第12話

 フォンと入り口に薄い水色の光の膜が張った。

「結界だ。俺が使えるのは簡易的なもので、長くは持たないが先へ進むのだったら十分だろう」

「長くは……ってどれくらいだ?」

 はあ、はあと息を切らせながらハンナが訊いた。

「そうだな……持って1時間。向こう側から攻撃をされるという想定だったら30分と言ったところかな」

「じゃあ、10分くらい休めるか?」

「まあ、それくらいだったら大丈夫だろうな」

 リーレイはそう言って、私をどさりと下ろした後に私よ隣は腰を下ろした。

「あ、あれは、いっ一体なんだったんですか……?私あいつにかまれてしまったんだけど……」

 リーレイが不思議そうな顔で私を見た。それがどうした、と言わんばかりの顔である。

「えっと、だから噛まれたらあいつらの仲間になるとか……そういう……」

 勇気を出して言った言葉をリーレイは鼻で笑った。

「馬鹿かお前、そんなことあるわけねえじゃん。あいつらは確かに死体だが、影で操ってる奴がいるんだよ。噛まれたからってどうこうなるわけじゎない。まあ、ちょっとばかし痛いけどな」

 なんかゾンビになるかもって心配してた私が馬鹿みたいじゃん。

「ブスのくせに世間知らずのボンクラだからな、お前は。とりあえず、傷口見せてみろ」

 言われて私は肩のところをはだけた。最初灼けるように痛かった傷口も、今は殆ど痛みがない。だが、自分ではどうなっているのか全くわからなかったが、あそこまでガッツリと噛まれたのだから肉の一つや二つ抉れていてもいいだろうと思っている。

 リーレイが私の肩に触った。痛みはない。触られたところは、たしかにさっきあいつが私に噛みついたところである。

 次にリーレイが発した言葉は驚くべきものだった。

「どこだ?本当に噛まれたのか?」

「へ?」と私が肩を触る。たしかにアトピーでガサガサはしているが、傷のようなものは特に何もなかった。

 ハンナがひょこっと横から覗き込む。

「本当だ。あ、でも服は破れてるし血もついてるから、傷にはなってたみたいだな」

 そう言って指摘した。リーレイがそれを見て、少し考え込むような仕草をする。

「治ったってことか?」

「そうみたいだな。さっきのよくわからん光といい、さすが聖女様って感じだな」

 ハンナがニカっと笑う。同時にチッと言う小さな舌打ちが聞こえる。これは、疑うことなくリーレイの舌打ちだなと思う。もう親の声よりも聞いたような気のする舌打ち、こいつそんなに私に聖女になられるのが嫌なのか?(いや、できれば私もそんな大層なもんになるのはご遠慮願いたいわけではあるが)

「おい、傷がないんだったらそれをさっさとしまえ。化け物の如き毛羽だった肌を見てるのは不愉快だ」

 リーレイが少し眉を顰めて、少し悔しそうな口調で私に命令した。

 はいはい、わかりましたよ。

 ハンナは「まあ、まあ」曖昧な笑顔を浮かべている。身分が高いリーレイにあまり強いことを言えないのだ。でも今更なような気もする。ハンナが反論するタイミングがいまいちわからない。

 私が肩をしまうとハンナが言った。

「それにしても、死霊だなんて。今までそんなのいなかったぞ」

「ああ、おそらく魔族が侵入しているんだろう。死霊は元々ただの死体だからな。影で操るやつの存在が必要なんだ」

「ああ、それはわかってる」

「ただ、ああいうタイプのは初めて見たな」

「ああ言うタイプ?」

「倒れたと見せかけて、分裂して襲ってくるやつだ。それに、あの数を使役するのには相当の魔力を消費する」

 要するに、なんか危ない奴がいるかもしれないってことか。

「ここまでついて来させた私が言うのもなんだが、一体どうするつもりだ?」

 ハンナが聞いた。

「どうするもこうするも、戻ってもまたあの死霊たちに囲まれるだけさ。どっちみちしぬしかないんだったら、先に進んだ方がいい」

 死ぬ、だなんて大袈裟な……。

「まあ、そうだな。こっち側に逃げてしまった以上そうするしかないんだよなあ……」

 はあーとハンナが深いため息をついた。

「これ、本当だったら私ら三人でやるようなもんじゃないだろ」

「そうだな、魔族一人につき、だいたい30人の軍隊は必要だな」

「……」

 ハンナが複雑な顔をした。

 わかるよ。とんでもないことをしてしまったって思ってるよね。私もとんでもないところについてきてしまったって思ってる。

「気にすることねえよ。お前はお前の仕事をしようとしただけだし、実際あそこまで来なきゃ状況なんてわからなかった。それに、俺が死んだら直ぐに国王軍に知らせがいく仕組みになってる。最悪全滅したところで、ここをそのままにしておくことはない」

「だが--」と私を見た。

「問題はこいつだな。一応仮でも今は聖女って言う扱いだ。おそらく偽物だとは思うが、もし本物だった場合魔王に立ち向かえるものがいなくなってしまう」

「そしたら世界は--……」

「まあ、おそらく」

 二人で顔を見合わせて深刻な表情をしている。

 でも、私には何が何だかさっぱりわからなかった。とりあえず私が聖女かもしれなくて、その魔王?って言う奴を倒すには聖女わたしの力が必要ってこと?確かにさっきあの女神に言われた通りにしたらなんか変な力が使えたけど、私は聖女でもないただの冴えないブスでバカのいじめられっ子だぞ?

 沈黙が三人を包む。

 リーレイもハンナも各々なにか考え込んでいる雰囲気だ。こういうとき、何を話しかけていいのか全くわからない。

 とりあえず休もう。休憩時間は短いんだ。と思ったとき、結界に何か当たるような衝撃音がした。

 バン、バンと結果を叩くような音が続く。

「思ったよりも早かったな」

 リーレイが呟いた。

「少しでも休めたか?」

「ああ、私は大丈夫」

「えと、あ、私も……」

「じゃあ、行くぞ」

 リーレイが立ち上がる。ハンナと私もそれに続く。

 私たちは少し早足でその場を離れたのだった。

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