第2話 弓射

 この士官学校での訓練が始まってから2週間程経った。

 あれから色々分かった事がある。


 まずは職能について。

 これは単純に職業において必要とされる能力だと解釈していたが全く違った。


 ゲーム的に言うとジョブスキルというものが近い。

 職業毎に職能が存在し、狩人だとラピッドアローやチャージアローと呼ばれる技能が存在し、それらの習得を目指すのが養成所の目的となっている。


 ゲームと違うのはステータス的なものが存在しないため、習得の成否は教官の判断によって行われる。

 レベルが上がってスキルを習得する、なんて甘いことは起こらないのだ。


 結論から言うと職能とは資格であり技能の保証である、と言うことだ。資格が多ければ当然重宝され、後々有利になることは確かだ、取っておいて損はないだろう。



 次に謎の数字について。

 この疑問はすぐに氷解した。何故ならあの次の日に詳細の数値を計測することとなったからだ。


 俺は1.08だった。この数字の意味についてもその時に詳しく説明された。

 これは気力というものの量を表すらしい。気力とは、一部、というか殆どの職能で消費される生命エネルギーであり、多ければ多い程職能を発動できるし、高出力の職能を使用できるため大事な数値である。

 更にこの数値を増やすのは容易なことではない。

 生命エネルギーを増やすためにはヘトヘトに疲れるほど気力を使い切るような訓練を行う必要がある。

 しかし、そうしてもほんの僅かしか増えない。だから初期値が重要となってくる。


 ちなみに1.08というのはまあ多いかな、くらいだ。この年齢での平均が1に定められている事からその多寡が理解できる。そう考えると、ミハイルの3はかなり凄いんじゃ無かろうか。



 最後に寮の同室となったメンバーだ。

 これは予想通りミハイルと鬼人くんである。

 鬼人の名前はギドと言うらしい。ギドがツンツンしていたのはやはり姉と別れたからで、普段はもう少し言動は丸かった。


 ミハイルは編入組というだけあって、さっさと職能の認定をもらい上のクラスへと移っていった。



 なので、現在俺はギドと一緒に基礎のラピッドアローの習得を目指していた。場所は外の訓練場で巻藁のような的に向かっていた。

 ラピッドアローは気力を消費しない職能で、ただ弓矢で早撃ちするだけの技術だ。それ故に他の職能と併せて使用することができ、これが出来なければ他の職能は教えない、と明言されている。


 的を見つめながら脱力。

 矢筒から矢を取り出し、番え、狙って、打つ。それぞれ必要最低限の動作を意識して。

 矢は真っ直ぐに飛んでいき、巻藁の中心を穿つ。


「んー、やっぱり狙いに時間掛け過ぎなんじゃねぇの」


「そうですけど、これ以上縮めると外れてしまうんですよ」


「でも教官の手本見てると狙いに時間ほぼ掛けてねえんだよ」


 そうなのだ。何度か教官のラピッドアローを見せてもらったが、速い上に正確。いつの間にか矢が番えてあると思ったら的に刺さっている、そんな感じだ。

 そんな事を考えていたら教官が様子を見にきた。


「打ってみろ」


「あ、うす」


 ギドが立ち上がる。ギドが教官の前で射るのは数度目だがこれまでは狙い以前の指摘が多かった。番える高さだとか、左手の握り方だとか。

 これまでの指摘を頭に入れて、速度を意識した一矢を放つ。


 中心ではないがほぼ真ん中に当たる。

 教官はじっとギドを見ていた。無愛想な表情も相まって、ギドが威圧されてしまう。

 教官は見た目は無愛想で、無口だが、真面目だ。


 一つ一つ言葉を選び取るようにして話し出す。


「狙いは、矢を取り出す前にしておけ」


 言いたい事を言うとさっさと近くのグループに指導していく。


「言いたい事、分かりましたか」


「少なくとも、番えてから狙いを定めるのは遅いって事だろ」


 その後もあーでもないこーでもないと、続けるうちに日が暮れてきた。


「解散」


 教官の一言で訓練生達は寮へと向かう。今日は野外訓練だったが日によっては座学も行う。簡単な算数と軍事行動や野営についてなど、実益を重視した科目が殆どだ。


 寮の食堂で夕食を食べた後、そのテーブルで寮生達はカードゲームをしていた。


 その中で俺は一人寮から出て野外訓練場へ向かう。月明かりの中藁人形がポツポツと立っているのが嫌に不気味だ


 学校から貸し出された木製の弓と矢筒を装備した。いつもは、部屋で鏃をナイフで削って尖らせているが、今日は月が明るいので昼間の復習をしようと思う。


 教官の言葉を噛み砕いていこう。


 脱力した姿勢のまま思考を走らせる。

 矢を取り出す前に狙いを定める、と言うのは最初から弓を構えておき、そこに矢を番えると言う事だろうか。

 これは違う、教官も脱力した姿勢から始めていたし、矢を取り出すまで弓は下がっていた。


 的を確認しながら、ゆっくりと矢を取り出し、番えて引く。そのままピタリと停止する。この矢はどのような軌道を描くか詳細に予測する。


 矢は僅かに下を向き中心を貫く。


 右手を離すと矢は脳内の曲線を辿り、予測は現実となった。


 今度は先程停止した姿勢までを最短で辿る。矢は射ない。どうせ当たるのだから。

 何度も繰り返すうちに動作が最適化されていくのが分かる。最後に矢筒が空になるまで打つ。

 描かれたイメージは全て現実となり、それに伴って感情は静かに昂っていた。


 命中。


 命中。


 命中。


 ……



 矢筒へ向かった右手が空を切って、正気を取り戻した。

 あれだけあった矢は既に全て打ち終わり、藁人形はサボテンの様になっていた。


「痛っ」


 右手をヒリヒリとした痛みが走った。弦で指の皮がズタズタになっていた。ちょっとグロい。

 左手もマメが出来ていたが右手よりはマシなので、左手で後片付けして訓練場を去った。


 月も始めた頃より傾いており数時間経っていたと気付いた。


 暗い廊下を歩いていると、ドアの隙間から光が漏れているのに気づいた。


 寮室の中では魔法ランプが付けられていて、ミハイルとギドの2人とも起きていた。


「今日は遅かったね、お疲れ様」


「お疲れ」


「あぁ、お疲れ様」


 夜は2人とも遅くまで起きて弓や矢の手入れをしている事が多い。

 今日は、ミハイルは本を読んでいたし、ギドは弓をいじくり回していた。ミハイルはチラリとこちらに視線を送ると何かに気づく。


「あっ、ルート、右手見せて」


 ミハイルは本に栞を挟むと俺の前までくる。右手首を握るとクルクルとひっくり返して掌の状態を確認する。


「またこんなになるまで練習してたのかい?取り敢えず軟膏塗っておきなよ」


 しょうがないなと呟くと、左手に傷薬を手渡してくる。

 俺がベッドの上で傷の手当てに四苦八苦していると、


「なぁ、ミハイル。もう少し弦を強く張りたいんだが」


「ん、ちょっと貸してみて」


 ギドから弓を受け取る。

 ミハイルは弓の手入れも家で習っていたらしく、俺たち2人はその教えを受けていた。

 こういうのは、普通先輩に聞くものだが俺達は若干寮生達から嫌われているため教えてくれないのだ。


 原因は殆どミハイルだ。


 実家が代々凄腕の狩人らしく、幼少から尋常じゃなく厳しい訓練を受けていた。

 そのため並の狩人よりも技術は優る。同年代どころか編入組さえも歯牙にもかけない程だ。


 そのせいでこの部屋の住民はミハイル組として一纏めにされてハブられているのだ。唯一話しかけてくれるのは教官くらい。エルフが珍しいなど他にも理由は有るにはあるのだが特筆すべき事はこれだけだろう。


「あまり強く張りすぎると、弦も弓も傷んでしまうからね。トネリコの短弓だと、このくらいが限界かなっ、んっ」


 弓を押さえながら弦を固定する。


「ちゃんと見てた?これからは自分でやるんだよ」


 ギドに弓を返す。正直こんなに世話を焼かれてしまうと悪い気はしないしミハイルと先輩のどちらが良いか訊かれたら迷わず前者を選ぶ自信がある。


「ありがとな、助かった。こんぐらい強ければ十分か。……それにしてもお前の弓やっぱカッケェよな」


「まぁね、ミスリル製だから強度は申し分ないんだけど、気温で調子が変わりやすいのは欠点かな。木製と比べると湿度には強いんだけどね」


 ミハイルが立て掛けてあった金属弓を撫でる。俺とギドと違いミハイルは自前の短弓を持ってきていた。恐らく俺では数年働いてもまだ足りないような価値なのだろう。


 そんな2人を横目に軟膏型の傷薬を塗り付け左手で包帯で巻く。


「2人ともラピッドアローの講習を受けてるの?」


「そうだな、まだまだかかりそうだ」


「俺は明日には終われそうです。先程まで練習していたので」


「えっ!!マジかよ!夕方まで出来てなかったじゃん」


「教官の言うとおりにしたら出来ました」


 弓の手入れをしながら応じる。ギドの少し悔しそうな顔が見えた。彼の素直な部分には大変好感が持てるので、少し手助けがしたくなった。


「時間があったら、明後日にでも一緒に自主練しましょう」


「うっ、頼む」


 練習はそんなに好きじゃないが、置いていかれるのは嫌らしい。歳の離れた弟を見守る様な生温かい気持ちで頷いた。




 翌日

 いつも通り講習を受けるため野外へ。

 端の方で待っている時間になり教官が現れた。


「認可を希望する者は来い」


 教官は講習の始めにこの様に職能の評価を行う。

 今日は元々受ける予定だったのでついて行く。広い運動場の端には野外訓練場と同じ様に藁人形の的が並べられた試験場に着いた。的の20メートルほど手前には柵が立てられていた。


 今回試験を受けるのは俺1人の様だ。


「名前」


「ドットルートです」


「…10本だ」


 ん?流石に無口過ぎやしませんかね。チラチラ視線を向けると、気づいた様でため息を付いた。


「はぁ…10本打て。ラピッドアローをだ。それを見て評価を行う」


 最初からそう言えばいいのに。俺は白線の前に進み出ると脱力し集中。必中の姿勢をイメージする。後はその姿勢まで最短で動けばいい。


 スパパパパパパパパパン。


 一息に矢を打ち終わると残心。

 教官を見る。的にジトっと目を向けていた。手元の用紙に何かを書き込むと、俺の眼の奥を眺める様に視線を投げかけてきた。


「眼がいいな」


「はあ、ありがとうございます」


「合格だ」


 ペコリと頭を下げると、教官は2枚の用紙を取り出した。


「どちらにする」


 片方にはチャージアロー、もう片方はダブルショットと書かれていた。確かミハイルに聞いたところによると、ラピッドアローを取得すると、別の職能の受講許可を得られると言う。現時点ではこの2つと言う事だろうか。


 チャージアローは気力消費型の職能で威力重視の一撃が打てる様になるらしい。


 ダブルショットは気力無消費で2つの矢を同時に番えて射る技だ。


 ここで問題となるのが気力の性質だ。

 気力消費型の技能は重ねがけ出来ない事が多い。

 例えばほぼ全ての職業で習得できる身体強化の職能『エンハンス』。これと前衛系の職業で習得できる身体硬化の職能『プロテクト』。これは同時に発動することはできない。

 同じ部位に対して異なる気力の効果を発揮することは不可能なのだ。


 つまり気力無消費型は必ず得をするが効果が小さい。気力消費型は得をするとは限らないが効果が大きい。


 さらに俺は気力の扱いに慣れていないので、出来ればダブルショットで基礎固めをしたいところだ。


「こちらでお願いします」


 ダブルショットの受講申請用紙を掴み、引っ張る。


 が、教官が離さない。


「あの」


「………」


 どうしろと言うのだ。

 引っ張る。 グッ

 離さない。 ギュッ


 更に引っ張る。 ググッ

 更に離さない。 ギュギュッ


 更に力を入れるとダブルショットの申請書は破れてしまった。破れた紙が宙を舞う。教官は紙片に視線を落とした。


 するとまた手元の用紙を取り出した。

 しれっとした顔で教官が呟いた。


「どちらか選べ」


 両方ともチャージアローだった。

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