った成長は見込めるし、実際僕もそれのお陰で気力が多い方だし。使い方次第だよ。例えば1ヶ月に一本使えるとしたら、1ヶ月に1回しかできない強度の訓練をすれば良いわけだし」
得意気に指を振るミハイル。
「でも、それで大銀貨1枚というのは割に合わないですね。せめて銀貨1枚位じゃないと惹かれないです」
「それが実はもっと安いんだけどね、この国の法律で成長薬には底値が決まっているんだよ。外国に流出しない様にするのと、貴族が多く買い取ることで私財を巻き上げる事が目的みたいだね」
ミハイルは矢筒から取り出した矢を指の周りでクルクル回しながら不満げに呟いた。なにそれかっこいい。
「お陰でそこそこ金持ちな僕の家でもそこそこ負担だったしね」
ミハエルはすっと立ち上がり、こちらへ向き直った。
「そういえば2人は気力の増やし方は知っているかい?」
「すっからかんになるまで使い切って休んだら増えてるって聞いたぜ」
知ってる単語が出てきた瞬間に、ギドが反応する。
「そう言われてるよね。厳密に言うと消費が気力増加に必要なんだよ。だから、自然回復を待つ必要はないんだよ」
そうなのか。そこら辺は教官も言ってなかったからミハイルの家独自の知識なのかも知れない。
ふむ、
という事は、つまり
「気力回復薬を使用しても、気力の成長に影響はないという事ですか?」
「だから、気力量がそこまで多くないなら、むしろ気力回復薬のほうが効率がいいんだよ。僕ぐらいだと、成長薬も回復薬もどっこいどっこいだけどね」
そう言ってミハイルはポケットから2つの瓶を取り出した。中には赤色の液体が入っている。
「せっかくだから気力の訓練でもしようか」
「それってまさか」
「そ、気力回復薬。まずはエンハンスから行こうか」
俺とギドは立ち上がった。
足は肩幅で腕をだらんと下ろす。
そして体に気力を巡らせた。
これがエンハンスである。
エンハンスは身体全体の硬化、強化を行う職能であり、簡単であるために気力操作の基本となる。気力を身体の中で高速に循環させる事で細胞の隅々まで気力を行き渡らせるとかなんとか講習で習った。
ギドは俺よりも遥かに上手く気力を巡らせている。
鬼人族は、普人族よりも多くの気力を纏っている量が多く常時エンハンス状態に近いらしい。そのため身体に気力を纏うのが格段に上手く、近接系の職業の適性を持つものが多いらしい。
一方俺達エルフは、感覚系の能力は他より若干優るものの、気力は平均程度で、筋力が弱いため魔術師か狩人しか選択肢が無いと言って良い。
その代わり寿命が長い。
このエンハンスは、『身体が持つ気力によって身体を強化する』というものであり、チャージアローだと、『身体が持つ気力によって矢を強化する』となり、体外の物に気力を付与するという工程が付け足されることになる。
これがチャージアローの難易度が高い理由である。
そしてそのチャージアローより難易度が高いのが、矢の貫通力を強化するペネトレイトアローである。
単純に気力の付与をするチャージアローに比べて、ペネトレイトアローは気力の性質変化が加わるため難易度が格段に上がる。
簡単に言うと、チャージアローはジャグリングで、ペネトレイトアローは一輪車しながらのジャグリングだ。
そう、そんな難しい技をミハイルは先程からシュパシュパ連射しまくっていた。
使っている弓は例のミスリルのものだが、矢は木製であだだはずなのだが、藁人形の的の隣に置かれた丸太を貫通して後ろの土壁に半ばまで刺さっていた。
「うおっ」
思わず驚いてしまった。この厚さの物を貫通できるという事は恐らく鉄の盾でも余裕で貫くことが出来てしまうだろう。なんて恐ろしい。
「どうしたの?気力の操作が乱れてるよ。ルートはもっと全体で均等になる様にしないと無駄が多くなるよ。ギドはもうそろそろエンハンスを発動させながら射撃しても良いんじゃないかな」
ギドを見ると身体の表面を気力の薄い赤が対流しているのが分かる。他の訓練生であればもっと身体から気力が噴き出したりして無駄になるところだが、ギドのそれはひどく静かで滑らかだった。
これに関しては人のを見て上達する様なものでは無いので地道に慣らしていくしか無い様だ。
そんなことを考えているうちに右肩付近の気力が圧力によってプスーと噴き出した。
気力の出力を増やす、つまり強化の度合いを上げれば上げるほど操作の難易度は上がる。そこで安定して発動できるギリギリまで出力を下げる。そうすると意識は全て気力に集中することになるものの、満足いく精度で気力の掌握ができた。
これから徐々に出力を上げればいいのだ。
それからしばらくすると、ギドが気力欠乏により座り込む。気力の欠乏状態になると人は上手く体に力が入らなくなる。体を動かすのにも使用している生命エネルギーを使い切ってしまうのだから動けなくなるのは当たり前だろう。
「ふぅ、もう、無理、です」
その後すぐに俺も欠乏状態に陥った。
気力の量も操作能力もギドが上なのに先に欠乏したのは、俺が低出力で気力の操作をおこなっていたからだろう。
2人の様子を見たミハイルは先程の瓶を2人に投げ渡した。瓶は500ml程の容量であり、多用するには中々キツイ量だ。
俺は2口で気力が満タンになり、訓練を再開する。少し慣れてきたので低出力エンハンスを維持したままギドと共に弓を射る。最初はぎこちなかったが、回数をこなすことで通常の射撃と遜色無くなってきた。
20分ほどで気力が空になりまた回復薬を飲む。ギドは既に回復薬を飲み終わっていた。
そういえばギドは1度に半分近く飲んでいたな。
つまりそのぐらい飲んでやっと満タンになるという事だ。
回復薬の必要量は気力量に比例するので
「ギド、質問があります」
「おう?なんだ」
「入学した時の気力量って、どのぐらいでした?」
「1と9と7って言われたな。結構多い方らしい」
1.97か。ほぼ俺の2倍だが今の知識だとどの程度違うか分からないな。確か卒業時点で3あれば上等と言われていたので、その半分と考えると凄いかも知れない。
ほぼ認定を取りに来ただけのミハイルは既にこれを超しているが。本当に何しに来たんだろうコイツ。
「数値が1違うと、気力量は大体5倍くらい変わるよ。もうすぐ授業で聞くと思うけど、勝負が成立する限界がこのくらいって言われてるみたい。逆に気力量が1上の魔獣と戦うなら5人ぐらい居ると良いね」
気力量が3ならそりゃ回復薬は効果ないよな。
気力も回復薬も尽きたギドはラピッドアローの練習をして引き続き俺は気力操作を磨いていた。
ギドはラピッドアローを量によって克服しようとしているらしく、段々と狙いを定めるのに掛かる時間が減っていっていた。
俺は気力が尽きたので休憩に移る。
気付けばこちらを見ながらうんうん唸っていたミハイルがアドバイスをくれる。
「ルート、気力量じゃなくて操作能力を鍛えたいなら部分強化が良いんじゃないかな。こう、体全体じゃなく足とか腕とかで循環させることで、エンハンスの効果範囲を狭めることが出来るよ」
「なるほど。今度からそうします」
回復薬も尽きてやることも無いので周りを見渡す。学校は週に一度休みとなるが、それにもかかわらず練習している訓練生は思いの外多い。特に成人に近ければ近いほどその傾向は強い。
15歳になるとこの学校を出て2年の兵役を受ける事となる。この時に軍属となれば将来苦労する事は無いと言われている。だがその前に死んでしまうことも多く、後衛職とは言え必死なのだろう。
俺はエルフなので知らなかったが、この国は長い間魔獣に侵攻されているらしい。その為子供全員を集めて、兵士としての教育をしているらしい。
俺としては死にたく無いので、出来る事をコツコツと積み重ねていく予定だ。
ぼーとしながらそんな事を考えていると、視線を感じた。
「ミハイル、また見てますよ」
「好きにさせときなよ」
校舎の方にこちらを窺う男がいる。12、3歳だがガタイが良い緑髪の先輩だ。活発というか荒々しい印象の顔でとても狩人には見えない。その表情は見えないが、余り気持ちの良いし視線ではなかった。
しばらくするとこちらの視線に気付いたのか顔を逸らして歩いて行った。
見ていたのは、俺、ではなくミハイルだろうか。もしかすると向こうも狩人の家系とやらなのかもしれない。ミハイルの反応からして緑髪先輩を知ってはいるみたいだし、家同士が仲が悪いとかもきっとあるのたろう。
その後も訓練を続けたがキリのいいところで終わる事にした。
「そろそろ終わりましょうか」
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