ただのエルフ

@R2D2

木を植える。理由は無い

第1話 森人


 カラコロカラコロ


 俺はエルフである。 


 名前はドットルート、ドットルート・アデル。現在7歳である。

 因みに姓のアデルは村の名前から来ており、意味としてはアデル村のドットルートという名の者ということになる。


 それはさておき、そのドットルート少年は生まれた村から馬車で連れ出されドナドナされているところだ。


 エルフとしての生活を今日の朝まで全力で楽しんでいたのだが、突然鎧を着た人たち(エルフではない)がやって来たのだ。マイマザーは


「頑張ってくるのよ」


 と一言。酷いよマイマザー。


 あれよあれよという間に荷台に押し込まれた。この村から出荷されるのは俺だけだったらしくそのまま出発し、今の状況に帰着する。


 3台の馬車のうち子供が乗っているのは一つだけで、他は食料と兵士が護衛のために乗っているようである。


 カラコロカラコロ


 馬車の中には先客が5人ほどいるようで、同い年程度の子供が3人と少し年上の少年、それに青年だ。3人の子供は兄妹らしき男女とその友人らしい男子からなっており、奥で固まって寝ていた。

 じっと見てみると3人にはツノが生えており普通の人間とは違うようである。

 それはもうグッスリしている。

 起こしたら悪いのでそっとしておこう。


 残りの2人は見た目上は人間だ、どちらも少し上等な服装に身を包んでおり、扱いにも微妙に差を感じる。しかし種族的な差別ではなく、単純に2人が偉いのだろうと思う。

 それはもうムッスリしている。

 怒らせたら面倒なのでそっとしておこう。


 カラコロカラコロ


 エルフの森を出てからしばらく経つと、道と言えないような道から整備された街道へと出た、恐らく街へ向かっているのだろう。


 やがて街壁が見えてきた。


「おい、そこの森人」


 街壁はうっすら赤みを帯びており煉瓦によって作られたであろうことが推測できた。壁はなだらかな曲線を描いており、そこもまた建築家と現「おい」の作業を執り行った者の几「何を無視している、こっちを向け」


「俺は森人という名前ではありませんよ、普人」


 この世界ではエルフという呼び名は、エルフが自分達で名乗っている物で外では森人族が正式な名前である。

 同様にツノのある3人は鬼人族で、特徴がないのが普人である。


 青年、金髪は俺の挑発に乗らずに続ける。


「生意気だが、森人は見目が良いというのは本当らしいな。今晩俺の所に来い、可愛がってやる」


 こんなこと言われると、ロリコンか?とか、腐ってるのか?とか疑問に思うかもしれないが、きちんと理由があるのだ。

 予想通りエルフは老化が適当な年齢で止まる、20を超えた後に老化することはまずないのだ。10歳程度で止まることもある。そのため見た目から年齢を推測するのはほぼ不可能である。

 その上、今俺は髪が微妙に長い。女の子だとショートカットと言われる程度だが、十分女の子に見えてしまう。


 なので女性に見えてもしょうがないところはある。


 ん?


 ただ見た目上はどう取り繕っても7歳の女の子なので普人族目線だとロリの筈だ。





 金髪は多分ロリコンだ。


 カラコロカラコロ


 門番を顔パスで通過した後馬車を兵舎らしき所に預け、俺たちドナドナ組はすぐ横の教会へ向かわされた。


 広い割に建物は古臭い兵舎と比べ、教会はそこそこ新しく金が掛かっているなぁ、という印象だ。


 ポツポツと街人が座っている礼拝堂からさらに奥へ入ると広間にたどり着いた。


 引率の兵士は司祭らしき人物に走り寄って告げた。


「ーー村とアデル村の者たちです、検査を宜しく頼みます」


 兵士は俺たちドナドナ組には聞こえないように言ったつもりだろうが、エルフは耳が良いので聞こえてしまった。


「分かりました。それでは貴方達に祝福を授けましょう」


 検査と祝福という言葉の違いにきな臭いものを感じた。まずは、鬼人兄妹の兄が呼ばれる。

 その間にこの広間の人員を把握する。

 まず俺たちドナドナ組、そして引率の兵士1人が広間の入り口にいる。

 元々広間にいたのがこの儀式のを執り行う司祭、そして広間の横でこちらを伺っている2人の兵士がおり、手元のバインダーから、片方は記録係と分かる。


「名前をどうぞ」


「はいっ、ーーーです」


 記録係が手を動かすと同時に、もう1人が記録係に耳打ちし、何かを書き込む。


「それでは、楽にしていてね」


 司祭は子供の頭に手をかざすと、子供が輝き出す。子供は緊張しているようで目を瞑っていた。


「はい、これで終わりです。貴方の将来を女神は見守っておられますよ、是非励んで下さい」


「っはい、ありがとうございます」


 どうやら祝福というのはこれで終わりらしい。何をしたのかは分からない。


 同様にして鬼人3人組の祝福が終わった後、俺の番となる。


「名前をどうぞ」


 そう宣う司祭の顔には朗らかな笑顔が張り付いており、その心情は窺えない。


「ドットルート・アデルです」


 その瞬間、先程より距離の近くなった兵士たちの声が聞こえた。


「0、いや1、だな」


 その数字の意味を考える前に司祭の言葉が滑り込んでくる。


「それでは祝福を授けます」


 光に包まれるが特に何も感じない。強いて言うならば身体が軽くなったような?気がするくらいだ。多分この祝福とやらは光るだけなのだろう。

 目的は分からないが、横の兵士たちが検査し記録しているのをそれっぽく演出しているようだ。


 俺の後には年上の少年、茶髪が前に出た。

 検査係の兵士の口元に注目すると、3と口ずさんでいるのが分かった。

 その後の金髪も3だった。数字が大きい方が適正があるとかそんなんだろう。きっと。


 検査が終わった俺たちは兵舎で一泊した後また別の場所に出荷されるようだ。


「大部屋に案内する。男は俺、女はアイツについて来い」


 少し荒々しい印象の兵士によって男女に分けられる。

 男側について来た俺を金髪が二度見していた。顔を赤くしている。少しスカッとした。茶髪も少し笑っていた。


 大部屋はやはり上等なものではなく寝心地も悪かった。ロリコンも流石に大部屋でやらかすことは無かった、と思ったら、そもそも大部屋では無かった。個別で部屋が用意されていたらしい。やはり偉い奴のようだ。



 夜が明け、出発の時間となった。

 兵舎の前には複数の馬車が停められており、側面には剣や弓などの紋章が付いている。俺が案内されたのは弓の紋章の馬車の前。


 また何も説明なしに馬車に乗せられた。俺と同じ馬車なのは鬼人兄と茶髪の2人だけなようだ。鬼人妹は鬼人友と一緒だったが兄と別だと分かった瞬間から泣いていた。

 金髪はまた違う馬車のようで喜んでいた。


 馬車が動き出した。こちらに手を伸ばす泣き叫ぶ鬼人妹。


「良いんですか?泣いてますよ」


「これからはひとりになるんだよ、どうせ」


 少しやけくそ気味に言い捨てた。子供の癖に強がって。

 茶髪が口を出す。


「あの子は妹なのかい?」


「違えよ姉だ。双子の姉」


「ふーん、かわいいね」


 そう言った瞬間、鬼人は茶髪の襟元を掴み上げる。しかし動じた様子なく、茶髪は鬼人の手を軽く握ると、簡単に手は外れた。鬼人はくぐもった声を上げる。


「つぅ、がぁ」


 手首は赤く腫れ上がっており尋常では無い力で締めつけられたみたいだ。茶髪は襟を整えて


「やめた方が良いよ、僕は編入組だからね」


 編入組とは何だろうか。


「編入組とは何ですか?」


 反射的に相槌を打つと驚いた顔をされた。


「編入組を知らないのかい?」


「あ、いや。そもそもこれからどこに向かうかも知らないです」


「あー、そっか、なるほど。道理で」


 軽く咳払いをした。


「僕達がこれから向かうのは士官学校だね。もっと詳しく言うなら狩人養成所だよ。馬車の紋章は見ただろう」


 士官か。その単語に心がザラつく。きっと転生前の記憶だ。朧げな記憶の中で自分の弱さを呪っていた情景を、思い出す。


「弓の紋章でした」


「そう、弓は狩人、剣は剣士、杖は魔術士。他にも色々あるけど、その職能を身につけるためにこれから訓練することになるんだよ」


 職能というのは取り敢えず職業ごとで身につけるべき技術という認識でいいのだろう。剣士であれば剣術とかかな。


 そういえば鬼人妹達は剣の馬車に乗っていたから、剣士として鍛えることになるのだろう。


「成る程、ありがとうございます」


「どういたしまして。僕のことはミハイルと呼んでくれ」


「ドットルートです。よろしくお願いします、ミハイル」


 茶髪はミハイルと言うらしい。握手して自己紹介しておいた。

 その様子を鬼人兄が不機嫌に眺めていた。ミハイルの軽そうな雰囲気が気に入らないらしい。確かに所作がいちいち気障だ。



 その後も話を聞いたが、士官学校には基本7歳で入学が決まるが、独自にカリキュラムを熟すことなどが出来るならば後から編入することもできるらしい。

 カリキュラムは厳密に決まっている上に、入学しない場合の方がその基準が高いため編入組の方が能力は高いのだ。しかし自主訓練では達成が困難なため家庭教師などを雇うことでこれを解決している。


 つまりお金に余裕のあるもの達は、家庭教師を雇ってみっちりレベルの高い訓練をする方が力は付くということだ。



 ガラゴロガラゴロ



 やがて馬車は森に入っていく。森とは言っても昨日までいたエルフの森とはまた別なようだ。街からの方角も違ったし。


 鬱蒼とした森に入ると、道が途絶えた。道の真ん中には軽装の狩人が立っておりこちらに呼びかける。


「此処からは歩きだ。降りろ」


 中の狩人見習い達は馬車から降りると、馬車はすぐに引き返す。残ったのは二十数人程。


「それでは、これを全員握っていてもらう」


 全員の頭に疑問が浮かぶ。


 狩人が取り出したのは一本のロープ、それを握り自然に一列に並ぶ。全員が握りしめたのを確認した狩人は頷き、歩き出す。


 最初は疑問に思っていたがやがて霧が濃くなってきて違和感に気付く。同時にミハイルも気付いたようだ。


「曲がってる?」


「みたいですね」


 そうなのだ。狩人の身体が不自然に左右にブレる。歩き方と実際の進み方が一致していないのだ。


「さすがに狩人の本拠地だけあるね。多分入ることだけじゃなくて出ることも難しくなっている」


 それ程まで隠さなければならない事があるのだろうか。あるんだろうな。


 2時間ほど歩いてやっと霧が晴れてきた。その先には、森の中にあるとは思えない程大規模な街が広がっていた。


 あの霧のせいか、規模の割に壁は低く造られており、正直門を通らずとも街には入れそうだ。


 訓練生達はそのまま街の奥に連れて行かれた。



「お、大きいですね」


 思わず独り言を呟いた。正門を抜けると目の前には砦のような校舎があった。下手な村より大きく、この街の中心があくまでここ士官学校なのだと思い知らされる。


「そりゃあ、全ての狩人がここで訓練を経験する必要があるからね」


 そのまま校舎の前を通り過ぎ、裏手に回る。


 そこには校舎ほどでは無いが、中々の大きさの寮棟が見えた。

 寮で食堂や部屋割りの説明を受けた後、解散となった。


「それでは明日定刻通りに第五訓練室に来い」


 士官学校での生活が始まる。

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