彼方なるハッピーエンド

長月瓦礫

彼方なるハッピーエンド


ハッピーエンドに手が届くのはいつのことだろうか。

私たちにとって、幸せとは遠くにあり、どこにあるかも分からないものだ。

本当にあるかも分からない。


「やった、ついにやったんだ!」


研究員たちは雄叫びを上げ、互いに手を叩き合う。

時空を越える方法を模索して、何年が経っただろうか。

長年の研究成果がようやく出て、誰もが喜んでいた。


私一人だけ喜べずに取り残されていた。


タイムマシンが爆発し、目の前に現れたのは幼少期の弟だ。

その代わりに大人の弟が過去へ転送された。


これでようやく話が繋がった。幼い頃の忘れられない記憶がすべて繋がった。

身勝手な研究員たちによって、彼は好き放題にされていたのだ。


友だちと遊んでいた時、大人になった弟が目の前に現れた。

魔法のように成長してしまったから、何があったのかと追求したのを覚えている。


騒ぎを聞きつけた研究員に財布を投げて無理矢理帰らせて、夜のうちに元の姿に戻った。

幼少期の弟も別の世界へ飛ばされ、大人になった私と会っていた。

彼らは一日だけ時代を超えていた。


彼は周囲を不審げに見回し、今にも泣きだしそうだ。

大人たちはただ騒いでいるだけだ。


これがどれだけ哀れなことか、誰も分からないんだろうな。


私は少年を抱え、部屋を飛び出した。

本当に信じられない。何も知らない子どもを犠牲にしてまで続けることなのかしら。


他に方法はないのか。いくら聞いても誰も答えてくれなかった。


『ここは亡霊区画だ。誰かが消えたところで気にもとめないよ』


みんなが呪文のように繰り返し言っていた。

研究員に逆らえば居住区から追い出されてしまう。

路頭に迷い、死に絶えるだけだ。


援助という名の支配を受けていた。

私たちは完全に弱みを握られていた。


幼い弟を抱え、研究員から逃げる。

研究成果を取り上げられたからか、数人が追いかけてきた。


何が何でも阻止する。研究を否定してやる。

近くにある研究室に飛び込み、鍵を閉めた。


足音が通り過ぎ、叫び声が上がる。

私を見失い、いら立っているようだ。


彼の目に涙がにじんでいる。


「もう大丈夫だから。安心して。

そうだ、これでも食べる? 好きだったでしょう?」


彼にキャンディを差し出した。弟の好みは誰よりも知っている。


「いらない」


口ではそう言っているものの、視線はオレンジ色のキャンディに釘付けのままだ。


「そんなこと言わないで。食べなくてもいいから、ね?」


警戒心の強い子で、人となかなか打ち解けられない。

手元と私の顔を何度も見て、ようやく受け取ってくれた。

包みは明けず、ポケットに突っ込んだ。


「怖かったよね、いきなりこんなところに連れてこられて。

大丈夫、ここはそう簡単に見つからない」


細い体を抱きしめた。

栄養失調故に、同年代の子どもよりはるかに細い。


あの頃は食事も十分にできなかった。

それでも、楽しかった。家族で過ごしている時が何よりも大切な時間だった。


「さっきからなんなわけ。みんなどこにいるの。アンタ誰」


「私はさみだれさんのお友達。かすみっていうの」


「さみだれの? 本当に?」


聞いたことのある名前が出たからか、弟はようやく顔を上げた。

あながち嘘ではない。

さみだれはここで働いている研究員であり、亡霊区画の出身者でもある。


ただ、この区画の出身であることを引け目に感じているのか、めったに顔は出さない。プライドだけはやたら高かった。


「ここで働いているから、黙っているように言われているんだけどね。

あなた、名前は?」


「ふぶき」


「ふぶきくんっていうのね。

さっきも言ったけど、もう大丈夫だから」


「本当の本当に?」


「本当の本当によ。今日中におうちに帰れるから、待っててくれる?」


「え、今じゃないの?」


「ふぶきくんを連れてきたあの機械ね、壊れてしまったから直さないといけないの。

それまでこの部屋で待っててもらえるかな」


弟の名前を聞かなければならないだなんて、なんとも不思議な気分になる。

私はソファーに座るように促した。

今日の夜にタイムマシンは修理され、彼は元の世界に帰る。


「何か飲む? お茶でもいれようか?」


「ジュースある?」


「あるよ。オレンジジュースでいい?」


彼はこくりとうなずいた。

大人の弟もここに来て、よくジュースを飲んでいた。

好みは何年経っても変わらない。


ガラスのコップにジュースを注いで、手渡した。

じっとこちらを見つめている。


「ありがと」


「どういたしまして」


政府は貧困を研究していた。

社会はどのようにして貧困に陥るのか。

貧困層と富裕層の溝はどうしたら埋まるのか。

格差はどうしてなくならないのか。


社会が抱える貧困の原因を探っていた。

原因究明のために、時空を移動することを思いついた。


貧民街の過去をさかのぼれば原因が見えてくる。

それが政策の一つとして掲げられ、研究所が亡霊区画の隣に置かれた。


区画の出身者は、仕事として研究所の清掃や軽作業を任されていた。

雑用ばかりだが、他の仕事より羽振りがよかった。

今もその関係は続いている。


「……アンタらマジでそんなことしてたの? ぜーきんのむだづかいじゃないの?」


「よく分からないよね、ホント」


時間を超える方法を探していたり、悪い子を実験台にしていたり、あまりいい噂は聞かなかった。

本気で信じているはずもなく、大人が好き勝手に遊んでいるだけだと思っていた。


大人の弟がやって来たことで、すべてが真実であると思い知らされた。

そして、犠牲にならない方法を私は探している。

未来を変えることができれば、タイムマシンを作る必要がなくなるからだ。


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彼方なるハッピーエンド 長月瓦礫 @debrisbottle00

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