後編
「こんにちは」
彼女は、今日も一人で来たようだ。
「らっしゃい・・・・・・エドガルドは?」
「エディがいないとダメですか?」
「いや・・・・・・」
「ジャンさんは・・・・・・この前のこと、聞いてくれないんですね」
来て早々、前回のことを持ち出すエヴァンジェリーナ。口を
吸殻を片付けながら、女心がわからない俺が出した答えは――素直に従うことだった。
「・・・・・・惚けてたな」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・どうかしたのか?」
「どうやったら――ジャンさんの彼女にしてもらえるのか、考えてた」
「・・・・・・おじさんを
ポンと頭を軽く
居心地が悪くなった俺は、何か別の話題を探す――やべえ、思いつかん!! あ、そうだ!
「他に誰もいねぇから、好きなもんで何か作ってやる。何がいい?」
「たまご焼きじゃなくて?」
「おう。何でもいいぞ」
「うーんとねぇ、ミントかな。ジャンさんのミントの香り」
「――っは!?」
待っていた球ではない変化球を打損なって、思わず相棒が
「大丈夫ですか!?」
「っぅ――!! だっだいじょぶ、大丈夫」
「見せて」と、無理矢理掴まれた。女の子の力だから振り解けるはずなのに、振り解く力が入らない――ちがうな、振り解きたくないんだ。心配する彼女に漬け込んでか、気づいたらそのまま引き寄せていた。抱きしめる形になったが、一向に動こうとしない・・・・・・あれ? いいんだろうか。自分からやっといてなんだが、ちっこい不安がちらついてきた。嫌われるんじゃないかと――。
ちっこい不安が大きくなる前に、おどけたフリして聞いてみた。
「彼氏が怒るんじゃねえのか?」
ニタリと意地の悪い表情を必死で作ってる俺に、クスクスと笑う彼女。あれ? 俺なんか変なこと言ったか?
「エディは兄です」
「は?」
今、物凄く間抜けな顔してるんだと自分でもわかる。は? 兄貴?
「だから、エディは双子の兄なんです」
似てないですよねと微笑む彼女の顔は、確かに色は違えど相方のエドガルドに似てる――気がする? え、兄妹?
混乱しまくって抱き寄せたまま固まる俺に、さらに爆弾が投げ込まれた。
「私が貴族に戻ったら、婚約者にしてくれますか? ジャンカルロ=フェリチタ公爵――いえ、王弟殿下」
「・・・・・・知ってたのか」
そういや、法務大臣のとこに双子がいるって言ってたが・・・・・・そういう事?
「ハンターとしてジャンさんに会ってから・・・・・・父が私の婚約者を選定し出しまして。その時に知りました」
婚約者か。だから惚けてたんだな。この国の貴族は頭が固いから、貴族に戻るならハンターは続けられない。
「・・・・・・どこにいるかわからない『ドブネズミ公爵』だろ?」
「違う!!」
胸に顔を埋める姿になっていたエヴァンジェリーナが急に上を向くもんだから、俺の動きも止まる――琥珀色の瞳に吸い寄せられそうになるのを、必死で止めた。
「ジャンさんは、新米ハンターの私たちに分け隔てなくハンターの掟や狩場を教えてくれた! 困っている人がいたらすぐに飛んで行って、平民貴族関係なく助けてくれる! 騎士団が行けない危険なところでも、真っ先に助けに来てくれる!! 『ドブネズミ』なんて言わせない! ジャンさんの髪は、銀色に輝く希望の光の色だよ!!」
自分のことを言われているのに、いつも自分とは別の誰かの事だと思ってた。この国の王家は、代々『黒髪』しか生まれなかった。前王の三番目の子として側妃から生まれた俺は――灰色の髪だった。たったそれだけで、側妃は不貞を疑われて苦しんだまま病で
前王は俺を目に入れたくないらしく、離宮に閉じ込めた。
前王が戦死して一番上の異母兄が即位する時に、異母兄のためなら陰から支えようと思った。『公爵』としての名ももらったが、頭の固い連中が嫌うハンターとして各地を飛び回るため、一切社交界には出なかった。そのせいで、前王が残した『ケダモノ』という呼び名が、いつの間にか地を這う『
新米ハンターとして懐いてきた少女は、今では立派なハンターとなって俺の店に通う。そんな子が、俺を『
涙が流れるのも構わずに訴える彼女の言葉につられてか、知らない間に頬を伝う涙に気づいた。俺、やっぱり淋しかったのかな――。淋しかったから、この店を続けていたのかもしれない。『俺』自身を見てくれる『
握られた手に伝わる温もりと、琥珀色の暖かな眼差し。吸い込まれてしまいそうに――勘違いしてしまいそうになる。
「・・・・・・俺は『
「うん。ハンターとして本業してる時も、ここでたまご焼き作ってる時もいい顔してたね」
「・・・・・・でも、どこかで『ハンターのジャン』や『たまご屋の店主』じゃなく、『ジャンカルロ』として慕ってくれる人を探してた自分もいるんだ。自分から正体隠してるのにな」
「うん・・・・・・」
未だ伝う涙をそっと拭ってくれるエヴァンジェリーナは、静かに俺の話を聞いてくれた。
「・・・・・・心配ばかりかける異母兄たちには、これ以上迷惑をかけたくないからハンターになったんだ」
「うん」
求めてもいいんだろうか・・・・・・肌に触れる温もりを。この、琥珀色の暖かな眼差しを。
「・・・・・・『ジャンカルロ』として、幸せになっても・・・・・・いいんだろうか」
「私が幸せにしてあげるよ」
「・・・・・・貴族を捨てても?」
「初めて会った時から、そんなこと関係なかった。私が好きなのは『ハンターのジャン』さんだよ」
「・・・・・・こんな十も上のおじさんでもか?」
「ジャンさんは『おじさん』じゃないよ? 『イケメン』なんだよ!」
「・・・・・・そうだったな。お前はいつもそう言ってたな、エヴァ」
「――!!」
エヴァは恥ずかしそうに笑いながら、掌を手当てしてくれた。俺も、彼女の温もり以上に顔が熱くなるのを止められなかった。後で、エヴァご所望のミントで何か作ってやろう。ルルの実とミントでジュースにでもすれば、この
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