すれ違う桜色の音

長月瓦礫

すれ違う桜色の音


完全循環型集合住宅ノアの地下には植物園が広がっている。

この星に生息する動植物を確保するため、山岳地帯の一部を建物で覆った。


樹木は徹底的に管理され、今も花を咲かせている。

植物園にはブレザーを着た二人の男女、立ち並ぶ木々の後ろにブラディノフがいた。

彼はここで昼寝をしていたが、目覚めたときには二人がいて何やら真剣に話し合っていた。出入り口は一つしかなく、部屋から出られなくなってしまった。


「卒業式、来てくれてありがとね。

ぶっちゃけ、誰も来ないと思ってたんだ」


つり目のショートヘアの女子生徒、アルタイルは笑顔を浮かべた。

ベガと同じ学校に通っていて、この度銀河でも難関と名高い大学に受かった。

一人暮らしを始めるため、マンションを出て行くことになった。


ブラディノフと入れ替わるようにして出て行く。

お互いをよく知らないから、出会いとも別れとも言えない。


「マンションのみんなにも挨拶できたし、もう心残りはないかなー……って思ってたんだけどさ。何でアンタ、楽器持ってきてんの?」


「アル先輩」


彼女の向かい合っているベガは首からサックスーーと思われる金属製の楽器を下げていた。彼の足元には楽器ケースが置いてあった。

この星の楽器も独自の進化を遂げているようで、地球のそれとは見た目が少々異なっている。どのような役割を持っているのか皆目見当もつかない。


ただ、彼の表情は真剣そのものだ。


「一曲、聞いてもらえませんか。時間はとらせませんから」


「お、いいじゃん。何やるの?」


ベガはスピーカーを取り出して、デバイスを操作する。

こんなところで演奏するつもりなのか。姿を見せたら空気を壊してしまうかな。

ブラディノフは静かにその場を見守っていた。


「先輩の一番好きな曲です。聞いてください」


告白にも似たような言葉を言って、楽器を構えた。

イントロが流れ始め、音が紡がれる。

地球から来たブラディノフに、アルタイルはためらいなく質問した。


『ブラッドさん。これ、地球で作られた曲らしいんですけど、知ってます?』


聞いたことない曲だった。宗谷によれば、いわゆるアニメソングであるらしい。

あまり見ないので分からないが、それなりに人気はあるようだ。


ラジオで流れたのを聞いて、気に入ったらしい。

爽やかな曲調のラブソングで、作品を強調するようなフレーズがない。こういうのが流行っているのだろうか。


『いや、アニメもめっちゃおもしろいんですよ。地球ってやっぱりすごいんスね。

学校が落ち着いたら、遊びに行っていいですか?』


彼女はいわゆる推しを見つけ、学校の友だちと盛り上がっているようだ。

暴走しない程度に楽しめれば、それでいいのではないのかと思う。


枝についたつぼみを見る。花が咲くまでもう少しかかるだろうか。

ベガの演奏を聞いて、春風に乗って花びらが舞うのが目に浮かんだ。


「木々よ、はな向けの言葉を咲かせ」


静かに呟くと、一斉に淡いピンク色の花を咲かせた。最後の盛り上がりに合わせ、花びらが舞う。

雪のような花びらは、儚くも優雅だった。


アルタイルの視線が釘付けになった。

曲が終わっても、二人は黙ったままだった。


「こんなのどこで覚えたの?

まさか、アンタの演奏を聞いてサクラが咲いたとか? 超カッコいいじゃん」


「そうだったら、よかったんですけどね。

今日は聞いてくれてありがとうございました。

あっちの学校でも頑張ってください。応援してます」


早口気味に告げ、楽器を片付けて部屋を出て行ってしまった。

アルタイルはその背中を見送っていた。


「ブラッドさん、いるんでしょ?」


一人になってから、木のほうを見る。

花は未だ散り続けている。


ブラディノフはゆっくりと出てきた。

どこから気づいていたのだろうか。


「ベガには黙っておきますよ。

あんなカッコいいところ、私以外に見せたくなかったと思うんで」


「そうしてもらえると助かる」


すべて見抜いていたからか、にやにやと笑っている。


「ところで、この木に何かしたんですか? 

いきなり花が咲いたから、びっくりしちゃった」


「私なりの餞別だよ。短い間だったが、楽しかった」


「何それ、地球人ってそんなことできるんですか?

こんなことされちゃ、頑張るしかないっスね」


彼女は力強くこぶしを握り締めた。

明るい未来がここに一輪咲いた。

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すれ違う桜色の音 長月瓦礫 @debrisbottle00

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