後編

「こんにちは」



 彼女は、今日も一人で来たようだ。



「らっしゃい・・・・・・エドガルドは?」

「エディがいないとダメですか?」

「いや・・・・・・」

「ジャンさんは・・・・・・この前のこと、聞いてくれないんですね」



 来て早々、前回のことを持ち出すエヴァンジェリーナ。口をとがらせている表情は可愛く、見惚みとれてしまった。相棒から灰が落ちるのを、ギリギリで受け止める。え、突っ込んでいいのか? ダメだ、わからん。


 吸殻を片付けながら、女心がわからない俺が出した答えは――素直に従うことだった。



「・・・・・・惚けてたな」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・どうかしたのか?」

「どうやったら――ジャンさんの彼女にしてもらえるのか、考えてた」

「・・・・・・おじさんを揶揄からかうんじゃない」



 ポンと頭を軽くでて、新しい煙草に火をつけた。「十個上はおじさんじゃない」と頭を押さえながらふてくされる、エヴァンジェリーナ。そりゃ、俺だってあと十くらい・・・・・・いや五若かったら、考えたかもって何考えてんだ俺!


 居心地が悪くなった俺は、何か別の話題を探す――やべえ、思いつかん!! あ、そうだ!



「他に誰もいねぇから、好きなもんで何か作ってやる。何がいい?」

「たまご焼きじゃなくて?」

「おう。何でもいいぞ」

「うーんとねぇ、ミントかな。ジャンさんのミントの香り」

「――っは!?」



 待っていた球ではない変化球を打損なって、思わず相棒がてのひら側に落ちた。あっつ!!



「大丈夫ですか!?」

「っぅ――!! だっだいじょぶ、大丈夫」



 「見せて」と、無理矢理掴まれた。女の子の力だから振り解けるはずなのに、振り解く力が入らない――ちがうな、振り解きたくないんだ。心配する彼女に漬け込んでか、気づいたらそのまま引き寄せていた。抱きしめる形になったが、一向に動こうとしない・・・・・・あれ? いいんだろうか。自分からやっといてなんだが、ちっこい不安がちらついてきた。嫌われるんじゃないかと――。


 ちっこい不安が大きくなる前に、おどけたフリして聞いてみた。



「彼氏が怒るんじゃねえのか?」



 ニタリと意地の悪い表情を必死で作ってる俺に、クスクスと笑う彼女。あれ? 俺なんか変なこと言ったか?



「エディは兄です」

「は?」



 今、物凄く間抜けな顔してるんだと自分でもわかる。は? 兄貴?



「だから、エディは双子の兄なんです」



 似てないですよねと微笑む彼女の顔は、確かに色は違えど相方のエドガルドに似てる――気がする? え、兄妹?


 混乱しまくって抱き寄せたまま固まる俺に、さらに爆弾が投げ込まれた。



「私が貴族に戻ったら、婚約者にしてくれますか? ジャンカルロ=フェリチタ公爵――いえ、王弟殿下」

「・・・・・・知ってたのか」



 そういや、法務大臣のとこに双子がいるって言ってたが・・・・・・そういう事?



「ハンターとしてジャンさんに会ってから・・・・・・父が私の婚約者を選定し出しまして。その時に知りました」



 婚約者か。だから惚けてたんだな。この国の貴族は頭が固いから、貴族に戻るならハンターは続けられない。



「・・・・・・どこにいるかわからない『ドブネズミ公爵』だろ?」

「違う!!」



 胸に顔を埋める姿になっていたエヴァンジェリーナが急に上を向くもんだから、俺の動きも止まる――琥珀色の瞳に吸い寄せられそうになるのを、必死で止めた。



「ジャンさんは、新米ハンターの私たちに分け隔てなくハンターの掟や狩場を教えてくれた! 困っている人がいたらすぐに飛んで行って、平民貴族関係なく助けてくれる! 騎士団が行けない危険なところでも、真っ先に助けに来てくれる!! 『ドブネズミ』なんて言わせない! ジャンさんの髪は、銀色に輝く希望の光の色だよ!!」



 自分のことを言われているのに、いつも自分とは別のの事だと思ってた。この国の王家は、代々『黒髪』しか生まれなかった。前王の三番目の子として側妃から生まれた俺は――の髪だった。たったそれだけで、側妃は不貞を疑われて苦しんだまま病でちた。母だった者を失った俺に残されたのは、母のちがう家族とケダモノを見る前王の目。


 前王は俺を目に入れたくないらしく、離宮に閉じ込めた。異母兄あにたちは離宮を出れない俺のために、遊びに来ては「側妃の髪が金髪だったため、そちらに似たのではないか」と一生懸命勉強して原因を探してくれた。意外にも王妃様はよく離宮に来て、母の分まで異母兄たちと同じように愛情を注いでくれた。王妃様と異母兄たちのおかげで、いつも自分とは別のが前王の言うケダモノだと思っていた。


 前王が戦死して一番上の異母兄が即位する時に、異母兄のためなら陰から支えようと思った。『公爵』としての名ももらったが、頭の固い連中が嫌うハンターとして各地を飛び回るため、一切社交界には出なかった。そのせいで、前王が残した『ケダモノ』という呼び名が、いつの間にか地を這う『嫌われ者ドブネズミ』と呼ばれるようになっていたとしても後悔はなかった。なかった、けど・・・・・・。


 新米ハンターとして懐いてきた少女は、今では立派なハンターとなって俺の店に通う。そんな子が、俺を『嫌われ者ドブネズミ』と呼ぶ貴族と変わらない貴族で・・・・・・異母兄や王妃様かぞく以外で初めて、初めて『ジャンカルロ』というとして見てくれる――。


 涙が流れるのも構わずに訴える彼女の言葉につられてか、知らない間に頬を伝う涙に気づいた。俺、やっぱり淋しかったのかな――。淋しかったから、この店を続けていたのかもしれない。『俺』自身を見てくれる『仲間かぞく』のために。


 握られた手に伝わる温もりと、琥珀色の暖かな眼差し。吸い込まれてしまいそうに――勘違いしてしまいそうになる。



「・・・・・・俺は『嫌われ者ドブネズミ』って言われても、お前らみたいなハンター仲間や街に住む奴らが居てくれるだけで――よかったんだ」

「うん。ハンターとして本業してる時も、ここでたまご焼き作ってる時もいい顔してたね」

「・・・・・・でも、どこかで『ハンターのジャン』や『たまご屋の店主』じゃなく、『ジャンカルロ』として慕ってくれる人を探してた自分もいるんだ。自分から正体隠してるのにな」

「うん・・・・・・」



 未だ伝う涙をそっと拭ってくれるエヴァンジェリーナは、静かに俺の話を聞いてくれた。



「・・・・・・心配ばかりかける異母兄たちには、これ以上迷惑をかけたくないからハンターになったんだ」

「うん」



 求めてもいいんだろうか・・・・・・肌に触れる温もりを。この、琥珀色の暖かな眼差しを。



「・・・・・・『ジャンカルロ』として、幸せになっても・・・・・・いいんだろうか」

「私が幸せにしてあげるよ」

「・・・・・・貴族を捨てても?」

「初めて会った時から、関係なかった。私が好きなのは『ハンターのジャン』さんだよ」

「・・・・・・こんな十も上のおじさんでもか?」

「ジャンさんは『おじさん』じゃないよ? 『イケメン』なんだよ!」

「・・・・・・そうだったな。お前はいつもそう言ってたな、

「――!!」





 エヴァは恥ずかしそうに笑いながら、掌を手当てしてくれた。俺も、彼女の温もり以上に顔が熱くなるのを止められなかった。後で、エヴァご所望のミントで何か作ってやろう。ルルの実とミントでジュースにでもすれば、この羞恥しゅうちの熱も少しは下がるかもしれない。

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